アルファ王子に嫌われるための十の方法

小池 月

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Ⅰ オメガの恋人はオメガです

オメガの恋人はオメガです

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 窓から差す陽の光に薄く目を開け、リンは伸びをする。心地よい眠りからの快適な目覚めだ。

「リン様、おはようございます。よく晴れましたね。本日はおデートでございましょう? そろそろ起きたほうがよろしいかと思いますよ」

リン専属侍女のマリーが優しく声をかけてくれる。

リンが生まれたジャルル家は田舎貴族であるが伯爵家であり裕福だ。大きな邸宅と広い領地があり使用人が多く居る。伯爵家次男のリンに専属侍女をつけても余裕なほどだ。別荘もいくつか所有している。領主と民の関係は良好で何不自由ない快適暮らしだ。

「おはよう、マリー。そうだよ。今日はピクニックだ! セレスとラブラブデートだ!」

「ええ、存じておりますよ。昨日もお聞きしました」

リンはベッドから飛び起きて洗面所に走る。「転びますよ!」というマリーの声を後ろに聞いて廊下をバタバタ駆け抜ける。

「こら! 二十歳にもなって廊下をバタバタ走るな! リン、これが王都なら『貴族として行儀がなっていない』とお説教されるところだぞ!」

兄の怒鳴り声が響く。

「はぁい、ごめんなさい! 今日はセレスとデートなんだ。遅れるのが嫌だから今日は許して」

「今日は、じゃないだろうが。本当にリンは毎日毎日」

兄のライは数年前から父の後継者として王都での舞踏会や貴族会に参加している。その度に『王都では』『貴族とは』と説教臭くなっている。朝から聞いていられない。

「リン、もう少しオメガとしての自覚を持てよ! 貴族オメガは……」

「はぁい、また今度聞くから」

兄の脇をするりと抜けてリンは舌をぺろりと出す。途端に「こらぁ」と声がするが知らんふりして支度を急ぐ。

今日は隣領地の子爵家次男であるセレス・ニッゼンとデートだから、髪に香オイルをつけてオシャレしたいのだ。兄に構っている暇はない。



 セレスとリンは幼馴染。領地が隣で同じ地方貴族。さらに同じ年の男性オメガ同士。初めて別荘地で五歳のセレスを見た時、天使が舞い降りたのかとリンは思った。幼いリンはセレスに一目惚れした。世の中にこれほど綺麗な存在はいないと思えた。それをそのままセレスに伝えた。するとセレスはリンの事を全く同じように思った、と頬を染めて言ってくれた。

互いに笑い合った。その日のうちにリンとセレスは『恋人』になった。セレスはリンの宝物になった。

手を繋いで別荘地を歩くと周囲の皆が『愛らしい』『天使の逢瀬だ』と褒めたたえてくれた。両家族も『可愛らしい』と大喜びした。それから家族公認の『恋人』として現在に至る。


「サンドイッチに飲み物。果物に焼き菓子。敷物にクッションも持っていこうかな」

「リン坊ちゃま、馬車が一台でおさまるようお願いいたします」

付き添いの侍従から注意を受けてリンはエヘヘと笑う。

「セレスに喜んで欲しいからさ」

微笑みながらそう伝えると、周囲の侍従が頬を染めて下を向く。

この反応を見るとリンは自分がオメガなのだと実感する。同じ男性なのになぁと不思議に思う。発情期は抑制剤という薬剤で抑えている。オメガフェロモンも出ていない。リンは普通の男性として過ごしているはずなのに。

だが、そんな些細なことをリンは気にしない。この田舎領地に居ればアルファに会う可能性は無く、可愛い恋人のセレスと楽しく生きていける。全てが大満足な日々だ。


 出がけに伯爵である父に声をかける。

「お父様、行ってきます。子爵家にお届け物などありませんか?」

「リン、朝から賑やかだな。今日はセレスとデートか。お前たちは大人になっても変わらんな。今でも『恋人』なのか?」

「もちろん! セレスは僕の恋人で、将来の伴侶なんだ」

「おいおい、オメガ同士で結婚までするつもりか」

「そのつもり。いいでしょ?」

「いや、その。それは、だなぁ。まぁ、今日は楽しんできなさい」

歯切れの悪い父に首を傾げながら、リンは「夕刻には戻ります」と父の書斎を後にした。父が何か言いたそうな様子だったのが気になったが、帰ったら聞こうと心に決めて出発した。

