アルファ王子に嫌われるための十の方法

小池 月

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Ⅶ 二人のオメガと二人のアルファ

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 ニッゼン子爵公が挨拶のためにカロール殿下とドーラ殿下の前に膝をついている。夫人とセレス、セレスの兄も子爵公の後ろで膝をついており、殿下側に居るリンは申し訳なくなる。

「当家にお立ち寄りくださいましたこと心より慶び申し上げます。本日ははニッゼン家に一泊予定になっております。護衛の皆さまには邸宅外に簡易テントを設置いたしております。侍従の方数名は邸内の一階客間をどうぞ。カロール殿下とドーラ殿下は二階の貴賓室をお使いください。リーン殿下はよろしければ我が息子セレスの部屋はいかがでしょうか? 侍女侍従をお付けします。何なりとお申し付けください」

セレスの父であるニッゼン子爵の提案にリンは胸が高鳴る。またセレスと二人で過ごせるのは嬉しい。

「心遣い感謝する。俺はそれでいい。リーンについてはオメガであり一人では何かあってはいけない。セレス卿と共にいればオメガ同士であり安全が守られて助かる」 
ドーラ殿下が子爵に礼を伝える。

「俺もそれでいい。子爵、苦労を掛けるがよろしく頼む。また、本日からセレスの力を借りる。リーン殿下がオメガでありセレスの存在が旅の支えになるであろう。助力に感謝する」
カロール殿下の言葉に深く頭を下げるニッゼン子爵。

「勿体ないお言葉です。当家周辺のご案内でも致したいところですが、ゆっくり休んでいただく方が良いかと存じます。私はこれにて下がらせていただきます」

丁寧に退席するニッゼン子爵。昔から変わらない穏やかな姿にリンはクスっと笑う。

 もう二度と来ることはないと思っていたセレスの家。デートだと騒いでいたころが遠い昔だ。セレスと二人で恋人ごっこしていた頃は幸せだった。楽しかった。思い出の詰まったニッゼン家の応接間をぐるりと見渡す。なぜか熱いものがこみ上げてきて、こぼれ落ちそうになる涙をこらえる。

 深呼吸をして前を向くとカロール殿下がリンを見つめていた。急に恥ずかしくなりリンは横を向く。横を見ればセレスが助けを求めるかのようにリンを見ている。

どうしたのかと良く見れば、セレスの手を握りしめているドーラ殿下。ドーラ殿下の鼻息が荒くなっている。その必死さが顔全面に出ていて、リンは小さく吹き出す。途端にセレスに『助けろよ!』と目線で怒られる。リンは笑いを噛みしめてドーラ殿下に声をかける。

「ドーラ殿下、失礼します」
「はぁ? 空気読めよ、邪魔するな。リーン」

「今は何をお楽しみですか?」
「セレスの手だよ! 夢にまで見たセレスの手だ。透き通る肌。天使のようだ。柔らかくていい匂いがする。たまらない。何年もこうして触れ合うことを望んできた。諦めなくて良かった。くじけなくて良かった。自分を信じて良かった」

感極まって涙を流し、セレスの手に頬ずりをするカロール殿下。その姿にセレスは目を白黒させている。手を引っ込めて良いのか分からなくなっているのだろう。

「ドーラ殿下。セレス卿が困っていますよ。カッコイイところを見せるのではないのですか? ちょっと情けなく見えてしまいますよ」
リンの声に目を見開くドーラ殿下。パッとセレスの手を離し咳払いをする。

「あぁ、セレス卿。すまない。いや、いつもはこんなことしないんだよ? 本当だよ。だけど、どうしても我慢できなくて。会いたい想いで、セレスのためだけに駆け抜けてきた数年だったから」

照れながら恥ずかしそうに説明するドーラ殿下は、最高にカッコ良く見えた。

「はい。僕も、もう一度あなたに会えたらと願っていました。あなた以外のアルファなど絶対に嫌でした。それに、ザザ国は良い国なのですね。王子殿下が親しみのある方です」

優しく微笑み言葉を返すセレス。頬がバラ色だ。見つめ合うドーラ殿下とセレス。薔薇の花でも舞っていそうな二人の世界だ。見ているリンが恥ずかしくなる。心がモゾモゾする。そして二人が仲良くなれそうな予感に嬉しさが込み上げる。そんなリンの肩をカロール殿下がそっと抱く。

「良い感じだね」
「ええ。二人は運命の番だそうです」

「だろうな。百年ほど絶縁中だったザザ国とアローラ国の国交再開まで実現してしまうほどドーラ殿下の想いは深いってことだ。ああ見えてドーラ王子殿下は優秀すぎるアルファだぞ」
「あ、それは分かります。ドーラ殿下はふざけていることが多いですが、全ての事を上手く動かすために念入りに策を立てるタイプです」

「リンもそう思うか。ま、リンを助けてくれた恩人だからな。協力するしかないな」
カロール殿下の言葉にリンは笑って頷く。

「だが、今はセレス救出を最優先とするか。セレスを解放してもらわないとリンが休めないからな」
カロール殿下の言葉にリンは笑いを隠せない。懐かしさと楽しさで心が浮き上がっていた。嬉しいことが多すぎて目の前がキラキラしていた。だから『リン』と呼ばれることも受け入れてしまっていた。

「お熱いところを申し訳ないが」とカロール殿下が声をかけると「邪魔をするな! 空気読め!」とドーラ殿下が間髪入れずに言った。

そこから二人の「アホ王子」だの「バカ王子」だの言い合いが始まり、その内に笑い出し、意気投合して二人は大親友のように仲良くなった。多分気が合うタイプの二人だったのだろう。カロール殿下とドーラ殿下は「夜に一杯やろう」と盛り上がっていた。リンは笑いを噛みしめてセレスの部屋に向かった。


「リン。また僕の部屋で会えるなんて夢みたいだ」
セレスの部屋に入るとすぐセレスがリンを抱き締める。柔らかいセレスの抱擁が懐かしくてリンは微笑む。

「セレス、ゴメン。約束を破って、ゴメン」
「いいって。僕はリンが幸せならそれでいいんだ。リンが笑っているのなら、それでいい。一休憩のお茶にしようよ。洋ナシの果実水があるよ」

「あ、洋ナシの果実水飲みたい! 久しぶりだぁ」
「今年のも美味しいよ。そうだ。少し休んだら散歩する?」

「いいね。湖畔までは無理かな」
「まだ午前だから行けるよ。サンドイッチでも持って出かけよう」
セレスの言葉に、どうしても行きたくなる。この時間はもしかしたら神様がリンにくれた最期の幸福かもしれない。今を逃したら、もう二度と行けないだろう。

 思い返せばリンは幸せだった。周囲に守られて不自由なく育った。ここで過ごしていた時には笑うことが普通だった。あの頃に、戻りたい。そう考えて零れそうになる涙をこらえる。セレスとの限られた時間を泣いて過ごしては後悔する。これまでのセレスとの友愛に感謝を込めて一緒に過ごしたい。セレスは大切な親友だから。

「セレス、ありがとう」
リンが心のままに伝えると、お茶の指示を出していたセレスが振り返る。

「やだな。礼を言うには早いだろ? 今日から一緒にアローラ国内旅行だ」
イタズラっ子のように笑うセレスがリンには本物の天使に見えた。

(神様。セレスにどうか幸福を。僕の分の幸せをセレスに与えてください)
リンは心からそう願った。

 ソファーセットで洋ナシの果実水と焼き菓子を一緒に食べた。「懐かしい! 美味しい!」と笑い合うとリンの心が少し明るくなった気がした。
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