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第10章 そしてふたりは…

【情意投合】

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 いつものようにさりーから返信が届いた
例の“歌ってみた動画”への感想や次回に備えてか、
さりーからのクイズ出題

更には俺の筋肉痛をいたわってくれたり
何だかもったいなくてお風呂に入れなかったことに

ー その気持ちがうれしい

いつものように心の琴線を揺さぶる言葉の数々。

俺もまた小説の中で言葉を紡ぐことによって
拙いながらも読者さんを増やしてきたつもりだが

そんな俺ですら感心するほどに
人の心を惹き付ける表現を心得ている、

そう言ったところも魅力であり共通点ですらある。

 そして最近では俺以上にさりーもまた
このやり取りのみならず関係性に対して
これまで以上にテンションが高くなっているようだ。


きっと俺以外のフォロワーへの返信や
言葉のやり取りも“ビジネス”として続けている中で

俺とのやり取りにおいてはプライベートも
全面に押し出して

普通に友達感覚で書いているのでは?
とすら感じる文体。

そして一度に送ることの出来る文字制限を越えたら
2度3度と送信してくれる優しさ。

そんなに俺に時間を割いてくれて
大丈夫なのだろうか?とこちらが心配になるくらい
さりーからの返信は長く内容も濃い。

 いつしか俺の生活の中で
もはやさりーとのトークは日常の一部となり

トークが届かない時の方が“非日常”である、
そんな錯覚に陥りそうになっている。

ここからさりーのゴールデンウィーク休暇で
しばらくこのやり取りが途切れる

ふと思った…

連休中に潮が引くように想いが冷めてゆき
ふっ、と連絡が途絶えてしまうのではないか?

恐らくそんなことはないだろうも思いながらも
何故かそんな不安に襲われた

それほどにさりーの存在は俺の中で大きくなっていた。

だがそんな不安は杞憂だった、

数日間のお休みが明けて出勤したさりーから
朝イチで返信が届いた。

着信時間は10時16分…

恐らく出勤して下準備などをすませ
一息ついたらすぐに送ってくれたのだろう。

忘れてなどいない、忘れられることはない…
俺は嬉々とした思いでサイトを開いた。

ー 何だかお久しぶりですな

いつもと変わらぬさりーの文体に気持ちが和んだ

 家庭に戻り家族との時間を大切に過ごせたのなら
それで俺の存在が忘れられても悲しくはない、

むしろ家庭に帰れるさりーを嬉しく思うだろう。

それでもやはり時の流れに任せて記憶から薄れたり
他にも印象的な常連客が彗星の如く現れることで
さりーの心が奪われてしまうこと…

それが俺にとっての最大の不安だった。

所詮風俗嬢じゃないか、それならまた
別の女の子探せばいいだろう?

お前のコミュ力ならそれくらい可能だよな?


…冗談じゃない!


今や俺にとってさりーはかわいい風俗の女の子、
なんてレベルを遥かに超えた大切な友人だ…

と、勝手に思い込んでいる。

果たしてさりーはどうなのか?

“俺たちもう友達だよな”

直接そんなことを聞くほど野暮なことはない。

それはお互いがそう感じ合えて自然にそう振る舞える、
そこで気づくことであり
言葉で確かめるなんてあまりにも短絡的すぎる。

そんなことを考えながらいつものように返信をして
さりーのプロフを確認すると…

“子供の体調不良のため急遽帰ります”

そんなメッセージが飛び込んできた。

大変だよな…家族に話せずこの仕事をしていて
それでも何かあれば家族のために…

これまで以上に
さりーを応援する気持ちが強くなっていった。

 俺はと言えば…もちろん家族との時間は
大切にしているつもりだ。

こうしてこっそりさりーに会いに行くことは
当然ながら誰にも告げてはいないが

たった一人だけにはいずれ伝えよう
かねてからそう考えていた。

それは家族の中で唯一の男性、
親子でありながら兄弟のようで
それでいてまるで親友のような存在

息子にはこのことを伝えよう…

俺の小説「レイナ」を読んだことを息子から聞かされ

「あの話、ク○面白いな!」

そう言われたことがきっかけだった。

息子も成人しているし、わかってくれるだろう
いつか機会があればレイナの体験談から
さりーの存在まで話してもいいんじゃないか?

俺はそんなことを考えていた。
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