5 / 17
02 背中を押す
03
しおりを挟む
「もちろん、あなたの誠意も覚悟もわかっています。だから、こうしてみたらどうでしょう」
そう言うと、シーザさんはコロットに目配せをした。コロットはどたばたと走り出すと、すぐに小さな箱を抱えて戻ってくる。小瓶が、ちょうどふたつ入る大きさの箱だった。
「特例ですが──あなたには、ふたつの『もうひと頑張り』を預けましょう」
「ふた、つ?」
「ええ」
シーザさんは、わたしに見えないように箱の中にふたつの小瓶を入れる。
「一つは、『友達を説得するためのもうひと頑張り』。もう一つは──『友達の背中を押すためのもうひと頑張り』です」
「……せなかを、おす」
子どもみたいに、シーザさんの言葉を繰り返すわたしに、シーザさんはその箱を手渡した。
「今一度、そのお友達が頑張りたい理由を聞いてみてください。それを聞いた上で、箱を開けてみてください。あなたが本当に必要とする方──そうしたいと願う方の小瓶に、中身が入って見えるはずです」
「……はい」
わたしは、ぺこりと頭を下げて、二人に背を向ける。
「残った小瓶はあとで回収しに行きましょう。では、行ってらっしゃい」
「……行ってきます!」
わたしは、勢いよくお店を飛び出した。行かなきゃ。あいつのところに。
* * *
家にもいなかったから、まさかと思って来てみると、やっぱりあいつはいた。学校のグラウンドで、ボールのそばで突っ立っていた。
「……琢磨!」
「げ、ハル」
琢磨は、しまった、というような顔をして、ボールを隠すようにしてわたしに向き直った。バレバレだっていうの。バカ。わたしの訝しげな視線に気がついたのか、琢磨はポツリと言った。
「……試合出るなってんなら、聞かないからな」
琢磨は、足が痛むのか、少しだけ顔を歪めている。
「俺は、明日の試合に人生かけてんだ」
どうして? そんなに苦しそうな顔をしているのに、どうして前を向けるの? わたしは。あんたに何を言えばいいって言うの?
「……どうしてよ」
「え?」
「……っ、どうして! これ以上無理したら、あんたは一生サッカー出来なくなっちゃうかも……もしかしたら、歩けなくなっちゃうかもしれないのに! どうして頑張ろうとするのよ!?」
涙が、出た。琢磨はその涙に少しぎょっとしたようだったけど、奥歯を噛み締めて少しずつ語り始めた。
「……俺が、作ったんだ」
「……え?」
「田舎の学校だ。うちの学校、もともとサッカー部なかったんだ。それを、俺が作った」
それは、知ってる。見てきたから、ずっと、傍で。
「サッカー興味ないやつも、無理矢理誘って、ギリギリの人数で作った。当たり前だけど、くそ弱かった。それでも、毎日毎日遅くまで練習して、頑張ってきたんだ」
わたしはそれを、ずっと見てきた。真っ暗になるまで、練習していたサッカー部のみんな。毎日泥だらけになって、それでも、気にしない様子で。
「三年間だ。喧嘩もしたし、対立もしたけど、それを乗り越えて、絆を深めて。三年間、俺らは必死で頑張って──ようやくこぎ着けた、初めての準決勝なんだ」
それも知ってるよ。出場が決まったときの、みんなの──あんたの、笑顔。
「なのに、怪我? ふっざけんなよ! 何でなんだよ、こんなときに!」
「琢……」
「みんな、俺のこと本気で信じてくれて……みんなで勝ち取ろうって決めたのに! 俺が怪我で出れなくなったら、人数が足らなくなって負けが決定しちまう……!」
悔しそうに、拳を握りしめる。琢磨のその体は、小さく震えていた。
「全員でやらないと意味ないんだ。三年間、頑張ってきた全員で……」
「だって……あんた、サッカー大好きなんでしょ!? 二度と……二度とサッカー出来なくなるかもしれないのに!」
わたしは琢磨の肩に掴みかかった。琢磨は──真っ直ぐにわたしを見つめ返した。その瞳は、揺らぐことがなく、ただただ真剣で。わたしは、何も言えない──。
「いいんだ」
「どうし、」
「みんなと一緒に、最後の試合をやりきれるなら、それでいい。たとえ足が、動かなくなっても……」
