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番外編Ⅰ「セレスの結婚式」
セレスの結婚式①
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アール・スモール城から馬車で六日の位置にあるザザ国王都。ザザ国の中心である王城は王都の中心に建っている。そのザザ国王城迎賓室でリンは泣いている。
「なんで? どうしてですか?」
「いや、そう言われても。ほら、セレスはマタニティブルーとかじゃないのかな? 妊娠すると精神が不安定になると聞く」
優しくリンの背中を撫でるカロール殿下。
「でも、セレスに冷たくされるなんて耐えられない~~」
わんわん泣くリンを困った顔でカロール殿下がなだめている。
あと五日でセレスの結婚式だ。式準備を一緒に楽しくしていたのに、昨日からセレスがリンと距離を置くようになった。
食事に誘っても『部屋で食べるから』と断られ、一緒に寝る前の読書をしようと誘っても『そんな気分じゃない』と断られた。これまでリンが断られることなどなく過ごしてきたから、それだけでリンの心が悲鳴を上げた。そして今日は予定していたお出かけを『ちょっと忙しいから』と断わられてしまった。
ショックで立ち尽くすリンをカロール殿下が支えるように歩いてくれて、居室にしている貴賓室に戻った。
「ほら、リン。少し雪が降りそうだ。城の庭を歩いて気分転換しようか?」
カロール殿下が励ますように声をかける。リンはコクリと頷いてノロノロと防寒着を着て外に行く準備を整える。
「おや、外出ですかな?」
部屋についてくれている爺が顔を出す。以前にアール・スモール城でお世話になった爺と使用人をリンたちにつけてくれている。爺がいることでリンは大変助かっている。
「はい。少し外を歩いてきます」
「おやおや。泣きはらした顔をされて。お懐かしい。アール・スモール城でのリン様を思い出しますなぁ」
ははは、と笑う爺にリンは溜息を返す。
「僕は少しも笑えません」
真面目に言ったのに、またしても爺が笑う。
「では護衛と使用人をつけましょう。何かあっても困りますから」
「あぁ、頼む。それから、冬の景色を楽しめる場所を案内してくれ。途中休憩が出来るよう手配も」
カロール殿下が爺と使用人に指示を出して、皆がササっと動く。リンはセレスの事で頭がいっぱいだった。周囲の動きに気が配れずカロール殿下に誘導されて歩いた。
(僕は何かセレスを傷つけることをしたのだろうか? 機嫌が悪くなる前は、ザザ首都での買い物を楽しんだよな。ザザ国は刺繍が盛んで様々な小物や掛布をみた。セレスがジャルル家の伝統織物を思い出すって笑っていた。その次の日からセレスがおかしい。でも、僕に思い当たることは一つもない)
「リン」
考えながら歩いていて周りを見ていなかった。声をかけられてハッと顔を上げればカロール殿下の示す先に椿の赤い花が咲いている。赤くて美しい。
「今月から咲いているらしい。ここは冬に咲く植物を植えていると聞いた」
カロール殿下の声にぐるりと庭園を見る。綺麗に手入れされている。草花の輝きに普段なら心がパッと明るくなるが、リンはぼんやりと花を見つめた。
「リン、仕方がないのだよ。セレスは結婚式前と妊娠が重なってブルーな気持ちも倍増だ。少しそっとしておくのが一番だと思うぞ」
「ですが、やはり辛いです。こんなセレスは初めてです」
「そうか。セレスはリンの前では猫かぶりだったのかも、な」
「はぁ?」
カロール殿下の言葉にリンは変な声を出してしまった。慌てて居住まいを正す。
「申し訳ありません。セレスが猫かぶり、ですか? どうしてそのような事を?」
カロール殿下を見つめると、殿下がニコっと笑う。
「そりゃ、リンが川で溺れた後のセレスの様子を見ていたら分かるさ。ドーラはそんなセレスを知っているようだったぞ。セレスはなかなか芯がある。ドーラは尻に敷かれるだろうな」
ははは、と笑うカロール殿下。リンは訳が分からず首を傾げた。
「いいよ。リンが知らないセレスの顔があるかもって話だ」
「僕はセレスと一緒に生きて来たのに。僕がセレスを一番理解しているのに」
悲しくて悔しくてリンは下を向く。モヤモヤとした気持ちが抑えられない。
