『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月

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Ⅳ②

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「全然記憶にない」
 自宅に戻り、壱兎は一人つぶやいた。日付けを見ると、最後の壱兎の記憶から五日が経過していた。

 発情期をアルファである弘夢と過ごしたということは、することはした、ということだろう。身体は辛くない。だけど、本当に発情期が来たのか自分では分からなくて怖い。記憶が無いから弘夢が真実を言っているのかも分からない。

 悩んだ末に壱兎はバース診療科を受診することを決めた。


 個室タイプの診察室で壱兎は主治医の先生と向き合っている。
「つまり、発情期が来てしまいアルファと性的な関係を持ったようだが、記憶にないということですね」
「……はい」
 先生のストレートな言葉に恥ずかしさがこみ上げる。

「壱兎さんはアルファ拒食症としてオメガであることを抑えてきました。もしかすると記憶にないのではなく、発情期が来てアルファに抱かれた現実を受け入れられない状態かもしれません。心が記憶を隠しているのかも」
「記憶を、隠す?」

「はい。幼少時に親から性的虐待をうけたケースでも見られる現象です。自分に起きたことだと認めたくなくて記憶から消してしまうのです」
「それは、僕にとってショックで受け入れられない出来事だったということですね」

「そうですね。ショックなことは忘れても良いと思います。ただ、発情期が一度来ると次も来る可能性が高いです。壱兎さんは抑制剤の量をこれ以上増やせません。対処について今から検討していただく方がいいでしょう。もし、初回の発情期を過ごしたアルファに相手をしてもらえるのならそれが良いと思いますが」

「嫌です! 絶対に、嫌だ。匂いだけがオメガの価値と考えているアルファとは、もう関わり合いたくないです」

「え? だけど、運命の相手ならば仕方がないことかも、しれませんよ?」

「先生まで……。先生はオメガですよね。先生の相手がフェロモンにしか惹かれなくて、アルファの威圧で発情を誘発してきたら、『はい運命だから良いですよ』って言えますか? 受け入れられますか?」 

 なぜか悲しそうな顔で先生が壱兎を見て来た。

「壱兎さんの身体には、極うっすらと鬱血痕があるだけです。妊娠もしておりません。お相手のアルファは大切に抱いてくれたのだと思います。昨日まで発情期を過ごしていたと思えないほどです。発情期の記憶があれば、きっと考え方も違ったかもしれませんね」

 先生の言葉に壱兎は思い返した。
 初めての発情期だったが、起きてみて身体がどこも辛くないこと。これは弘夢が壱兎を大切に愛した証なのだろうか。よく分からなくて壱兎は下を向く。

「壱兎さん、今は心を落ち着かせることが最優先です。リラックスして数日を過ごしてください」
「……はい」
 発情期のことを思い出してパニックに陥らないように、気持ちを落ち着かせる薬を処方してもらい壱兎は自宅に戻った。



「疲れた……」
 ベッドに横になりながら一言が漏れた。

 つぶやいてみれば目から熱いものが流れ落ちる。

 発情期など無縁でありたかった。ベータとして生きたかった。これ以上のフェロモン抑制剤の増量はできない。次の発情期はどうしたらいいのだろう。これから壱兎はどう生きたらいいいのだろう。

 様々な不安が波のように壱兎の心に押し寄せる。(もう、嫌だ!)心の中で悲鳴を上げて、ふと携帯電話を見れば大量の未読メッセージと着信の表示がある。弘夢だ。

『体調はどう?』
『動くのに大変ならご飯だけでも届けるよ?』
『飲み物買っていこうか?』
『動くのにしんどくない?』

 弘夢からのメッセージはどれも壱兎を心配するものばかり。啖呵を切って出てきた壱兎を責める言葉は一言もない。

『壱兎の匂いで運命を感じたのは本当。壱兎が言うように匂いに惹かれた。でも、それだけじゃない。壱兎がベータに擬態して必死に前を向いて生きようとする姿勢に惹かれた。壱兎の隣が心地よかった。壱兎の何をどう好きかって表現が出来ない。でも、壱兎が好きだ。それだけは確かだ』

 最新のメッセージを読んで壱兎の心臓がドキリとする。
(好きって、なんだよ? 運命だから番になりたいんだろ? やっぱり好きだから、とか。よく、分からない……)

 考え疲れて壱兎は眠気に身を任した。
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