分身鳥の恋番

小池 月

文字の大きさ
4 / 57
Ⅰ章「分身鳥の恋番」

side:小坂涼④

しおりを挟む
 退院の日。寮の前に車で横付けにされる。ドアを開けて降車しようとして、ぎくりとした。

寮の入り口に、藤原君が、いる。

怖くて、動けない。はっとして、すぐに僕の鳥を右手の中に隠す。手の中の温かい存在を、守らなくては。ドクドク鳴る心臓と、身体の震え。冷汗が流れる。

「歩ける?」
思ったより優しい声。低い、綺麗な声。

いつの間にか車の近くに藤原君が、来ている。どうして? 怖くて返事が出来ない。手の中の小鳥が、震えている。

そうだ、僕が守らなきゃ。

「ち、近寄らない、で」
顔を見ず背中を丸めて、必死で一言を言う。大型に意見することに、心が怖いと悲鳴を上げる。声が震えた。

「……わかった。ごめんね」
すっと離れて、寮に入っていく姿を目で追った。

後姿を見て、肩にオウギワシが居ないことに気が付いた。通常、一心同体で離れない分身鳥。アメリカで育つと少し感覚が違うのかな、と考えた。

それより「同じ寮なのか」と気持ちがぐっと落ち込んだ。手の中から出た僕の鳥が肩によじ登ろうとする。それを支える。大丈夫だよ。僕が守るからね。


 久しぶりの寮に入る。玄関の二重自動ドアを通り、足早に二階自室に急ぐ。

どこかに藤原君がいたら、怖い。

左腕は自由が利かず、ぶつけてケガするのを防ぐため三角巾か腕サポーターで首から吊っている。僕の鳥には右肩に乗るように声をかけている。とっさの時に左手の使えない怖さを何度か味わっているからだ。

二階自室につき、ほっと一息つく。しばらく離れていたから自分の部屋に安心する。
「窓、開けようか」
肩の小鳥に話しかけて空気を入れ替える。

僕の部屋は八畳一人部屋。部屋にユニットトイレバスがついている。勉強机・ベッド・衣類タンス。この特別寮は全室個室。四階建ての建物で、他の寮からしたらとても小さい。全二十室。全ての部屋が指紋認証のオートロック。ピアスの個体番号も登録されているらしい。

今は、多分僕と藤原君しか入寮していない。

各階にそれぞれ共有トイレや洗面・洗濯場・乾燥機・テレビやゲームのある談話室がある。テレビとゲームは二十時まで使用できる。

一階は食堂と大浴場・ミーティング室など共用スペース。二階から四階が居室。一階には警備室がある。今は二階と一階部分しか使用されていない。

これから、この建物で藤原君と一緒か。楽しみだった友達との寮生活。夢に終わった。この先卒業まで、恐怖の日々が始まる。

ため息をつく。

 夕食の時間。十八時から十九時の間に食べなければいけない。藤原君と重なりたくない。

いつ、行くのかな。きっと大型だから、お腹すくよね。食事は早めに食べたいはず。僕はギリギリの十八時四十五分に食堂に行こう。食べないと体調が悪いのか、と職員の人にチェックされる。パッと行って、さっと戻る。そう決めた。

十八時四十分。部屋のドアを開けて、そっと様子を見る。廊下は静か。足早に部屋を出る。

階段を慎重に降りたところに、藤原君が、いた。

目が合う。驚いて、数歩下がる。階段にぶつかり後ろにバランスを崩す。しまった! 転ぶのはマズイ。左手が防御に出てくれないためケガをする可能性が高い。せめて、僕の鳥は守らないと! 

驚いている分身鳥を胸に抱き留める。もうお前にケガは負わせたくない。衝撃に備えて身体を固くする。

けど、僕は転ばなかった。

大きな身体に抱き留められて、そっと地面に降ろされる。少し離れた距離にいたのに、一瞬で駆け寄ったのか。身体能力の高さに驚く。

そりゃそうか。教室でも、僕のとこまで一瞬だったよな。今、助けてもらったことよりも、憎しみがこみ上げる。

「……どいて」

どうしてもお礼を言う気になれず、僕の鳥を抱いたまま距離をとる。

今度は、肩にオウギワシが、いる。

僕の鳥を、シャツの首元から中に入れる。顔を見ずに、食堂に急ぐ。お腹に温かい存在を感じ、隠れていると良いよ、と小さく声をかける。モゾモゾくすぐったくなるけど、襲われるよりいい。

食堂で保温機・保冷機に保管されている自分の分の食事をとろうとする。けれど、片手で、服に鳥を入れていて、お膳を持ち上げることが出来ない。

配膳室に職員が一人いるから呼んだほうが良いかもしれない。
立ち止まっていると、すっと横から手が伸びる。無言で、僕の分のトレーを運ぶ藤原君。保冷機からも僕の分を出し、セットしてくれる。

それから、自分の分をセットしている。まだ食べていなかったのか。食堂の端と端の席。何のつもりだろう。僕に関わらないで欲しい。ムカムカする気持ちをどうしていいか分からず立ち尽くす。

「時間が、なくなるよ?」

端の席から、声がかかる。

優しい、低めの声。なぜか、悔しさが心を占める。下を向いて、席に座り、食事を食べる。

緊張して少ししか食べられなかった。お茶が減れば、すっと新しいものが出される。片付けようと席を立てば、すっとトレーを下げてくれる。

沸き上がる悔しさに、右手が震えた。服の中で、心配した僕の鳥がモゾモゾ動く。

お礼も言わずに、早足で立ち去る。自由の利かない自分の身体に腹が立った。こんな奴の世話になんかなりたくない! 心が叫びを上げていた。部屋に戻ると涙が溢れた。


 翌朝は、食事を摂らなかった。

もう、食堂に行きたくない。藤原君を、見たくない。

学校に行きたかった。宮下君に、皆に会いたい。あの、明るい空気に触れたい。息の詰まるような、今の状況の唯一の救いに思えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鳥籠の中の幸福

岩永みやび
BL
フィリは森の中で静かに暮らしていた。 戦争の最中である。外は危険で死がたくさん溢れている。十八歳になるフィリにそう教えてくれたのは、戦争孤児であったフィリを拾ってここまで育ててくれたジェイクであった。 騎士として戦場に赴くジェイクは、いつ死んでもおかしくはない。 平和とは程遠い世の中において、フィリの暮らす森だけは平穏だった。贅沢はできないが、フィリは日々の暮らしに満足していた。のんびり過ごして、たまに訪れるジェイクとの時間を楽しむ。 しかしそんなある日、ジェイクがフィリの前に両膝をついた。 「私は、この命をもってさえ償いきれないほどの罪を犯してしまった」 ジェイクによるこの告白を機に、フィリの人生は一変する。 ※全体的に暗い感じのお話です。無理と思ったら引き返してください。明るいハッピーエンドにはなりません。攻めの受けに対する愛がかなり歪んでいます。 年の差。攻め40歳×受け18歳。 不定期更新

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

僕と教授の秘密の遊び (終)

325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。 学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。 そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である… 婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。 卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。 そんな彼と教授とのとある午後の話。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

染まらない花

煙々茸
BL
――六年前、突然兄弟が増えた。 その中で、四歳年上のあなたに恋をした。 戸籍上では兄だったとしても、 俺の中では赤の他人で、 好きになった人。 かわいくて、綺麗で、優しくて、 その辺にいる女より魅力的に映る。 どんなにライバルがいても、 あなたが他の色に染まることはない。

処理中です...