アルファ王子に嫌われるための十の方法

小池 月

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Ⅱ 嫌われ作戦を練る

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「はあ? お父様、何を、言っているのですか?」
「だからな、リン。お前にアルファから求婚が来た」

朝食後に父の書斎に呼ばれて行くと父と兄がいた。そこで言われた言葉にリンは頭が真っ白になる。いつも通りの父と困った顔でリンを見る兄。

「いや、だって、僕はセレスと結婚するって言っているではないですか!」

「お前の気持は分かるが、お前が伯爵家のオメガである以上はアルファとの縁談は仕方あるまい。これまで可愛いお前のために縁談話は断っていたのだよ。だが、今回の相手は貴族ではない。断れる相手ではないのだ」

「は? 一体、どういうことでしょう?」

「お相手は、このアローラ国の第一王子であるカロール王太子殿下だ」

父の言葉に驚きすぎてリンは固まった。第一王子様。これまで一回もお会いしていない方だ。どうして田舎暮らしのリンに求婚が来るのだろう。
 

だけどこれはマズイ事態だ。本当に王子殿下からの求婚ならば貴族として断ってはいけない。断ることは反逆罪とみなされる。求婚を取り消すならば、王家から断ってもらわないといけない。いくら田舎育ちでもそのくらいの事はリンでも分かる。

「ま、間違いじゃないの?」
震えながら口にすると、父がデスクの上に書状を広げる。

それは王子殿下の公式印つきの文書で『ジャルル伯爵家次男オメガ リン・ジャルルをカロール王太子妃に迎えることを望む』と明記されている。

同時にデスクに置かれたもの。箱を開けると細やかな細工が全体に施されたオメガ首保護帯。手に取って分かる。純金製だ。

そして内側には王子殿下の刻印と王家の紋が入っている。恐れ多すぎて持つ手が震える。落とさないようにそっと箱に戻す。

「これ、これヤバいって。お父様、受け取ったらダメなヤツ! 返さなきゃ!」

「いや、こちらが届いたということは、カロール殿下は本気だ。お相手違いではないかと確認もとったが、間違いではないそうだ。この書状が来た時点でお前は王太子の婚約者となったのだ。我が伯爵家のためにもコレを今すぐ着けなさい。お前は伯爵家に生まれたのだ。覚悟を決めなさい」

リンを見る父がいつもの穏やか顔ではなく伯爵の厳しい顔になっている。その圧にリンは何も言い返すことが出来ず、唾を嚥下した。

 オメガはうなじをアルファに噛まれることで『番』という生涯のパートナー契約が交わされる。アルファの所有が決まったオメガに婚約の印として首保護帯が贈られる。オメガがそれを着けることで婚約の合意となり『アルファと婚約中のオメガです』と周囲に示す。

金色の首保護帯を着けられるのは貴族と王族のみ。さらに保護帯全体への装飾は王族の婚約者と王族オメガにしか許されない。国中の誰もが知っていることだ。その幻の品がリンの目の前に、ある。

「リン、こちらへ。ライ、リンを押さえていなさい」

父の厳しい言葉に震える足で父のもとに行く。終始黙っていた兄に緩く肩を捕らえられる。抵抗をしてはいけない、と二人から無言の圧が伝わってくる。

リンの意志をそれ以上聞かず、首に金の保護帯が着けられた。

金属のヒヤリとした感触。カチャリと独特の金属音。きっと鍵付きだ。鍵はカロール殿下に渡るのだろう。コレを外す鍵は殿下しか持たないはずだ。震える手で保護帯に触れる。肌当たりがいい高級品。

目の前で起きている現実に気持ちが追い付いて行かない。「ひぅっ」と声が出てしまった。一度声に出すとリンの肩が震えだした。堪えきれず、顔を手で覆って声を上げて泣いた。後ろから父が「すまない」と小さな一言を溢した。


 兄に肩を抱かれて自室へ戻った。リンは涙が止まらなかった。いつもは「貴族オメガとして自覚と教養を」と口うるさい兄が何も言わずリンの背中を優しく撫でた。

「夕食は部屋に運ぶよ」と部屋を去って行った。リンは考えがまとまらずソファーから動くことが出来なかった。突っ伏して泣いていると侍女のマリーが「リン様、ベッドに行きましょう」と支えながら誘導してくれた。