「リン。ほら、今日は俺と首都散策しようよ。ザザ国の流行や土産品を買ってみよう。二人だけの旅行のようで楽しいじゃないか」
カロール殿下の提案にコクリと頷いた。
散歩から戻り、軽く昼食を食べて城下街に出かけた。リンとカロール殿下はアローラ国の訪問者だと分からないようにザザ国の上流貴族の服を着る。この方がザザ国民に警戒されなくて楽しめる。
「リン、首はマフラーで隠して」
カロール殿下に毛皮のマフラーを首に着けてもらう。肌障りの良いモフモフだ。
「毛皮、珍しいですね。アローラ国では動物の毛皮は使わないですよね」
「ザザ国では上流階級は冬の小物に動物の毛皮を使うらしいからな。気に入ったならいくつか買っていこう」
「アローラ国でモフモフを着けていたら目立ちますよ」
リンがクスリと笑うとカロール殿下がリンの頬に触れる。
「毛皮のマフラーに埋もれるリンが最高に可愛いのだ」
恥ずかしげもなく言う言葉にリンが照れてしまい目線を落とす。
「恥ずかしいです」
「あぁ、ごめん」
爽やかに笑うカロール殿下がまぶしくて、リンの頬は熱いままだった。
ザザ国の小型馬車を使って首都貴族街に出かけた。ザザ国の首都は貴族街、商業街に分かれている。貴族街は高級店が立ち並ぶ。年末の慌ただしさは感じられない街の風景。治安の問題があるから商業街には行かないように言われている。馬車から降りて冷たい空気の街を歩く。綺麗に造形された街並み。歩いている人々は上品な方たちばかり。
「ほら、リン。寒いから手を繋ごう。おや? 手袋はどうした?」
「忘れてきました。でも大丈夫です。上着の袖に手を入れていきますから」
カロール殿下が自分の手袋を外して、リンの手を包み込む。大きなカロール殿下の手から体温の温かさが伝わる。
「カロール様、大丈夫ですから」
カロール殿下の優しさだけで嬉しい。けれどカロール殿下が手を冷やして風邪でもひいたら一大事だ。
「ではリンに俺の手袋を貸そう」
「大きすぎますから。そうだ、今から手袋を買いに行きましょう」
リンの提案にニコリと笑うカロール殿下。付き添いの侍従に声をかけて冬小物を取り扱う店を聞いている。リンはその様子をカロール殿下の一歩後ろで聞いていた。その時。
リンにドンっとぶつかる小さな何か。
「わっ」
驚いて見ると十歳ほどの少年がリンにぶつかっていた。
「こいつ! アローラ国の王太子婚約者様になんてことを!」
すぐに護衛兵が少年を捕らえる。「はなせ!」「痛い!」と悲鳴を上げる子ども。
「リン! 大丈夫か? 怪我は?」
「僕はなんともありません。ぶつかっただけだと思います」
護衛兵が捕らえている少年を見る。この冬に上着を着ていない。薄汚れた服。貴族の子ではないだろう。下層級の子どもだと分かる。
「みっともないモノをお見せして申し訳ありません。すぐにこの者は処罰いたします」
衛兵がリンとカロール殿下に敬礼をする。処罰? リンは自分が受けた鞭打ちを思い出し、恐怖がよみがえる。この小さな子に罰を与えていいのだろうか。この貧しそうな子を痛めつけていいのだろうか。
「待って! 待ってください。僕は怪我をしていません。この子を放してください。罰はいりません」
「ですが……」
困惑する護衛兵の横を通り少年に近づく。リンを睨んでいる少年。悲しみや怒りを秘めた目だ。
「この子を放してください」
護衛兵がすぐに少年を解放する。少年は不思議そうにリンを見る。
「君はこの地区に住んでいるの?」
話しかけると困ったように下を向いてしまう。
「あの、よければこれでお菓子でも買って帰ると良いよ」
リンは金貨を一枚わたした。子どもは驚いたように手の上に乗せられた金貨を見つめた。リンはすこし良いことをした気持ちでニコリと微笑んだが。金貨を握った子どもの手がブルブル震えた。
「ふざけるな! 馬鹿にするな! 金持ち貴族が偉そうに! お前たちが持っている金は俺らから取り上げたモノだろうが!」
突然の少年の剣幕にリンが驚いて後ずさる。するとリンの後ろからカロール殿下が前に出る。カロール殿下が無表情で右手を上げた。子どもを叩くつもりだ。とっさにリンはカロール殿下にしがみつく。
「ダメです! 子どもです!」
カロール殿下をなだめる隙をついて少年が逃げていった。護衛兵は少年を追いかけず、カロール殿下は上げた手を静かに下ろした。やるせない沈黙が流れる。殿下が深呼吸してリンに笑いかける。
