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番外編
壊れた眼鏡で見えたもの
しおりを挟む「あ゛」
その渋い声とともに、パキッという音が生徒会室に響いたのが、少し前。恐る恐る会計の田中舞が足をあげると、眼鏡のフレームが根本から割れて、レンズの部分とかける部分が二つに分かれ、大破していた。眼鏡の持ち主である野澤優平は、眼鏡がないためにその大惨事さえも把握できずにいた。
* * *
その日の生徒会は、やたら人が少なかった。副会長の杉田杏奈はデートのため欠席。会計の樋村涼介はバイトのため欠席。書記の野澤優子はそもそも学校を欠席していた。しかし、やらなければいけない仕事もなかったため、残った生徒会メンバーは各々時間をもて余していた。
「あー、日向先輩ー、私ー、やっぱり帰ってもいいですかー?」
「多分大丈夫だけど、どうして?」
「今日ー、ドラマの再放送があってー、それに駿くんが出るんですよー。録画はしてあるんですけどー、やっぱり生でも見たくてー」
「うーん……どうせ今日はすることないし、解散にしちゃおっか?」
「やったぁー! ありがとうございますー!」
そう言うと、舞は嬉しそうに椅子から立ち上がる。会長である日向が、「私と葵くんは、印刷から優平くんが戻ってくるまで待ってるけど……」と言いかけるのも聞かず、舞は鞄を持って扉へ駆け出した。そして、扉が開いたのもほぼ同時だった。すごい勢いだった舞にはぶつからずにすんだものの、よろけた拍子に眼鏡が床に落ちて、それを舞が踏みつけた。──そして、冒頭に戻る。
「あちゃー……」
「優平くん、大丈夫?」
「大丈夫……ですが、えと、眼鏡は、無事ですかね? 眼鏡がないと、何も見えなくて……」
優平は床を這うようにして検討違いなところを探している。眼鏡を壊してしまった舞は、青い顔で眼鏡と優平を交互に見た。
「どうしよう、これかけるわけにもいかないですよねー……?」
「葵くん、その眼鏡貸してあげたり出来ないの?」
「……いいですけど、かなり度は弱いですよ」
そう言いながら、自分の眼鏡を優平に差し出す葵。それを受け取ってかけるも、優平は首を降って眼鏡を外した。
「だめです……裸眼とほとんど変わりません」
「葵くん、何でそんな度弱い眼鏡してるの?」
「もともと、女避けのためにかけ始めた眼鏡ですから。……効果なかったですけど」
葵は眼鏡をかけ直しながら、優平に目線を合わせる。日向もそれに合わせてしゃがみこんだ。
「仕事もないし、今日はそのまま帰っちゃえば? 私、送るよ!」
「いや、でも……さっき印刷しようとしたデータが吹っ飛んでて、これ今日までに終わらせないと」
「優平くんじゃないとできない仕事?」
「ええ……」
そうして、結局話し合った結果、日向と葵が優平の家まで眼鏡を取りに行き、その間舞が優平のサポートをしながら進められるだけ仕事を進めることとなった。優平の家には昔使っていた眼鏡があるらしく、距離もそこまで遠くないからだ。日向と葵に住所を教えて、優平はノートパソコンの電源をやっとのことでいれながら、生徒会室を出る二人を見送った。舞は眼鏡を壊してしまった負い目からか、それともテレビが見れなくなった悲しみからか、うつむいてしまっていた。
* * *
眼鏡がないため、画面が全く見えない。パソコンの前には舞に座ってもらい、自分は記憶を頼りに舞に指示を出すことしか出来なかった。
「データフォルダに、生徒会だよりって名前のファイルがあるはずです……ありましたかね?」
「生徒会だよりー……? あっこれー?」
「それを開いて、基礎データ1をクリックしてくれますかね? 枠組みとタイトルだけの画面が出てくるはずで……」
「出てこないー」
「そんなはずは……ちゃんとクリックしてますかね?」
「あっ開いたー」
頼むから、先輩たちに早く帰ってきてほしい。この調子では、いつまでたっても終わらないではないか。そもそも、あまり会話をしたことのない舞と生徒会室にこもることになるのは、優平にとって困惑のもとなのだ。
「野澤くんー、次はどうするのー?」
「今から僕が口で文章を言うので、それを打ち込んでください」
「下書きとかないのー?」
