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01 告白する
01
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もうすぐ、クラス替えがある。……正直、嫌で仕方がない。同じクラスに、片思いの人がいるのだ。
だから俺は、春休みのうちに、彼女に告白することを決めた。彼女の家は知っている。うちから近いし、俺は走って彼女の家に向かった。チャイムを押そうとして、腕が震えた。怖くなった。
俺は「あと一歩の勇気」がわかなくて、その場から逃げ出した。
* * *
──やってしまった。
決めたはずなのに。結果はどうあれ、彼女に気持ちを伝えること。俺は逃げ出したその足で、とぼとぼと帰路を歩いていた。……このまま、新学期を迎えて、クラスが離れたとして、接点が無くなってしまうのは、しょうがないことなのだろうか。
「……せめてあと少し、頑張れてたら」
小さく呟いた、その時だった。
「──なら、こちらへどうぞ! お兄さん!」
返事をする間もなく、俺は誰かに腕をひっぱられた。
──……子供!?
身長は、俺の半分くらい。どんどん先を走るから分からないが、髪型からして男の子、だろうか。亜麻色の綺麗な髪が風でふわりと揺れた。
何なんだ、この子! 服装だって、現代離れしてるっていうか、なんか変だし。適当に振り払って逃げるべきだろうか。
その子は道なき道──狭い路地を走りぬけていく。俺はその子に連れられるがまま、走った。
「ねぇ、どこに……!」
「着きましたよ! お兄さん!」
その子は、俺の手を離すと振り向いてニッコリ笑った。その子が指を差しているのは、この町には似合わない、古くさい西洋風の建物だった。その建物が醸し出す鬱蒼とした雰囲気に、俺は訝しげな表情を浮かべる。
「さぁさぁ中へどうぞ!」
「えっ……」
「シーザさん! お客様ですよぅ」
その子は入り口の扉を開けて、俺の背中をぐいぐい押した。抵抗する暇さえなく、俺はその建物に押し込まれた。
その瞬間──
「やぁ、いらっしゃい」
澄んだ声が、耳に届いた。声のしたほうを見てみると、カウンターの奥に座った男の人が、優しい笑みを浮かべたのだった。
シーザと呼ばれたその男は、小さな眼鏡をしている茶髪の人だった。歳は20代だろうか……でも、落ち着いた雰囲気がその考えをあやふやにさせる。
「コロット、その方は?」
「『頑張り』を探してたみたいなので、つれてきました!」
二人の会話がわからず、俺はぽかんと口を開ける。シーザとかコロットとか、日本人じゃないのか? そもそも、ここはどこだ? 何の建物だ?
辺りを見渡していると、四方の壁はすべて木製の棚で埋めつくされていて、その棚には、なにやら小瓶がたくさん並べられていた。……瓶屋?
「……説明もせずつれてきたのかい? コロット、それはいけないよ」
「あっ、すみません、僕ったら」
コロットと呼ばれた少年が困ったように頭を掻いた。シーザがやれやれ、とため息をつくと、ニッコリと俺の方に向き直った。
「私の助手が強引にすみません。私はシーザ、この『頑張り屋』の店主です」
「……頑張り、屋?」
訳が分からず、俺はシーザの言葉をそのまま繰り返す。シーザは柔らかい笑みを浮かべたまま頷いた。
「ここはですねっ、“あと一歩の勇気がでない”……そういう人たちにその『もうひと頑張り』を提供するお店ですっ」
コロットがぴょんぴょん跳ねながら補足した。まぁ補足されたところで意味は分からないけど。
「何だよ、それ。わけわかんね……だいたい、ここには空の小瓶しかないじゃんか」
「あなたにはそう見えるかも知れませんね。でも、これならどうでしょう」
そう言って、シーザは後ろの棚から一つの小瓶を取り出して俺に見せた。
俺はぎょっとする。他の瓶は空に見えるのに、シーザが持ってるその小瓶には、なにやらキラキラした液体が入っているではないか。
「おや、当たりですね。あなたが必要としているのは、『告白するためのもうひと頑張り』」
「……!? な、なんで……」
「瓶の中身は、本当にそれを必要としている人にしか見えないのです」
俺はもう一度店内を見渡す。見えるのは、空の小瓶。
──つまり、ここにある小瓶全部に、いろんな種類の『もうひと頑張り』があるってこと……?
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「……本当に、それであと一歩が踏み出せるのか?」
「ええ、品質は保証しますよ」
「シーザさんはすごいんです!」
俺はさっきのことを思い出す。
彼女の家の前。震える手。押せなかったチャイム。どうしても、出てこなかったもうひと頑張り──。
「……このまま、後悔するのは嫌なんだ」
「そう、ですか」
「……だから、だからその『もうひと頑張り』──俺にください」
俺の言葉に、シーザはニッコリと笑った。
「……かしこまりました」
シーザが持っていた小瓶をコロットに渡すと、コロットがとことこと俺の前にやってきて、両手でそれを差しだした。俺はそれを受け取って、まじまじと眺める。キラキラした液体が、電灯の光と重なった。
「もうひと頑張りが必要なときに、それを一気に飲んでください! みるみるうちに頑張れちゃいます!」
「……あぁ、わかった」
「私たちも、健闘を祈っています」
「頑張ってきてくださいねっ」
俺は二人に見送られながら、店を出た。勇気がでないまま、後悔だけは、したくないんだ──。
* * *
来た道を戻りながら、ぼんやりと瓶を眺めた。これさえあれば、俺は彼女に告白できる。クラス替えをしても、後悔せずにいれる。これさえあれば──。
そこまで考えて、俺はぴたりと足を止めた。……本当に?