全てのことが現実に思えなくて、身体が鉛のように重かった。あまりのショックに食事が喉を通らなかった。

 二日間寝込んだ。頭がパンクしたのか熱が出てベッドから起きられなかった。起きる気力もなかった。誰の顔も見たくなかった。


 コンコンコン。ドアをノックする音。リンが寝込んで三日目の午前中。

「リン」
愛らしい声にリンはガバっとベッドから出る。
(セレスだ!)
リンはすぐに飛び起きるが、ふと首の保護帯に手が行く。

コレを見たらセレスは何と思うだろう。セレスに「裏切り者」と責められて嫌われるのではないか。

そう考えるとリンは足が前に進まず立ち尽くした。心が沈み込む。

「リン、入ってもいい?」
もう一度寝室のドアに声がかかり、「待って」と言う前にリンは立ち眩みを起こした。

目の前が暗転してドサリと大きな音。身体が痛くて「う~~」と唸る自分の声を遠くに聞いた。薄ぼんやりとした意識の中にバタバタと人が立ち入る音。

「リン! すぐに医者を!」
「キャー! リン様!」


 次に目が覚めたら自分のベッドで寝ていた。枕元にセレスが居た。いつもなら髪を撫でて頬に触れるのに、今日はただ傍に微笑んでいるセレス。

「目が覚めた?」
「……うん」
気まずくてセレスから顔を逸らす。

「リン、軽い貧血だって。大きな怪我がなくて良かった。食べていなかったらしいね。絶食ストライキでも起こしているの?」
セレスの言葉にカチンとくる。

「そんなわけないだろう! ショックなことがありすぎて食べる気にもならないんだよ!」

セレスを睨んで声を荒げる。目線を合わせるとセレスがニッコリ微笑んだ。

「やっとこっち向いた。リン、一人で悩むなよ」
優しいセレスの言葉にリンの目に熱いものがこみ上げる。

「怒っていない、のか?」
「怒ってはいないよ。寂しいけれどね。リンの家は伯爵家で爵位が高いから、こんな未来もあり得るって考えてはいた」

セレスが微笑みながらほろりと涙を落とした。

その涙を見て、リンも泣いた。いつもならば抱き合って泣くところだが、リンが金の首保護帯を着けたことでそれが出来なくなっている。いつもと違う距離感が寂しくて、更に泣いた。

「リン、まずは一緒に食べよう。さっきジャルル家お抱え医師が点滴していったけれど、ちゃんと食べてって」
「うん。でも、とても食べる気分になれなくて」

「だけどリンに何かあったら伯爵公が困ると思う。リンはすでに王家の首帯をつけている。半分王家の所有であるリンの体調不良は王家に報告がいくし、伯爵公が王家から注意されてしまう」

「え? 体調も報告行くの? お父様が注意されるの?」
「もちろん。今のリンは、伯爵家が王家から預かっているといっても過言ではないよ」

セレスの言葉に頭を殴られたようなショックを受ける。リンはすでにジャルル家の者ではないのか。現実について行けない。

「ねぇ、リン。ここに居られる、あと少しの時間を楽しく過ごそうよ。僕と最後の思い出を作ろうよ。そのために食べて体調整えよう」

そう言いながら涙を流すセレス。セレスだって泣いているじゃないか、と言いたくなった。

「そうだね。セレス、今日は何時までいるの? 食事一緒にして大丈夫?」

「えっと、今日から僕はここに泊まるよ。最後の時間を一緒に過ごして良いって伯爵公が許可してくれた。ただ、間違いがあってはいけないから性的なことはもちろん禁止で接触も少なくって言われているよ。でも、それでもこれは伯爵公の精一杯の温情だと思うよ」

セレスを見てリンは考える。セレスだって辛いはずだ。父もそうだろう。それでも現実を受け止めている。今やるべきことをしっかり考えている。

リンだけ落ち込んでばかりいられない。それにセレスとの時間をくれた父に感謝すべきだろう。

本来なら元恋人との時間など王家に知れたらお叱りを受けるかもしれない。それでもリンのために許してくれている。リンは家族とセレスの優しさが嬉しかった。そして大好きなセレスに精一杯思い出を残したいと思った。残されたリンの自由時間をセレスに捧げたいと心から思った。

「そうだね。セレス、今日から一ヶ月も一緒にいられるんだね。こんなに嬉しいこと、ないかもね」
リンが顔を上げてセレスに微笑みかけると、涙目のセレスも微笑みを返す。

「うん。楽しいことも、悪巧みだってできちゃうよ? あ、駆け落ちとか駄目なやつはやめてね」
「あはは! それは駄目なやつだ!」

声に出して笑うとリンの心が少し晴れた。

「よし! セレス、食事にしよ!」
「うん。僕は昼ご飯食べ損ねたよ。もうお茶の時間だ」

点滴をしてもらったおかげか目眩がなくなっている。軽装に着替えてセレスとテーブルにつく。

「マリー、ご飯ちょうだぁい」
リンが呼び鈴を鳴らして侍女に知らせる。
「あはは、ご飯ちょうだいって子供かよ!」

リンとセレスが笑い合っていると、呼ばれて走ってきた侍女のマリーが驚き顔で静止する。

「リン様、笑っておられる……。まぁ、まぁ、嬉しいこと! お食事ですわね。すぐにお持ちいたします。お待ちくださいませ」
張り切って部屋を後にするマリーの姿にまた二人で笑った。
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