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Ⅴ④
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翌日から一週間、壱兎は通学中に一緒になる弘夢と毎日を過ごした。
バース性に触れることはなく、発情期前のような日常だった。その穏やかさが今の壱兎にはありがたかった。
もしかしたらオメガとこだわっているのは自分だけで、さほど性別を気にしなくてもいいのかもしれないと思う。
お決まりになった外のベンチに今日も壱兎と弘夢と並んで座る。水筒の氷をカラカラ鳴らして水分摂取する。暑くても少しだけここで休む。自然の心地よさに癒される時間になっている。
「あ、やっば。雨降ってきたじゃん」
「まじか。傘持ってない」
「校舎まで走れ!」
弘夢が壱兎に半そでシャツをかける。ふわりと弘夢のフェロモンが匂う。弘夢が壱兎の肩を抱き、雨から守るように寄り添う。
弘夢は、羽織の半そでシャツの下は黒のノースリーブだった。むき出しの肩や二の腕の筋肉にドキリとする。脱ぐと体格の良さが際立つ。壱兎は恥ずかしい様な、変な気持ちになり目を逸らした。
「弘夢が濡れるだろ。これ、いいって」
声をかけるけれど笑顔だけが返ってくる。いいのかな、と思いながらシャツをかぶせてもらったまま校舎まで走った。
「壱兎、濡れなかった?」
「うん。僕は大丈夫。服かけてくれたし」
隣で笑いながら弘夢が肩や腕をハンカチで拭いている。髪の毛も雨に濡れている。壱兎は自分のハンカチを出して弘夢の髪を拭いた。
栗色のサラサラな髪だ。水分が滴り弘夢が色っぽい。目が合うと弘夢が嬉しそうに微笑んだ。
ーーこんな光景、知っている。
突如、壱兎の脳裏に鮮明な映像が浮かぶ。汗をかいて壮絶な色気を放つ弘夢の姿がチラつく。途端に心臓がドキドキと高鳴り出す。全身が熱くなるのに、寒い様な震えが走る。腹の奥がズクンとする。壱兎の顔が熱を持つ。そんな自分の感覚が怖くて、弘夢から手を離した。
「壱兎? どうかした? 身体が冷えた?」
壱兎の態度の変化に弘夢が怪訝な顔をする。
「ち、違う。違う、けど……」
上手く言葉に出来ず壱兎は口元を手で覆った。良く分からない感覚で気分が悪くなり座り込む。すぐに弘夢が壱兎を抱き込むように背中に腕を回した。
「壱兎、このシャツ着ていて。送るから帰ろう。一緒に居て大丈夫なら俺の家で休もう」
「自分ちで、いい。ちょっと、気持ち悪い。吐くかも」
口元を押さえていないと吐き戻しそうだった。壱兎の目に涙が滲む。
「急に走ったからかな。ごめん。歩けば良かった。俺のせいだ」
走ったせいではない。そう伝えたかったけれど言葉に出来ない。チラチラと壱兎の脳裏に浮かぶ強烈な記憶の衝撃が大きすぎる。蘇るゾワゾワする快感と身体の奥がキュンとする感覚に立つことが出来ない。
「壱兎、抱き上げる。吐いても良いよ。目を閉じていて良いから。休める場所に行こう」
壱兎は目を閉じたまま頷いた。休めるのなら何処でもよかった。我慢の限界だった。
バース性に触れることはなく、発情期前のような日常だった。その穏やかさが今の壱兎にはありがたかった。
もしかしたらオメガとこだわっているのは自分だけで、さほど性別を気にしなくてもいいのかもしれないと思う。
お決まりになった外のベンチに今日も壱兎と弘夢と並んで座る。水筒の氷をカラカラ鳴らして水分摂取する。暑くても少しだけここで休む。自然の心地よさに癒される時間になっている。
「あ、やっば。雨降ってきたじゃん」
「まじか。傘持ってない」
「校舎まで走れ!」
弘夢が壱兎に半そでシャツをかける。ふわりと弘夢のフェロモンが匂う。弘夢が壱兎の肩を抱き、雨から守るように寄り添う。
弘夢は、羽織の半そでシャツの下は黒のノースリーブだった。むき出しの肩や二の腕の筋肉にドキリとする。脱ぐと体格の良さが際立つ。壱兎は恥ずかしい様な、変な気持ちになり目を逸らした。
「弘夢が濡れるだろ。これ、いいって」
声をかけるけれど笑顔だけが返ってくる。いいのかな、と思いながらシャツをかぶせてもらったまま校舎まで走った。
「壱兎、濡れなかった?」
「うん。僕は大丈夫。服かけてくれたし」
隣で笑いながら弘夢が肩や腕をハンカチで拭いている。髪の毛も雨に濡れている。壱兎は自分のハンカチを出して弘夢の髪を拭いた。
栗色のサラサラな髪だ。水分が滴り弘夢が色っぽい。目が合うと弘夢が嬉しそうに微笑んだ。
ーーこんな光景、知っている。
突如、壱兎の脳裏に鮮明な映像が浮かぶ。汗をかいて壮絶な色気を放つ弘夢の姿がチラつく。途端に心臓がドキドキと高鳴り出す。全身が熱くなるのに、寒い様な震えが走る。腹の奥がズクンとする。壱兎の顔が熱を持つ。そんな自分の感覚が怖くて、弘夢から手を離した。
「壱兎? どうかした? 身体が冷えた?」
壱兎の態度の変化に弘夢が怪訝な顔をする。
「ち、違う。違う、けど……」
上手く言葉に出来ず壱兎は口元を手で覆った。良く分からない感覚で気分が悪くなり座り込む。すぐに弘夢が壱兎を抱き込むように背中に腕を回した。
「壱兎、このシャツ着ていて。送るから帰ろう。一緒に居て大丈夫なら俺の家で休もう」
「自分ちで、いい。ちょっと、気持ち悪い。吐くかも」
口元を押さえていないと吐き戻しそうだった。壱兎の目に涙が滲む。
「急に走ったからかな。ごめん。歩けば良かった。俺のせいだ」
走ったせいではない。そう伝えたかったけれど言葉に出来ない。チラチラと壱兎の脳裏に浮かぶ強烈な記憶の衝撃が大きすぎる。蘇るゾワゾワする快感と身体の奥がキュンとする感覚に立つことが出来ない。
「壱兎、抱き上げる。吐いても良いよ。目を閉じていて良いから。休める場所に行こう」
壱兎は目を閉じたまま頷いた。休めるのなら何処でもよかった。我慢の限界だった。
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