パーティの責任をとって死んだハズが転生していた模様

河野マサ

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第二章【冒険者アリス】

剣と出会いと友達と

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 偶然を愛して止まない愚か者は、奇跡という長物を前にした時には決まってそれを奇跡であると認識することはないだろう。いつか誰かが口にした言葉が不意に浮かんで、そして無意識の虚無へと沈んでいった。
 起きがけの寝惚けた頭も、その上から射し込んで来る朝陽によって心地の良い覚醒を迎える。アリスの快活な笑みが顔いっぱいに広がった。

「よし!」

 勢いよく飛び出すようにベッドから降り立ったアリスは、そこでようやく違和感に気付く。メアリの姿が今朝に限ってそこに無いという事実だ。
 あれ。妙に思ったアリスが部屋を出ようと歩き出したとき、ちょうど自室の扉が開いた。

「あら、今日は早起きなのね」

 開け放たれた扉の先にあったのはメアリの意外そうな顔だった。しかしそれもすぐに柔らかな笑みへと変わる。

「朝食の準備がまだなんだけど、手伝ってくれる?」

 うん。反射的に答えてしまったアリスだったが、妙な感覚は依然としてその後ろ髪を引き続ける。偶にこうして起こされる前に自分で起きることも今までに何度かあった。が、今朝に関してはそれが異様に気になってしまう。
 どうかしたの。メアリの気遣った声が聞こえ、アリスは軽く頭を振って違和感を追い出す。

「何でもないよ。それよりお腹空いた」

 笑顔が戻ったアリスだったが、小さな違和感はシコリのように依然として胸に居座り続けていた。


 メアリの作る特製のスープはアリスの大好物のひとつである。季節に合わせた野菜をふんだんに使い、麦粉で軽くとろみをつける。味付けも最低限に留めて素材本来の旨味や甘味を感じられる一品。今日も今日とて、朝からアリスは二杯のスープを平らげてご満悦の様子で「ご馳走さま」を宣言した。
 アリスがたくさん食べた後、メアリは決まって満足そうな笑みを浮かべながら空になった食器類を片しにかかる。すると決まって「手伝うよ」と、アリスがその後に倣う。
 台所に並び立つ二人は本当の親子以上に仲睦まじい様子で今朝も他愛のない会話を繰り広げる。今朝方に見た夢の話や昨日の出来事、はたまた以前したものと同一の話であったり、その内容は様々である。
 そんな折、ふいに食器を拭くアリスの手が止まった。

「イリーナさんって……」

 自分で口にしたハズの言葉が自身でも意外だったのか、途中で口を噤んでしまう。が、

「ん、イリーナがどうかしたの?」

 アリスの心情を察してのことか、メアリの方がその続きを促してくれる。

「えっとね、早起きだったのかなぁって」

 すると今度はメアリの方が意外だったのか、少しだけ吹き出してしまう。

「どうしたの、いきなり」

 そんな様子につられてアリスの方も可笑しくなって笑い出してしまう。その拍子に先まで胸に残り続けていたシコリが剥がれ落ちた。

「なんでもないよ」



  *


 二日酔いという言葉を呪ったのはもう何度目だろうか。ゼアスのカウンター席でうな垂れるように突っぷしていたカインは、自身で用意した水を一気に煽ると再び元の態勢へと戻る。
 絶不調を絵に描いたようなカインの耳は、今一番に聞き入れたくなかった音を捉えてしまった。

「おはようございますっ」

 アリスの元気な声がゼアスの店内、そしてカインの脳内に響き渡った。
 地獄の所業だ。片手でこめかみを押さえながらカインは椅子を回転させて入り口の方へ向き直る。自分が浮かべているであろうしかめ面とは正反対の、純粋で無垢な満遍の笑みがこちらを向いているのが見えてくる。

