頑張り屋

天乃 彗

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00 開店準備

01

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 あと少しだけ勇気があれば……。
 頑張りたいのに、頑張れない……。

 そんな人たちのために、『もうひと頑張り』を売るお店があるという。その名も──


 * * *


「ふわぁぁ~……」

 その少年は、起きると同時にあくびをした。眠たげに瞼をこすりながらベッドから起き出す。金色の瞳がようやく辺りを映し出した。寝癖なのか天然パーマなのかわからないようなふわふわとした亜麻色の髪の毛を正しもせず階段を降りていくと、奥の工房スペースに人影があるのが見えた。

「シーザさん、おはようございまぁす」

 人影──シーザは、少年の声に気づいて振り向いた。シーザは朝だというのに上から下までいつもの仕事着に身を包んでいる。真っ白でシワひとつないワイシャツに、深い緑色のベスト。黒いスラックスは細身のシーザによく似合っている。黒い革靴もいつ見てもピカピカに磨かれており、少年はいつも感心する。ブラウンの髪はいつだってサラサラで、癖っ毛な少年が彼に憧れるひとつでもある。シーザは自分のことをぼけっと眺める少年に対し、丸メガネの奥の瞳を細めて苦笑した。

「おはよう、コロット。顔洗って着替えておいで」
「はーい」

 少年──コロットは、洗面台に向かう前にまたちらりとシーザを見た。シーザの手にはキラキラと輝く液体が入った小さな小瓶がある。それを見てコロットは「あっ」と声を上げた。

「シーザさん、また新しい『頑張り』を調合してたんですね?」
「うん。世の中にはいろんな『頑張り』を必要としてる人がいるからね」

 話しながら、シーザは工房スペースから売り場スペースに移動する。コロットもそれを追うようにあとをついていく。
 この店の売り場スペースは、いつ見ても圧巻だ、とコロットは思う。壁一面の棚に、小瓶、小瓶、小瓶。所狭しと並ぶ小瓶の中には、先ほどのものと同じように、一つ一つ輝く液体が入っている。上の方なんて、コロットの身長では絶対に届かない。シーザでさえ、上の方のものは梯子をかけて取るのだ。
 シーザはさっき作ったばかりの『頑張り』を、手元の棚にコトリと置いた。さっき顔を洗ってこいと言ったにもかかわらず売り場の『頑張り』を眺めるコロットに、やれやれといった風にため息をつく。

「いつ見ても、すごいですよね! これ、ぜーんぶ違う種類の『頑張り』なんですから!」
「まぁね。でも、中身は本当にそれを必要としている人の目にしか映らないから、私たち以外の人から見たらただの空の小瓶だけど」
「そうですけどぉ……」

 自分たちにとって、『頑張り』は商売道具。お客様にとっては、『勇気』だったり、『救いの手』になることだってある。でも、それ以外の人には、これらはすべて『ただの空の瓶』だ。コロットはたまに悲しくなる。

「本当にこれを必要としている人たちに『頑張り』を提供できているんだから、私はそれで満足だけどね。そのためにこの仕事をしているんだから」
「……!」

 この店の店主であり、コロットの師匠であるシーザの言葉に、コロットは胸を打たれた。シーザの仕事に対する姿勢、考え方、生き方──そういうこと一つ一つがコロットにとって憧れで、尊敬したい部分である。シーザの一言で、さっきまでふてくされてたことが恥ずかしくなった。シーザの言う通りだ。この仕事は、お客様の頑張りの手助けをする素晴らしい仕事だというのに。
 感動しているコロットをよそに、シーザはカチャカチャと棚の整理をしている。そのうち、冗談だか本気だかわからない声音でコロットに言った。

「そろそろいい加減に、支度をしなさい。さもないと、見習いからお手伝いさんに降格するよ」
「準備してきますっ!」

 コロットは、慌てて駆けて行った。シーザは小さくため息をついて、棚の整理を再開した。
 洗面台で顔を洗って、櫛の通らない厄介な癖っ毛を少し整えて、急いで自分の部屋に戻る。寝間着を脱ぎ捨て──るとシーザが怒るので、脱いだものをきちんと畳んでから、いつもの服に着替える。白い丸襟のシャツを着て、リボンタイをつける。その上から、シーザとお揃いの緑色のベストを羽織った。下もシーザとお揃い、ならよかったのだが、スラックスが似合わずに断念した。サスペンダー付きの茶色のサルエルパンツを履く。サスペンダーは邪魔なのでいつも下げるだけだ。シーザがあつらえてくれた、つま先が丸まってカタツムリの殻のようになった不思議な形の靴に履き替える。少し考えて、靴をキュッキュと磨いた。最後に、ベストと同じ色の小さなシルクハットを頭に乗せて、「よし!」と気合いを入れる。準備は万端だ。

 もう一度下へ降りると、棚の整理を終えたシーザがカウンターに座っている。もう開店準備はバッチリだ。

「そろそろ扉を世界につなげよう。さぁコロット、行っておいで。この世界にも、『頑張り』を必要としている人はたくさんいるよ」
「はいっ! じゃあシーザさん、行ってきます!」

 コロットはシーザにブンブンと手を振って、店の外へと飛び出した。こうして、この店の1日は始まるのだ。


 * * *


 あと少しだけ勇気があれば……。
 頑張りたいのに、頑張れない……。

 そんな人たちのために、『もうひと頑張り』を売るお店があるという。

「そこのあなた! 頑張りたいことがありますね? それでは、僕が招待いたします! ──『頑張り屋』へ!」

 その名も、頑張り屋。
 不思議な店の店主と見習いの少年は、今日も世界のどこかで、誰かの背中を押している。
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