分身鳥の恋番

小池 月

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Ⅲ章「飛べない鳥と猛禽鳥の愛番」

side:南田 脩②※

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 「はい? 何を、言っているのですか?」

混乱で理解が出来ない。

「成人を過ぎたため、南田脩さんに意思確認をいたします。南田さんは絶滅危惧種最高位の中でも貴重な両性者です。男性機能と妊娠できる男子宮を持つ両性なのです」

「僕は、僕は男、ですよ? 男子宮? あり得ないでしょ。頭がおかしいんじゃないですか?」

「いえ、確かな事です。絶滅危惧最高位の者にはよくある事です。世間的には両性者の存在は知られておりませんが、南田さんは両性です。今後、絶滅危惧種最高位の者との子供を持つことや家庭を作ることが可能です。両性として目覚めることで、一緒に暮らす予定の羽田咲人さんと、一生の家族になれるかもしれない幸運な方なのですよ」

心臓がどきりとした。一生の、家族? 恋人で十分だと思っていた先に、進める? 

「絶滅危惧種最高位同士でパートナーが組まれます。羽田さんは男性機能しかありません。羽田さんのお子さんを産むのは南田さんが良いのではないですか? 羽田咲人さんは最高位の保護鳥なので、子供を残すための行為が必要となります。他の女性より、恋人の、あなたがいいのではないですか?」

はっとした。子供を残す、行為?

「それは、咲人がシマフクロウの子孫を残すために、僕以外の相手を作るということでしょうか」

「そうです。ですが、あなたが両性になり国家の義務を果たしていく契約を組めば、あなたが産んでいくことが可能です。それから先の謝礼金も、貢献者として国からの手厚い援助も受けられます。両性者として目覚めていく同意をしてもらえれば保護局としても大変ありがたいと思っております」

僕以外の相手とセックスして子孫を残す行為を咲人がするなんて嫌だ。頭の中がカーっと熱くなった。

「僕、咲人が他の人と子供をつくるなんて嫌だ。それなら、出来るなら僕が両性になる」

「それが一番だと思います。シマフクロウを守ってあげることもできます。南田さんが両性に覚醒していくことで国としても絶滅危惧最高位を守っていくことができるので喜ばしいことです。覚悟が決まりましたら、早いほうが良いですね。両性になる事が自分の意思であることの書類へのサインをお願いできますか?」

「両性になるって、サインが必要なんですか?」

「南田さんには男子宮と呼ばれる器官があります。通常そこは刺激しなければ必要のない器官として死ぬまで覚醒しません。ですが、覚醒させるなら医療行為が必要になります。これまで男性として生きて来た身体を妊娠できるように変えるため、身体負荷がかかります。保護局のサポートがなくては乗り越えられないことです。女性のように年数を追って子宮が成熟するわけじゃなく、急激な変化になります。そのサポートをこちらに一任するという書面上の約束です。もちろんご自分でサポート先を見つけても大丈夫ですが、両性であることは一般社会では知られていないため困難かと思います」

それはそうか、と考える。せっかく保護局から自由になれると思ったのに、また保護局にまとわりつかれるのか。

「僕は大学に通うつもりですが、それは大丈夫でしょうか」

「状況によりますが、南田さんの意思によると思いますよ」

「国の保護施設に閉じ込められることは無いですか?」

「それは大丈夫です」

大学も行けるなら、大丈夫か。僕が両性になったら、咲人の子供が産めて家族が出来る。咲人も僕以外と子作りをしなくていい。よし、覚悟を決めよう。

「僕、両性になります。よろしくお願いします」

保護局の人に伝えると、大げさなほど感謝されて、たくさんの書類への同意を求められた。内容があまりに多すぎて途中からサインだけして終わりにした。早く咲人に報告したかった。

「同意書は以上になります。では、今から診察になります。本日学校を一日公休としておりますので、午後は病院にお願いします」

「そうなんですね。わかりました」

病院から帰ったら咲人に伝えよう。きっと驚くし喜んでくれるはず。僕たちの未来を夢見てワクワクしていた。



 「目が覚めましたか?」
検査のために鎮静剤を使います、と言われたのは覚えている。

重い頭を起こすと、病院じゃない? どこか、ホテルの一室? 

「南田さん、両性として目覚めるための行為を行います。パートナーについて保護局への一任と同意をいただきましたので、現在アメリカに来ております」

なに? え? アメリカ?