「今日も無駄に元気なのな、お前」
「また酔っ払いですか?」

 小さな可愛らしい鼻を摘みながら近づいて来るアリスの姿が憎らしく思え、カインはそれを無視して店の奥へと顔を向けて再びうな垂れ直す。

「メアリに言っちゃうから」
「勝手にしろよ」

 とは言いつつ、アリスが自分の隣の席へと腰を落ち着けたのを見て心の内でホッと息を吐く。が、姿勢は正さず視線も交わさない。いや、交わせない。酒臭いと嫌な顔を向けられるのを恐れてのことである。

「わたしって冒険者になったんだよね?」

 唐突な質問に面食らうも、酷い頭痛がリアクションを鈍らせる。突っ伏したままカインは顔だけを僅かにアリスの方へ向けるばかりで応える。

「認めてやったの、もう忘れたのか」

 ううん。あっけらかんとアリスは首を振る。

「覚えてる。忘れるワケないもん。けどね、冒険者らしいことしてないなぁって思って」

 ぎくり、とカインは静かに顔を背けた。
 アリスの抱える疑問の根源にあるのが自身の不甲斐なさである事実を、カイン自身が誰よりもしっかりと自覚していた。アリスのような見習い冒険者に相応しい依頼の需要は非常に高く、こと冒険者の国として久しいカータルシアに於いてはその殆どが大手のギルドへ優先的に流れてしまうのが現状である。故に、ゼアスのような無名の冒険者の店へ舞い込んでくる見習い冒険者向けの依頼は皆無であった。

「い、いいかアリス。冒険者ってのはその気構えこそが大切なんだよ。自分は冒険者だって自覚を持ってさえいれば立派な冒険者なんだよ、うん」

 突然に立ち上がって熱弁を捲し立てた自分を不思議そうな目付きで見つめてくるアリスの、その綺麗な金色の瞳が痛いことこの上ない。二日酔いによる酷い頭痛もこの時ばかりは気にもならなかった。

「……そっか。さすが伝説の冒険者だね」

 その場しのぎの苦しい高説をこうまでも真に受けてくれるその純粋さが返って鋭い刃となってカインの胸を貫く。
 もはや立ってもいられなくなったカインが力なく崩れるようにして三度カウンターへ突っ伏した際、天啓が如くカウンターの奥の色とりどりの酒瓶が収まる棚の上から大きな黒い木箱が大仰な音を立てて降ってきた。
 ビクッとその音の先を見据える二人は揃って顔を見合わせる。

「なにか落ちてきたよ?」
「だな……ん?」

 その時、カインの二日酔いは完全に醒めた。
 本調子を取り戻したカインの顔付きが急速に締まる。と同時に、数日前までよく浮かべていたあの憂いを含んだ表情が浮かび出す。

「まだ早いと思ってたんだがな……」

 アリス。カインは頭をかきながらアリスへと向き直って座る。

「冒険者になったお前へのプレゼントだ」

 アゴでカウンターの奥を示す。ややぶっきらぼうな所作である自覚はあるものの、快くそれを渡してしまう事の方を嫌っての判断だった。
 促されるままアリスがカウンターの奥へと向かうと、恐々とした手付きで木箱の封を開ける。するとそこに収まっていたのは、記憶にある姿のままの綺麗な状態で在り続けていた一振りの剣だった。
 イリーナが愛用していたその剣は、凡そ剣と呼ぶには似つかわしくない形状を成している。魔鉱石と呼ばれる希少性の高い鉱物をそのまま加工して造られている為その刀身は片刃である。鋭く研がれた片刃の刀身の逆側はデザイン性を重視してなのか鉱物が刺々しい姿で成形されている。まるで切っ先が空を切っている様をそのまま留めたような形状である。
 アリスの目はその独特にして繊細な形の剣を見据えたまま固まっている。魔鉱石の特徴でもある剣に溜め込んだままになっている魔力に呼応して薄く光る幻想的な姿に文字通り目を奪われてしまっているのか、もしくはアリスの内にいるイリーナが愛刀との再会に耽っているのか。
 それ以上の詮索は無粋か。カインはそのまま苦笑を浮かべつつ暫く見守った。
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