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4 (幼少期)
しおりを挟む光のない地下室。湿った空気と冷たい石の匂い。 どこかで滴る水の音だけが、静かに響いている。 立ち上がろうとしたが、足がズキリと傷んだ。転んだ時に、捻ったのだろう。
お父様は、行ってしまった。もう戻ってきてはくれない。
「お父様……っ、どうして……」
───あんな怒り方、初めてだった。 確かに、僕が悪かったのかもしれない。でも、あんなふうに言われるなんて。
(僕は、ただの駒だったの……?)
胸の奥が、ズキズキと痛んだ。 僕は“息子”じゃなかったの?
ずっと、不安だったんだ。やっぱり、お父様もお母様も本当は僕のこと愛していないかもしれないって。
だけど、だんだん2人のことを信じられるようになって、みんなのこと、大好きになったはずだったのに。
褒めてもらえる。頑張れば抱きしめてもらえる。
ああ、この人たちのことを、家族だって思ってもいいんだって、思えたはずだったのに。
───それも全部、嘘だったの?
「僕は……要らなかったの……?」
声が震える。涙が頬を伝っていく。 暗闇の中で、息を潜めるように泣いた。
最初から、僕は誰の本物でもなかったのかな。 お母様も、お父様も。 誰も僕を、本当に見てなんかいなかったんだろう。
冷たい床がじわじわと体の熱を奪っていく。 でも、心の中のほうがずっと寒かった。
あの手は、あの声は、本当の愛だと思ってた。 でも全部、アランが戻ってくるまでの、代用品だったのかもしれない。
(僕、ずっと信じてたのにな……)
視界がぼやけて、鼻の奥がつんとする。 涙がこぼれて、床にぽたりと落ちた。
思わず、涙を手で拭う。
───そのとき、その手の先に、何かが触れた。 指先で探ると、布の感触。
掴んで引き寄せると、埃まみれのぬいぐるみだった。
……アッシュ。
「……君……」
胸の奥がきゅっと締めつけられた。
なんで、ここにいるの?
どうして、こんなところでひとりぼっちで?
小さい頃は、毎晩一緒に寝ていたのに。泣いた夜はいつも、この子に顔を埋めて眠った。 でも、気づけば───こうやって大好きなアッシュのことを忘れ去って、こんな暗くて寒いところにひとりぼっちにさせていた。 勉強で忙しくなって、ほかの遊びに夢中になって、部屋の片隅に置き去りにして。 それがいつの間にか、物置部屋の地下室に移されていて。そうして、アッシュは僕の記憶の外に追いやられていた。
いつの間にか、思い出すことすらなくなっていたんだ。そう思うと、胸がぎゅっと縮む。
なんで忘れちゃったんだろう。 この子だけは僕の味方だったのに。
なのに、僕が先に、アッシュを捨てたんだ。
「……僕、君のこと……忘れてたんだね」
掠れた声が震えた。 抱きしめたアッシュは冷たくて、少し湿っていて、古びた布の匂いがした。 こんなに寂しい場所で、ずっと僕を待ってたの?
「ごめんね……」
指先で、取れかけたボタンの目をなぞる。 片方の目が外れかけていて、もう片方は曇っていた。 まるで泣きそうな顔だ。
「君も……捨てられたんだね。僕と同じだ……」
胸がきゅっと痛くなって、涙が止まらなくなった。 声を殺して泣く。 アッシュの耳を濡らしながら、何度も何度も謝った。
「ねぇ、アッシュ……人の気持ちって、変わっちゃうんだね……。僕も君を忘れたみたいに……お父様も、僕のことを……」
嗚咽で言葉が続かなかった。 アッシュを強く抱きしめる。 こんな小さなぬいぐるみしか、もう僕を受け止めてくれるものはなかった。
冷たい地下室の中で、僕の嗚咽だけが響いていた。
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