ヒメとツミビト。

天乃 彗

文字の大きさ
上 下
19 / 19
Sub Story

姫と王子とチョコレート

しおりを挟む
 来たるバレンタインに向けて、リサーチは入念にする。去年はここのお店のトリュフにしたけど、ヒトシさん美味しかったって言ってた。かと言って、去年と同じお店のやつってどうなのかしら。品物が違うなら問題ない? 
 一昨年あげたこっちのお店のは、ビターなのにちょっと甘かったって言ってたからな。見た目は可愛いけど味がヒトシさん好みじゃないなら意味がないし……。
 バレンタインには、毎年欠かさずチョコをあげている。それなのにヒトシさん、いまいちピンときてないみたいなんだよね。私がまだ、ヒトシさんの中で子供、だからなのだろうか。だからいつもバレンタインには、ちょっと高めのいいチョコあげて特別感を出してるのに! ヒトシさんのバカ、鈍感。
 特別感を出すためには、一番手作りがいいんだろうけど……手作りなんて、絶対にできない。中学生の頃、試しに手作りに挑戦したら、散々なものが出来上がったんだもの(言うまでもなく、その年も買ったものを渡した)。

「はぁ~……」

 ため息を1つついた。どうにも決めかねて、「バレンタイン オススメ ブランド」で検索していた窓に、もう一個、「大人」という単語を付け足してみる。

「……あ、ここ、良さそう」

 フランスで修行をつんだショコラティエが新しくオープンさせたお店らしい。まだできて間もないお店のようだったけど、ネットでの口コミはよさそう。へー、お酒のリキュールを使ったチョコか。ウィスキーボンボンみたいな感じかしら。“人と差をつける、大人な味わい”ね……ふぅん。

「……ここにしよっ」

 早速次の休みの日に買いに行かなきゃ。えへへ、ヒトシさんお酒好きだし、喜んでくれるといいな。
 

 * * *


「はい、これ」

 妃芽から押し付けられるように何かを渡された。はて、と思ってカレンダーを見る。寒さ厳しい2月の中旬──今日は2月14日だ。となると、この小ぶりな紙袋の中身はいくら俺でも想像がつく。

「あ、ありがとな……」
「どういたしましてっ!」

 見たことのない紙袋だが、妃芽のことだからどうせ高級店に決まっている。一体この小さな箱はいくらなんだろうか……と考えると非常に受け取りづらいが、受け取り拒否はもっと辛い(確か妃芽がまだ小学生だった頃、一度断って痛い目を見たのだ)。俺には受け取る以外の選択肢はない。

「今年はね、フランス帰りの敏腕ショコラティエが新しくオープンしたっていう話題のお店で買ってみたの。ちょっと大人向けらしくて、アルコールも入ってるみたいだから、運転前には食べないでね」
「へぇ。そんなチョコがあるのか。よく見つけてくるな、お前」
「えへへ、すごいでしょ」

 アルコールという単語に反応すると、妃芽が得意げに胸を張った。確かに毎年こういう珍しいものを見つけてくることには感心する。

「……にしても、毎年毎年ようやるな、お前……」

 有名店のものを買ってくるだけあってかなり美味いんだが、そのせいでなおのこと引け目を感じる。だって、俺がその分返せるかと言ったら、答えはノーだ。給料日との兼ね合いもあるし、そんな洒落た店は知らない。せいぜいデパートのホワイトデーコーナーに並んでいるものが関の山だ。そもそも忙しくて、ホワイトデー自体を忘れてることもあるしな……。
 だから、毎回思う。“ようやるよ”、と。
 こう見えて妃芽は根が真面目だから、日頃の礼とかも兼ねて寄越してるんだろうけど。大したお返しもないと分かりきってるのに、毎年毎年ほんとすげーよな。

「当たり前じゃない。バレンタインだもん」
「はぁ」

 的を得ない返事だったので、それ以上は何かを言うのはやめた。

「今年も、ちゃんと感想聞かせてね!」
「わぁーったよ……」

 そして今年も、毎年恒例の宿題を出される。これが結構憂鬱なのだ。
 ……でもまぁ、今回のチョコには酒が入っているらしいから、例年よりは少し、食べるのが楽しみだった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...