「手袋、買いに行こうか」
リンは困惑を残しながらも「はい」と頷いた。リンに自分の手袋を差し出すカロール殿下。リンは断ることが出来ず、大きな手袋をつけてカロール殿下と歩いた。
「なんで? どうしてですか?」
「いや、そう言われても。ほら、セレスはマタニティブルーとかじゃないのかな? 妊娠すると精神が不安定になると聞く」
優しくリンの背中を撫でるカロール殿下。
「でも、セレスに冷たくされるなんて耐えられない~~」
わんわん泣くリンを困った顔でカロール殿下がなだめている。
あと五日でセレスの結婚式だ。式準備を一緒に楽しくしていたのに、昨日からセレスがリンと距離を置くようになった。
食事に誘っても『部屋で食べるから』と断られ、一緒に寝る前の読書をしようと誘っても『そんな気分じゃない』と断られた。これまでリンが断られることなどなく過ごしてきたから、それだけでリンの心が悲鳴を上げた。そして今日は予定していたお出かけを『ちょっと忙しいから』と断わられてしまった。
ショックで立ち尽くすリンをカロール殿下が支えるように歩いてくれて、居室にしている貴賓室に戻った。
「ほら、リン。少し雪が降りそうだ。城の庭を歩いて気分転換しようか?」
カロール殿下が励ますように声をかける。リンはコクリと頷いてノロノロと防寒着を着て外に行く準備を整える。
「おや、外出ですかな?」
部屋についてくれている爺が顔を出す。以前にアール・スモール城でお世話になった爺と使用人をリンたちにつけてくれている。爺がいることでリンは大変助かっている。
「はい。少し外を歩いてきます」
「おやおや。泣きはらした顔をされて。お懐かしい。アール・スモール城でのリン様を思い出しますなぁ」
ははは、と笑う爺にリンは溜息を返す。
「僕は少しも笑えません」
真面目に言ったのに、またしても爺が笑う。
「では護衛と使用人をつけましょう。何かあっても困りますから」
「あぁ、頼む。それから、冬の景色を楽しめる場所を案内してくれ。途中休憩が出来るよう手配も」
カロール殿下が爺と使用人に指示を出して、皆がササっと動く。リンはセレスの事で頭がいっぱいだった。周囲の動きに気が配れずカロール殿下に誘導されて歩いた。
(僕は何かセレスを傷つけることをしたのだろうか? 機嫌が悪くなる前は、ザザ首都での買い物を楽しんだよな。ザザ国は刺繍が盛んで様々な小物や掛布をみた。セレスがジャルル家の伝統織物を思い出すって笑っていた。その次の日からセレスがおかしい。でも、僕に思い当たることは一つもない)
「リン」
考えながら歩いていて周りを見ていなかった。声をかけられてハッと顔を上げればカロール殿下の示す先に椿の赤い花が咲いている。赤くて美しい。
「今月から咲いているらしい。ここは冬に咲く植物を植えていると聞いた」
カロール殿下の声にぐるりと庭園を見る。綺麗に手入れされている。草花の輝きに普段なら心がパッと明るくなるが、リンはぼんやりと花を見つめた。
「リン、仕方がないのだよ。セレスは結婚式前と妊娠が重なってブルーな気持ちも倍増だ。少しそっとしておくのが一番だと思うぞ」
「ですが、やはり辛いです。こんなセレスは初めてです」
「そうか。セレスはリンの前では猫かぶりだったのかも、な」
「はぁ?」
カロール殿下の言葉にリンは変な声を出してしまった。慌てて居住まいを正す。
「申し訳ありません。セレスが猫かぶり、ですか? どうしてそのような事を?」
カロール殿下を見つめると、殿下がニコっと笑う。
「そりゃ、リンが川で溺れた後のセレスの様子を見ていたら分かるさ。ドーラはそんなセレスを知っているようだったぞ。セレスはなかなか芯がある。ドーラは尻に敷かれるだろうな」
ははは、と笑うカロール殿下。リンは訳が分からず首を傾げた。
「いいよ。リンが知らないセレスの顔があるかもって話だ」
「僕はセレスと一緒に生きて来たのに。僕がセレスを一番理解しているのに」
悲しくて悔しくてリンは下を向く。モヤモヤとした気持ちが抑えられない。
「リン。ほら、今日は俺と首都散策しようよ。ザザ国の流行や土産品を買ってみよう。二人だけの旅行のようで楽しいじゃないか」
カロール殿下の提案にコクリと頷いた。
