『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月

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Ⅴ③

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 学生ホールはほとんど人が居なかった。一限から来てサボる奴はまず居ない。奥の席を確保した。

「静かだな」
「あぁ。エアコン効いていて助かるな」

 席に着くと弘夢が遠慮がちに聞いてくる。

「壱兎、大学校舎内が怖かったりしない? その、トラブったから、もしかしたら辛いかも、と思って」

「まぁ、な。正直、今日は帰ろうかと思っていた。でも隣に弘夢がいるから大丈夫、かな」
「……そんな風に言ってもらえて、嬉しい」
 弘夢が少し頬を染める。

「弘夢はどうして僕と居る? アルファなんだ。僕なんかに構わなくても、周囲に人が寄ってくるだろう?」
「人は寄ってくるよ。でも俺は、自分が一緒に居たいと思う人と共に時間を過ごしたい。それはアルファだからとか関係ないよ。俺は壱兎がいい。ただ、それだけ」

 壱兎は照れくさくて下を向いた。

「壱兎には前に進む勇気を持って欲しい。これから発情期が来るだろう? 俺は壱兎が望むまで番にならない。大切にする。オメガとして俺と共に生きよう」

「……オメガとしてじゃなく、一人の人として弘夢の傍に居ることは無理なのか?」

「それは俺も考えた。でも、きっといつか無理が来る。苦しい思いをする。ならばオメガである自分を壱兎が受け入れたほうが良い」

 言っていることは理解できる。でも何故かモヤモヤとした気持ちが壱兎に芽生える。

「……今日は、帰る」
「じゃ、送る」
「いい。一人で帰るから。ゆっくり、考えたい」

 朝食をしっかり食べられたおかげで体調は大丈夫だという自信がある。

「わかった。壱兎、何かあったら俺を頼って。お願い」

 弘夢の言葉にコクリと頷いて大学を後にした。帰り道で壱兎は心臓の高鳴りを感じていた。

胸に手を当てればトクトクと存在を主張する壱兎の心。
 弘夢といると楽しい。やはり壱兎が求めているのは弘夢だろうか? それとも壱兎はアルファを求めているのか? 

 オメガで居たくないと思う気持ちの反動のようにアルファを欲してしまった可能性だってある。

 ふと病院の先生の言葉が蘇る。
『相手のアルファは大切に抱いてくれたのだと思います。発情期の記憶があれば、きっと考え方も違ったかもしれませんね』

 発情期がどんなだったのか壱兎には分からない。でも苦痛でなかったことは明らかだ。弘夢だから? 他のアルファは違うのだろうか? 

 帰宅して部屋のベッドに寝転がった。スマホで『アルファ拒食症の発情期対策』と検索をかける。
 すぐにマッチングアプリやアルファ紹介所案内がヒットする。オメガ側のためには作られていない宣伝内容。アルファ客ゲットのためのアプリなのは明らかだ。

「バカバカしい」
 スマホを投げ出し天井を見る。弘夢の穏やかな顔を思い出す。
 今朝のパンは美味しかった。弘夢と毎日笑い合ってふざけていられればいいのに。それだけで幸せなのに。

「あ~~、ヤダヤダ。もう全部やだ~~!」
 壱兎は一人で叫び、ふて寝した。

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