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第10章 そしてふたりは…

【詩曲共作】

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 さりーが子供さんの体調不良で早退した翌日
そこまで深刻な事態ではなかったのだろう

この日は出勤していたようで
いつもと変わらぬ時間に返信が届いた。

俺が“存在を忘れられているのでは?”と
書いて送ったことに対し

“光々みたいに存在感ありまくりな人物を忘れるわけないやーん”

そうおどけた調子でしたためられていた。

ー 家でみんなといるとサイトも開けなくて
お返事したいのに!…って気になってしょうがなかった

俺と同じだな…

 以前も娘さんの映画館への送迎の待ち時間や
寝室にひとりだったのか、夜に自宅からなど

合間を盗むように送られてきた返信が届いたことが
何度もあったが

もうビジネスとしてのやり取りではなく
本当に友達に連絡する感覚でトークを重ねる二人…

このまま俺たちはどこへ向かうのだろう。

“出勤中のみの返信になります”

そんなさりーからの文言も俺たちの間では
無用な約束となりつつあった。

 思えばこれから再会までの約1ヶ月の間
こうしたトークでのやり取りがメインとなる。

お互いプレイ以上に盛り上がるクイズも
さりーから出題されたものが多いし

陰陽座関連の話題も尽きることがない。

あまりにもプライベートな内容が多いため
検閲する運営側から何かしら注意勧告されても
不思議ではないレベルでのやり取り

しかしさりーはそんなこと気にしないとばかりに
立て続けに楽しいメッセージを送ってくれる。

俺が制作した自作曲を
動画でMVぽく制作する話を伝えると

“光々の大切なものは私にとっても宝物”

もう“彼女”と豪語してもおかしくない
そんな言葉が届く。

おそらく二人ともに5月末に向けて
気持ちを繋ぐことに終始していたのだろう

このように会えない間も、いや会えない間に
俺たちの関係は少しずつ濃く深くなっていった。

“光々も曲作り進んで腰の痛みと戦いながらもいい連休になったみたいでよかった…”

 そう…遠征を断念した俺は
飛行機に乗っているであろう時間帯に

少しでも気を紛らわそうと
息子と二人、焼き肉を食べていた。

そしてその日、息子から驚くべき話を聞かされた。

「レイナ」が風俗嬢をテーマにした
小説だと言う話題から始まり

さりーの存在をオブラートに包みながら
俺の体験談を伝えると

何と息子もまた県外で独り暮らしをしていた2年前

友人に連れられて“遊郭”とも言える場所で
“筆下ろし”を済ませたと言う
男同士でしか交わせない“告白”を聞かされた。

さすがにその話をさりーにはしたことはないが…

そして俺が返信した数時間後の午後2時過ぎにも
再びさりーからの返信。

確かに最初のメッセージの締めが 
“1回目送信”だったので2回目もあるだろう

そう思ってはいたが

2回目もまた最初の返信同様びっしりと
文字制限ギリギリで書かれていた。

昨日さりーが早退した理由となった娘さんの体調、
そしてそのことを気にしていた俺への感謝の言葉

29日の再会に備えて送ったトークネタ一覧へのお礼

そしてこの日初めて聞かされたさりーの過去…
陰陽座の話題に乗っかったかのように告白された

“私がギャルギャル時代のメイクはね…”

俺はさりーが若かりし頃ギャルだったことを
初めて知ることになった。

これはきっと誰も知らない情報だろうな、
などとほくそ笑みながら…

いくら時間に余裕があるにしても
ここまでマメに送ってもらっていると

何だか申し訳ないくらいに思える、
俺なんかにそんなに時間費やしてもいいの?と。

そしてさりーが発する言葉は当然ながら
他人行儀な雰囲気が完全に消え失せ

―感謝の気持ちは十分もらってるよ
会いに来てくれるだけで嬉しいよ

―光々かわいい…

などもはや客人と店員の域を超えたであろう
言葉を投げ掛けてくれる

その時ふと以前にトークで言われた

―子供みたいにはしゃいでるのも可愛くて
母性をくすぐられるみたいでかわいい…的な?

そんな言葉を思い出した。

その時ふとあることを思い付いた、

え…これ…
俺が歌詞の一部に取り入れた言葉じゃないか?

さりーの発言からインスピレーションを受け
生まれたこの曲…

俺ひとりでは歌詞はもちろん
自身の新境地とも言えるあの曲調も生まれなかった。

そうだ!さりー目線のもうひとつの曲の作詞者は
俺とさりーの共作名義にしよう!

感謝の気持ちを込めて…

あの曲はさりーから貰った言葉を
引用したパートがかなりある…

共作にすればきっとさりーも喜んでくれるはずだ。

でも…どうする?

作詞者のクレジットに
さりー、またはさりなとは書けないな

「そうだ!中毒飯ちゅーるにしよう」

こうして“あの曲”の作詞者は
俺と中毒飯との共作にすることに決めた。
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