 リンの伯爵邸から隣領地の子爵邸宅まで馬車で一時間。伯爵領地の半分ほどの領地を管轄するニッゼン子爵家。爵位は伯爵家のほうが上になるが、リンとセレスはそんな貴族階級は気にしたことがない。

馬車に揺られてリンは手鏡で自分の容姿の最終チェックをする。セレスは会うごとに愛らしくなっている。隣に並ぶリンが見劣りしないように、セレスに褒めてもらえるように完璧な姿で居たい。

いつもセレスに「リンの黒髪は艶やかで素敵だ」と言ってもらえる。それが嬉しくて髪の手入れは毎日欠かさない。今日は王都から最高級のヘアオイルを取り寄せて使ってみた。艶と香りが最高な仕上がりになっている。肌もオイルマッサージしてつるつるだ。

服装は清潔感のあるエメラルドグリーンのシャツに茶色のジャケット。リンはセレスと会う時には茶色を必ず着用する。セレスの綺麗な茶色の髪とお揃いにしたいから。セレスは黒いものを必ず着けてくる。きっとリンの黒髪に合わせているのだと思う。相思相愛だ。そんなことを考えると自然と微笑みが溢れてしまう。

セレスに渡す黄色いガーベラとブルースターのブーケの匂いを嗅ぐ。幸せだなぁ、とリンは馬車の外を眺めた。


「リン! 待っていたよ!」
「セレス! 待たせてゴメンね」

馬車を降りるなりリンに飛びついてくるセレス。

思った通り黒のジャケットを着ている。シャツは薄いピンクで愛らしく仕上げている。笑いながら受け止めようとしても、同じ背丈と体格でリンが受け止めきれず必ずよろける。この時のために外出の従者は男性。予想していたかのようにリンの背を支える侍従に目線で感謝を伝える。

「セレス、今日も綺麗だね」
プレゼントのブーケを渡して挨拶を交わす。

「リンこそ黒髪の天使だ。いや、僕の神様かな。ほら、艶々の髪には光のリングが輝いていて、この美しい顔。白い肌に黒真珠の瞳。人間とは思えない。毎回見るたびに美しくなって」

セレスがそっとリンの髪を撫でてそのまま頬まで手を下げる。愛らしい小さな手に頬を包まれて照れくさくてリンが微笑みを漏らす。途端に「可愛い……」とセレスが真剣な顔で呟く。少し目線を合わせて二人で吹きだして笑い合う。

「あははは。毎回とはいえ褒めたたえ合いに馬鹿らしくなる」

「だよね! 何故かいつもコレをやっちゃうよな」

「僕らは二十歳超えてもバカだよな!」

抱き合っていたセレスと肩を組んで背中を叩き合う。

「元気か?」

「そっちこそ。二週間ぶりだね。今日はひと休みしたら湖畔ピクニック行こう!」

「いいね。ニッゼン家の湖畔、気持ち良くて好きだよ。嬉しい」

キャハキャハと笑い合いながら子爵邸にお邪魔する。邸内で子爵と奥様にご挨拶をして客間に通される。

リンとセレスが並んでいると周囲の誰もがニコニコと微笑んでくれる。そんな優しさが嬉しくてリンはまた頬が緩んでしまう。セレスと居るとそれだけで心が温かくなるから不思議だ。