俺はじっと瓶を眺めた。キラキラと光る液体が、瓶の中で波打っていた。
* * *
俺は再びその建物を訪れた。相も変わらずニコニコと笑みを浮かべた店主が、カウンターに肘をついたまま俺を迎えた。
「いらっしゃい」
「……これっ、返品可能!?」
俺は持っていた小瓶をカウンターに置いた。少しだけ驚いた顔のシーザが俺を見上げる。
「可能ですが、これはまたどうして」
「思ったんだ。こんなものに頼って告白しても、きっと後悔する」
俺はぎゅっと拳を握った。コロットがおろおろと俺を見上げている。
「あんたたちの仕事を信じてないわけでも、貶したいわけでもない。でも……」
「でも……?」
「この『もうひと頑張り』は、自分でどうにかしなくちゃいけないと思うんだ」
振られるのが怖かった。今の関係を壊すのが怖かった。想うことすら許されなくなるのが怖かった。でも──それを乗り越えても、伝えなきゃいけない。自分だけの力で伝えなければ、意味がないんだ。
シーザは商品が返品されたにも関わらず、笑顔を歪ませることなく俺に言った。
「ならば、行きなさい。今なら、あなたには出来るはずです」
「……はい!」
俺は深く深く頭を下げると、すぐに駆け出した。一瞬見えたカウンターの上の小瓶は、もうただの空の小瓶だった。
* * *
「シーザさぁん、返品されちゃったけどいいんですか?」
おずおずとコロットが尋ねる。シーザは何も気にしてない様子で、『告白するためのもうひと頑張り』の小瓶をもとの場所に戻した。
「結果はどうあれ、うまく伝えられるといいね」
「そうですけど……」
せっかく僕がつれてきたのに、と不満げなコロットを横目に、シーザはまた椅子に腰掛けた。
「いいんだよ、これで」
「でも……これじゃ僕たちの意味が」
「あるさ、意味なんていくらでも」
シーザはずれた眼鏡を持ち上げて、また笑った。
「どんな形であれ、頑張りを引き出すためにこの店があるんだから」
だから俺は、春休みのうちに、彼女に告白することを決めた。彼女の家は知っている。うちから近いし、俺は走って彼女の家に向かった。チャイムを押そうとして、腕が震えた。怖くなった。
俺は「あと一歩の勇気」がわかなくて、その場から逃げ出した。
* * *
──やってしまった。
決めたはずなのに。結果はどうあれ、彼女に気持ちを伝えること。俺は逃げ出したその足で、とぼとぼと帰路を歩いていた。……このまま、新学期を迎えて、クラスが離れたとして、接点が無くなってしまうのは、しょうがないことなのだろうか。
「……せめてあと少し、頑張れてたら」
小さく呟いた、その時だった。
「──なら、こちらへどうぞ! お兄さん!」
返事をする間もなく、俺は誰かに腕をひっぱられた。
──……子供!?
身長は、俺の半分くらい。どんどん先を走るから分からないが、髪型からして男の子、だろうか。亜麻色の綺麗な髪が風でふわりと揺れた。
何なんだ、この子! 服装だって、現代離れしてるっていうか、なんか変だし。適当に振り払って逃げるべきだろうか。
その子は道なき道──狭い路地を走りぬけていく。俺はその子に連れられるがまま、走った。
「ねぇ、どこに……!」
「着きましたよ! お兄さん!」
その子は、俺の手を離すと振り向いてニッコリ笑った。その子が指を差しているのは、この町には似合わない、古くさい西洋風の建物だった。その建物が醸し出す鬱蒼とした雰囲気に、俺は訝しげな表情を浮かべる。
「さぁさぁ中へどうぞ!」
「えっ……」
「シーザさん! お客様ですよぅ」
その子は入り口の扉を開けて、俺の背中をぐいぐい押した。抵抗する暇さえなく、俺はその建物に押し込まれた。
その瞬間──
「やぁ、いらっしゃい」
澄んだ声が、耳に届いた。声のしたほうを見てみると、カウンターの奥に座った男の人が、優しい笑みを浮かべたのだった。
シーザと呼ばれたその男は、小さな眼鏡をしている茶髪の人だった。歳は20代だろうか……でも、落ち着いた雰囲気がその考えをあやふやにさせる。
「コロット、その方は?」
「『頑張り』を探してたみたいなので、つれてきました!」
二人の会話がわからず、俺はぽかんと口を開ける。シーザとかコロットとか、日本人じゃないのか? そもそも、ここはどこだ? 何の建物だ?