「ちょっと、ちょっと待ってください! 何言っているんですか? アメリカ? パートナーって、僕の恋人は咲人だ!」

驚いて飛び起きる。

「いえ、パートナーについて選択できません。これについても同意書で意思確認しております。まず、アメリカとの国家契約でカルフォルニアコンドルが分身鳥のジョージ・スミス氏とパートナーとなっていただきます」

「はぁ? 勝手に決めないで! 僕はそんなの同意していない!」

「いえ、同意書があります。書面でサインをいただいております。説明もしております。そして、これから数年間は国家のためにパートナーとの子作りに励んでいただきます。あなたの素晴らしい貢献でこの先の国際関係が良好となることに感謝申し上げます。この先はアメリカ保護局にあなたを一任することになっております。どうぞ元気なカルフォルニアコンドルの子をご出産ください。場合によってはアメリカの絶滅危惧種最高位数名とのお子に恵まれることを期待しております。出産後に迎えにあがります」

「ちょっと! ふざけるな!」

慌ててベッドから離れようとするが、傍に居た外国人数名に抑えられる。

暴れようとしても、日本保護局の人は僕を振り返りもせず部屋を出て行った。あまりの出来事に恐怖で身体の震えが引かない。夢だ。こんなの嘘だ。周囲で飛び交う理解できない英語。涙が溢れる。

「帰りたい。日本に、帰して」

震える声で声に出しても、誰も気にも留めない。ベッドから離れようとすると屈強な男性たちに強制的に戻される。掴まれる腕が痛い。恐怖でベッドの上に小さく座り込むしか出来ない。

咲人を何度も呼んで、僕の鳥を抱き締める。『怖い! 怖い!』それだけが僕の鳥から聞こえてきていた。ふと窓の外を見る。高層階からの眺めは、日本の景色じゃなかった。


 周囲のスーツの人たちが急にいなくなる。何? 今度は、何? 怖くて歯がガチガチ鳴っている。

「コンニチワ」

ドアをガチャリと開けて入ってきた人が、片言の日本語で話しかける。恐怖からの興奮状態で、相手をただ睨みつける。

困った顔の大きな男の人。身長が二メートルくらい。肩に大きな分身鳥。コンドルだ。咲人のシマフクロウよりデカい。本能からくる恐怖でごくりと息を飲む。

そっと近づく大きな金髪の人が、申し訳なさそうに英語を話して僕の頭を撫でる。大きな手が怖くて、振り払う。触るな。咲人以外が僕を撫でるな。睨みつけて拒否の態度をとる。彼が何度か「ソーリ―」と繰り返していた。何なんだ?

 突然、彼に押し倒された。

抱えていた僕の分身鳥は一瞬のうちにコンドルがベッドの下に引きずり降ろしていた。あまりの出来事に甲高い悲鳴を上げていた。

大きな体の彼に抵抗も出来ず服をはぎ取られ、暴れる僕の両手を縛り上げられた。近づく彼に噛みついて抵抗して布で口を塞がれた。僕には泣くことしか出来なかった。

 想像もしていなかった出来事に途中で意識が何度も飛んだ。お腹を抉られる気持ち悪さ。こみ上げる吐き気。涙が止まらなかった。苦しさに、痛みに、身体に侵入される行為に、声にならない悲鳴を上げ続けた。身体の痙攣が止まらなかった。内臓の耐えがたい違和感。嫌だ。こんなの、嘘だ。

もう、死んでしまいたい。そう何度も思い完全に意識が落ちた。



 身体が痛くて目が覚めた。お腹が苦しい。全身がバラバラになるような痛み。手は自由になっている。口の布も無くなっている。

でも、動けない。身体が熱い。呼吸するので精一杯。僕の、僕のヤンバルクイナ、どこ? ぼんやりする視界の先に、大きなクッションに横たえる僕の鳥。

あぁ、生きている。良かった。

熱い涙が溢れた。涙をそっと拭く大きな手。ぎくりとする。咲人じゃない。見上げると、金髪の男の人。コンドルを肩に乗せている。

恐怖とパニックで悲鳴を上げた、と思う。でも、声が出ない。かすれた息が喉を通るだけ。全身がガタガタ震える。頭が痛い。逃げなきゃ。動かない身体でベッドからずり落ちる。

誰か、助けて! 声にならない声をあげて床を這いずる。何人かの足音がして、ガタガタ震える身体を触られる。

嫌だ! 離して! 口元を覆われて、薬品の匂いがしたと思ったら、また意識が暗闇に落ちていく。

咲人、助けて! 届かない思いをただ願い続けた。

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