「さ、果実水でも飲んで。伯爵邸から一時間の移動は疲れたよね」

「セレスに会うためなら毎日だって来たいけれどね」

出してくれた洋ナシの果実水をいただく。ニッゼン子爵家領地の特産品である洋ナシは旬の味で美味しい。

「その気持ちは分かるよ。次は僕がリンに会いに行くからね」

「うん。セレス、発情期は大丈夫だった?」

実はセレスは発情期が抑制剤で十分コントロールできず、毎月数日は自室に閉じこもる時期がある。同じオメガでもリンと全てが同じではない。

「うん。ま、抑制剤があるからどうにも出来ないってわけじゃないけど、辛いよね。こんなの一生付き合っていくのかと思うと苦しいね」

セレスの溜息をつく顔が辛そうでリンは何と言って良いのか分からなくなる。リンには経験したことのない事だから。

「もともとセレスは発情期コントロール出来ていたのに、いつから来るようになったの?」

「いいか、リン。これは絶対に内緒だぞ。実は、去年、一回だけアルファに会ったから? かな」

「はぁ? 聞いてないぞ?」

「僕も会っただけだ。でも、匂いが心臓を突き抜けるみたいで、すぐにアルファだって分かった。向こうも気が付いていた」

「で、どうなった? 相手は誰だ?」

「出会って、少し話しただけ。服装も従者も質が良かったから貴族かなぁ。名前も聞いていないよ。だけど、その、忘れられない匂いが発情期になると蘇ってくるんだ」

「ふうん。好きとか浮気とかじゃないよな?」

「そ、そんなんじゃないよ! ただ、強烈な刺激だった、と言うしかないかも」

「そっか。オメガってそんな事があるのか。僕も気をつけないと」

「うん。リンはアルファに会わないほうがいい。発情期は、来ないほうが幸せだから」

寂しそうに下を向くセレスが遠くに行ってしまいそうでリンはセレスの手を握った。リンを見て困ったようにニコリと笑うセレスを励ます言葉が見つからなかった。


 この世界には男女の性とは別に、アルファ、オメガ、ベータという第二の性別がある。男女性は生まれた時に判明しているが、第二性別は十歳を過ぎてからのフェロモン測定検査でしか確定できない。

国人口の八割がベータであり、アルファとオメガは一割ずつ。アルファは男性に多く、オメガは女性に多い。男性オメガは稀少で、フェロモンが強いことからアルファからの人気が高い。

リンとセレスは男性オメガで貴族であり容姿が抜群に優れている、という最高条件の揃った二人。しかし田舎に隠すように育てられたため、その存在が世間に知られていない。出来ればこのまま二人でひっそり生きて行きたい、これがリンとセレスの願いだった。



 子爵家の馬車を借りてニッゼン子爵領地内の湖畔に来た。大きくない湖だが、白樺の木々が美しく時に野生の小動物が見られる癒しの場所。湖畔の芝生の上に織物絨毯を敷きクッションを配置する。こうすると自然の中にできたドールハウスのようだ。

「いいね。このジャルル伯爵領の伝統織絨毯が気もちいい!」

「ありがとう。地方だけど産業も農業も盛んで良いとこだよね、お互いに」

「だね。ここでずっと一緒に生きていけたらいいね」

「うん。もしさ、結婚するならお互いの領地の境目に邸を持とうか。僕の伯爵家にセレスが入る形で良い?」

「もちろんだよ。伯爵家のリンを子爵家に迎えるなんて大それたこと出来ないよ」

ははは、と笑い合って敷物に寝転がる。従者は少し離れた馬車に待機させている。

世界に二人だけの心地よさ。クッションに埋もれてこっそり触れるだけのキスをする。こそばゆくて恥ずかしくて額を合わせてクスクス笑う。茶色いふわふわ髪のセレスの頭を撫でてみる。するとセレスがリンの真っすぐな黒髪を撫でる。

柔らかい風と草の匂い。鳥の声が響く。湖がキラキラ光を反射して、まるで妖精の国に迷い込んだかのように感じる。

「綺麗だね」

景色もセレスも、全てが美しくてリンが呟いた。

「うん。綺麗だ」

セレスも同じ呟きを漏らす。二人だけの幸せな時間。

ーーこんな毎日がずっと続くと信じていたのに。
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