辺りを見渡していると、四方の壁はすべて木製の棚で埋めつくされていて、その棚には、なにやら小瓶がたくさん並べられていた。……瓶屋?
「……説明もせずつれてきたのかい? コロット、それはいけないよ」
「あっ、すみません、僕ったら」
コロットと呼ばれた少年が困ったように頭を掻いた。シーザがやれやれ、とため息をつくと、ニッコリと俺の方に向き直った。
「私の助手が強引にすみません。私はシーザ、この『頑張り屋』の店主です」
「……頑張り、屋?」
訳が分からず、俺はシーザの言葉をそのまま繰り返す。シーザは柔らかい笑みを浮かべたまま頷いた。
「ここはですねっ、“あと一歩の勇気がでない”……そういう人たちにその『もうひと頑張り』を提供するお店ですっ」
コロットがぴょんぴょん跳ねながら補足した。まぁ補足されたところで意味は分からないけど。
「何だよ、それ。わけわかんね……だいたい、ここには空の小瓶しかないじゃんか」
「あなたにはそう見えるかも知れませんね。でも、これならどうでしょう」
そう言って、シーザは後ろの棚から一つの小瓶を取り出して俺に見せた。
俺はぎょっとする。他の瓶は空に見えるのに、シーザが持ってるその小瓶には、なにやらキラキラした液体が入っているではないか。
「おや、当たりですね。あなたが必要としているのは、『告白するためのもうひと頑張り』」
「……!? な、なんで……」
「瓶の中身は、本当にそれを必要としている人にしか見えないのです」
俺はもう一度店内を見渡す。見えるのは、空の小瓶。
──つまり、ここにある小瓶全部に、いろんな種類の『もうひと頑張り』があるってこと……?
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「……本当に、それであと一歩が踏み出せるのか?」
「ええ、品質は保証しますよ」
「シーザさんはすごいんです!」
俺はさっきのことを思い出す。
彼女の家の前。震える手。押せなかったチャイム。どうしても、出てこなかったもうひと頑張り──。
「……このまま、後悔するのは嫌なんだ」
「そう、ですか」
「……だから、だからその『もうひと頑張り』──俺にください」
俺の言葉に、シーザはニッコリと笑った。
「……かしこまりました」
シーザが持っていた小瓶をコロットに渡すと、コロットがとことこと俺の前にやってきて、両手でそれを差しだした。俺はそれを受け取って、まじまじと眺める。キラキラした液体が、電灯の光と重なった。
「もうひと頑張りが必要なときに、それを一気に飲んでください! みるみるうちに頑張れちゃいます!」
「……あぁ、わかった」
「私たちも、健闘を祈っています」
「頑張ってきてくださいねっ」
俺は二人に見送られながら、店を出た。勇気がでないまま、後悔だけは、したくないんだ──。
* * *
来た道を戻りながら、ぼんやりと瓶を眺めた。これさえあれば、俺は彼女に告白できる。クラス替えをしても、後悔せずにいれる。これさえあれば──。
そこまで考えて、俺はぴたりと足を止めた。……本当に?
俺はじっと瓶を眺めた。キラキラと光る液体が、瓶の中で波打っていた。
* * *
俺は再びその建物を訪れた。相も変わらずニコニコと笑みを浮かべた店主が、カウンターに肘をついたまま俺を迎えた。
「いらっしゃい」
「……これっ、返品可能!?」
俺は持っていた小瓶をカウンターに置いた。少しだけ驚いた顔のシーザが俺を見上げる。
「可能ですが、これはまたどうして」
「思ったんだ。こんなものに頼って告白しても、きっと後悔する」
俺はぎゅっと拳を握った。コロットがおろおろと俺を見上げている。
「あんたたちの仕事を信じてないわけでも、貶したいわけでもない。でも……」
「でも……?」
「この『もうひと頑張り』は、自分でどうにかしなくちゃいけないと思うんだ」
振られるのが怖かった。今の関係を壊すのが怖かった。想うことすら許されなくなるのが怖かった。でも──それを乗り越えても、伝えなきゃいけない。自分だけの力で伝えなければ、意味がないんだ。
シーザは商品が返品されたにも関わらず、笑顔を歪ませることなく俺に言った。
「ならば、行きなさい。今なら、あなたには出来るはずです」
「……はい!」
俺は深く深く頭を下げると、すぐに駆け出した。一瞬見えたカウンターの上の小瓶は、もうただの空の小瓶だった。
* * *
「シーザさぁん、返品されちゃったけどいいんですか?」
おずおずとコロットが尋ねる。シーザは何も気にしてない様子で、『告白するためのもうひと頑張り』の小瓶をもとの場所に戻した。
「結果はどうあれ、うまく伝えられるといいね」
「そうですけど……」
せっかく僕がつれてきたのに、と不満げなコロットを横目に、シーザはまた椅子に腰掛けた。
「いいんだよ、これで」
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