「基本的に姉と作ってますから、必要がないので……」
「えー!? 信じられないー」
「と、言われましても……」
優平は眉を下げながら呟いた。とにかく早く進めなければ、本当なら明日、明後日には配れてるはずの生徒会だよりなのだ。ぼやける視界で舞を見ると、あからさまにそわそわしているのが分かった。よく見えないが、壁の時計を気にしているらしい。
「……何か用事でもあるんですかね?」
「あーうー、違うんだけどー……もうすぐで駿くんのドラマが始まる時間だからー」
呆れた。元はといえば舞が優平の眼鏡を壊したことが原因なのに、ドラマを気にする余裕があるとは。優平はため息をつくのを必死でこらえる。とにかく間を持たせようとする一心で、興味はなかったが聞いてみることにした。
「……どうしてそんなに松井駿が好きなんですかね? やっぱり、顔ですか?」
聞いてから、言い方がまずかったかもしれない、と思った。卑屈な言い回しになってしまった。
優平は、顔は中の下──自分の顔に自信はない。地味だし、存在感もない。そんな自分と対極にいる「松井駿」という存在を持て囃す、舞が少し苦手だった。
「確かに顔もあるけど、それだけじゃないよ!」
口調が変わった彼女に、少し驚く。そうだ、舞は松井駿を語るときは、スイッチが入るのかマシンガントークになるのだった。質問を間違えたと思った。
「確かに好きになったきっかけは顔だけど、駿くんはそれだけじゃなくて! 今でこそ人気俳優って言われてるけど、それは駿くんが昔からすっごい努力をしてきたからなんだよ! 『青空とレモンティー』出てたときなんて、若手が調子乗んなって叩かれたりもしてたのに、駿くんはそれに負けないで営業とか笑顔でこなしてて、前に見たドキュメンタリー番組で、駿くんの自宅を写してたの見たけど、すごいんだよ! 家中参考書とか、昔使った台本とか、駿くんの努力が詰まってるの! 台本なんかボロボロなのをテープで補強してあるのをずうっと大事にとってあるの! どんなちょい役の台本でも、大事に大事にとってあるの! その台本みたら、駿くんが一生懸命演技してたのが一瞬でわかるんだよ! 私は、顔だけじゃなくて、駿くんの努力家なところが大好き!」
息継ぎもせず、必死に語る舞。優平は、舞のその様子を見ながら、思う。
今、彼女は。どんな顔で、語っているのだろう。どんな笑顔で、どんな気持ちで語っているのだろう。
眼鏡のない優平には、確かめようがなかった。
「……」
「……あの?」
急に黙った舞に、恐る恐る声をかける。彼女はどうやらパソコンを見ていたようで、声に反応してこちらを向いたようだった。しかし、また黙って、今度はじぃっと優平のことを見ているようだった。優平は訳がわからずもう一度尋ねる。
「……あの……」
「野澤くんも、努力家だねー? パソコン見たら分かるよー」
「え?」
突然何を言い出すのか。優平は困惑したまま舞のことを見つめる。
「たぶん生徒会だよりってー、読まずに捨てちゃう人大半だと思うけどー、読ませる工夫がいっぱいされてるんだねー。びっくりしたー」
「あ、まぁ……」
「そういうところ、いいと思うー」
すっかりいつもの調子に戻った舞が、「あははー」と笑っている。優平は、そんな彼女から目が離せない。ひっそりと、誰にも気づかれなかった努力。気づいて、いいと思う、と言ってくれた彼女。今、彼女は──どんな顔で笑っているのだろう。松井駿に向けた笑顔と、同じものだっただろうか。自分に向けてくれた笑顔は、どんなに素敵なものだったのだろう──。
パソコンに向き直って作業に戻った舞を見ながら、優平はまた思う。先輩たち早く帰ってきてくれ。眼鏡がないせいで、大変なものを見逃した、気がする。でもたぶん、眼鏡が戻ってきたところで、直視は出来ないのだろうと思いながら──優平はぼやける視界で仕事に戻った。
* * *
壊れた眼鏡で、見えたもの。それは、今まで見えなかった新たな一面と──とある感情の、小さな芽生えだった。
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ひまわりコンビを気に入っていただけて嬉しいです!
是非お時間ある時にゆっくりお楽しみください♪