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しおりを挟む「グルルルル……ッ!!」
目の前の巨大な獣が、涎を撒き散らしながら低い姿勢をとった。 その殺気は、今まで感じたことのないほど濃密で、僕の足は恐怖で地面に縫い付けられてしまった。
(どうしよう……怖い!足が、動かない……っ!!)
「くそっ、逃げろ! ノア、アラン!」
レオン君が咄嗟に腰に帯びていた護身用の短剣を抜くけれど、相手は熊よりも大きく、敏捷だ。あんな小さなナイフで太刀打ちできる相手じゃない。
「ガアアアアッ!!」
獣が地面を蹴った。 速い。黒い塊が、先頭に立っていたレオン君に向かって飛びかかる。
「レオン君ッ!!」
僕が叫んだ、その瞬間だった。
ドォォォォンッ!!
空気を裂くような轟音と共に、横合いから飛び出した巨大な影が、空中の獣を真横から弾き飛ばした。
「ギャンッ!?」
獣は悲鳴を上げ、数メートル先の巨木に叩きつけられる。 そして、そのまま地面にドサリと落ち、ピクリとも動かなくなった。
一撃だ。
あの巨大な怪物を、たった一撃で絶命させてしまった。
僕たちは呆然と、その影を見上げた。
そこに立っていたのは───獣よりも恐ろしいオーラを放つ、巨漢の男だった。
ボロボロの布を体に巻きつけ、伸び放題の髪と髭が顔を覆っている。その手には、身の丈ほどもある巨大な戦斧が握られていた。 男は荒い息を吐きながら、血走った目で周囲を睨みつけている。
その姿は、まるで「狂犬」のようだ。
(待てよ……狂犬?この人が、もしかして、探していた狩人───ヴァルガスさんなのか……?)
僕とレオン君が新たな恐怖で身を固くする中、隣にいたアランだけが、信じられないものを見るように目を見開き、震える唇を開いた。
「……ヴァル……!!!」
その声は、悲鳴のようでもあり、縋るようでもあった。
その瞬間、男───ヴァルガスの肩が、ピクリと震えた。
アランの声に反応して、彼はゆっくりと錆びついた機械のように首を回し、こちらを振り返った。
伸びた前髪の隙間から覗く鋭い眼光が、アランを捉える。 最初は警戒の色を帯びていたその瞳が、アランの顔を認めた瞬間、大きく見開かれ───そして、みるみるうちに揺らいでいった。
「……ア、ラン……?」
低く、しゃがれた声。
たどたどしい発音で、確かめるようにアランの名を、その声は紡いだ。
「……やっぱり……っ!!ヴァルッ!!」
アランが男に向かって勢いよく駆け出した。彼に対する恐怖なんて微塵もない様子で、その大男の懐へと飛び込んでいく。
「……アランッ!!」
ヴァルガスさんは戦斧を放り投げると、飛び込んできたアランを、大きな体でぎゅっと強く、強く抱きしめた。
「あぁあああああ!!!!✻✻✻✻✻!!!」
アランを抱きしめながら、ヴァルガスさんは獣のような大声をあげた。そうして、ヴァルガスさんはアランを抱きしめたまま、膝から崩れ落ちた。
彼の目からは、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出し、アランの肩を濡らしていく。
「✻✻✻……✻✻✻✻……!!アラン、アランッ……!」
「ごめん、ごめんねヴァル……! 勝手にいなくなって……心配かけて……!✻✻✻✻✻、✻✻✻✻✻✻✻✻……!!!」
アランもまた、ヴァルガスさんの太い首に腕を回し、子供のように泣きじゃくっている。
その光景を見て、僕とレオン君は顔を見合わせ、ほっと息を吐き出した。
そこにいたのは、噂で聞いた「呪われた狂犬」なんかじゃない。
───ちゃんとアランのことも覚えていて、見ず知らずの僕たちのこと助けてくれるような、アランが語っていたままの心優しき男だった。
そうしてしばらくの間、森には彼の泣き声と、アランの謝罪の言葉だけが響いていた。
「……良かったな、あいつ、ずっと狩人に会いたがっていたから。ちゃんと、本人だったみたいだ。」
「……うん、そうだね。諦めなくて、良かった。」
僕とレオン君は顔を見合せ、笑い合う。
しばらくは、2人の久々の再会に水を差すのはやめておこう───喋らずとも、2人の気持ちは同じだった。
───そうして、ヴァルガスさんの泣き声がようやくおさまった頃。
彼は鼻をすすりながら、真っ赤になった目で僕とレオン君の方を見て、何かをアランに聞いているようだった。
「……アラン、ヴァルガスさんは何て言ってるの?」
「……ああ、ノア兄様とアーヴェントのことを聞かれたから紹介しておいた。あとは、家に案内してくれるとも言ってくれた。」
「そっか、良かった……。」
ヴァルガスさんはアランを呼び、立ち上がると僕たちを手招きした。
そうして、僕たちは彼の後に続き、森のさらに奥、彼が隠れ住む拠点へと向かうこととなった。
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