散歩から戻り、軽く昼食を食べて城下街に出かけた。リンとカロール殿下はアローラ国の訪問者だと分からないようにザザ国の上流貴族の服を着る。この方がザザ国民に警戒されなくて楽しめる。
「リン、首はマフラーで隠して」
カロール殿下に毛皮のマフラーを首に着けてもらう。肌障りの良いモフモフだ。
「毛皮、珍しいですね。アローラ国では動物の毛皮は使わないですよね」
「ザザ国では上流階級は冬の小物に動物の毛皮を使うらしいからな。気に入ったならいくつか買っていこう」
「アローラ国でモフモフを着けていたら目立ちますよ」
リンがクスリと笑うとカロール殿下がリンの頬に触れる。
「毛皮のマフラーに埋もれるリンが最高に可愛いのだ」
恥ずかしげもなく言う言葉にリンが照れてしまい目線を落とす。
「恥ずかしいです」
「あぁ、ごめん」
爽やかに笑うカロール殿下がまぶしくて、リンの頬は熱いままだった。
ザザ国の小型馬車を使って首都貴族街に出かけた。ザザ国の首都は貴族街、商業街に分かれている。貴族街は高級店が立ち並ぶ。年末の慌ただしさは感じられない街の風景。治安の問題があるから商業街には行かないように言われている。馬車から降りて冷たい空気の街を歩く。綺麗に造形された街並み。歩いている人々は上品な方たちばかり。
「ほら、リン。寒いから手を繋ごう。おや? 手袋はどうした?」
「忘れてきました。でも大丈夫です。上着の袖に手を入れていきますから」
カロール殿下が自分の手袋を外して、リンの手を包み込む。大きなカロール殿下の手から体温の温かさが伝わる。
「カロール様、大丈夫ですから」
カロール殿下の優しさだけで嬉しい。けれどカロール殿下が手を冷やして風邪でもひいたら一大事だ。
「ではリンに俺の手袋を貸そう」
「大きすぎますから。そうだ、今から手袋を買いに行きましょう」
リンの提案にニコリと笑うカロール殿下。付き添いの侍従に声をかけて冬小物を取り扱う店を聞いている。リンはその様子をカロール殿下の一歩後ろで聞いていた。その時。
リンにドンっとぶつかる小さな何か。
「わっ」
驚いて見ると十歳ほどの少年がリンにぶつかっていた。
「こいつ! アローラ国の王太子婚約者様になんてことを!」
すぐに護衛兵が少年を捕らえる。「はなせ!」「痛い!」と悲鳴を上げる子ども。
「リン! 大丈夫か? 怪我は?」
「僕はなんともありません。ぶつかっただけだと思います」
護衛兵が捕らえている少年を見る。この冬に上着を着ていない。薄汚れた服。貴族の子ではないだろう。下層級の子どもだと分かる。
「みっともないモノをお見せして申し訳ありません。すぐにこの者は処罰いたします」
衛兵がリンとカロール殿下に敬礼をする。処罰? リンは自分が受けた鞭打ちを思い出し、恐怖がよみがえる。この小さな子に罰を与えていいのだろうか。この貧しそうな子を痛めつけていいのだろうか。
「待って! 待ってください。僕は怪我をしていません。この子を放してください。罰はいりません」
「ですが……」
困惑する護衛兵の横を通り少年に近づく。リンを睨んでいる少年。悲しみや怒りを秘めた目だ。
「この子を放してください」
護衛兵がすぐに少年を解放する。少年は不思議そうにリンを見る。
「君はこの地区に住んでいるの?」
話しかけると困ったように下を向いてしまう。
「あの、よければこれでお菓子でも買って帰ると良いよ」
リンは金貨を一枚わたした。子どもは驚いたように手の上に乗せられた金貨を見つめた。リンはすこし良いことをした気持ちでニコリと微笑んだが。金貨を握った子どもの手がブルブル震えた。
「ふざけるな! 馬鹿にするな! 金持ち貴族が偉そうに! お前たちが持っている金は俺らから取り上げたモノだろうが!」
突然の少年の剣幕にリンが驚いて後ずさる。するとリンの後ろからカロール殿下が前に出る。カロール殿下が無表情で右手を上げた。子どもを叩くつもりだ。とっさにリンはカロール殿下にしがみつく。
「ダメです! 子どもです!」
カロール殿下をなだめる隙をついて少年が逃げていった。護衛兵は少年を追いかけず、カロール殿下は上げた手を静かに下ろした。やるせない沈黙が流れる。殿下が深呼吸してリンに笑いかける。
「手袋、買いに行こうか」
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