ずっと見てきた。でも、初めて見た、真剣な顔。わたしは、サッカーを本気で頑張っている琢磨の姿が、ずっと──。
だからこそ、いやだよ。足が動かなくなってもなんて、そんなこと。
「言わないで……」
わたしがしなきゃいけない最善は。わたしが、琢磨に出来ることは。わたしは、『頑張り屋』からもらった箱を開けた。言われた通り、二つあるうちの小瓶のひとつに、キラキラと輝く液体が入っていて。わたしはその『頑張り』を、一気に飲み干した。
すっと胸が軽くなって。まよいなんて消えて。
「……琢磨。あのね──」
わたしが、琢磨に出来る最善を。
* * *
そう言うと、シーザさんはコロットに目配せをした。コロットはどたばたと走り出すと、すぐに小さな箱を抱えて戻ってくる。小瓶が、ちょうどふたつ入る大きさの箱だった。
「特例ですが──あなたには、ふたつの『もうひと頑張り』を預けましょう」
「ふた、つ?」
「ええ」
シーザさんは、わたしに見えないように箱の中にふたつの小瓶を入れる。
「一つは、『友達を説得するためのもうひと頑張り』。もう一つは──『友達の背中を押すためのもうひと頑張り』です」
「……せなかを、おす」
子どもみたいに、シーザさんの言葉を繰り返すわたしに、シーザさんはその箱を手渡した。
「今一度、そのお友達が頑張りたい理由を聞いてみてください。それを聞いた上で、箱を開けてみてください。あなたが本当に必要とする方──そうしたいと願う方の小瓶に、中身が入って見えるはずです」
「……はい」
わたしは、ぺこりと頭を下げて、二人に背を向ける。
「残った小瓶はあとで回収しに行きましょう。では、行ってらっしゃい」
「……行ってきます!」
わたしは、勢いよくお店を飛び出した。行かなきゃ。あいつのところに。
* * *
家にもいなかったから、まさかと思って来てみると、やっぱりあいつはいた。学校のグラウンドで、ボールのそばで突っ立っていた。
「……琢磨!」
「げ、ハル」
琢磨は、しまった、というような顔をして、ボールを隠すようにしてわたしに向き直った。バレバレだっていうの。バカ。わたしの訝しげな視線に気がついたのか、琢磨はポツリと言った。
「……試合出るなってんなら、聞かないからな」
琢磨は、足が痛むのか、少しだけ顔を歪めている。
「俺は、明日の試合に人生かけてんだ」
どうして? そんなに苦しそうな顔をしているのに、どうして前を向けるの? わたしは。あんたに何を言えばいいって言うの?
「……どうしてよ」
「え?」
「……っ、どうして! これ以上無理したら、あんたは一生サッカー出来なくなっちゃうかも……もしかしたら、歩けなくなっちゃうかもしれないのに! どうして頑張ろうとするのよ!?」
涙が、出た。琢磨はその涙に少しぎょっとしたようだったけど、奥歯を噛み締めて少しずつ語り始めた。
「……俺が、作ったんだ」
「……え?」
「田舎の学校だ。うちの学校、もともとサッカー部なかったんだ。それを、俺が作った」
それは、知ってる。見てきたから、ずっと、傍で。
「サッカー興味ないやつも、無理矢理誘って、ギリギリの人数で作った。当たり前だけど、くそ弱かった。それでも、毎日毎日遅くまで練習して、頑張ってきたんだ」
わたしはそれを、ずっと見てきた。真っ暗になるまで、練習していたサッカー部のみんな。毎日泥だらけになって、それでも、気にしない様子で。
「三年間だ。喧嘩もしたし、対立もしたけど、それを乗り越えて、絆を深めて。三年間、俺らは必死で頑張って──ようやくこぎ着けた、初めての準決勝なんだ」
それも知ってるよ。出場が決まったときの、みんなの──あんたの、笑顔。
「なのに、怪我? ふっざけんなよ! 何でなんだよ、こんなときに!」
「琢……」
「みんな、俺のこと本気で信じてくれて……みんなで勝ち取ろうって決めたのに! 俺が怪我で出れなくなったら、人数が足らなくなって負けが決定しちまう……!」
悔しそうに、拳を握りしめる。琢磨のその体は、小さく震えていた。
「全員でやらないと意味ないんだ。三年間、頑張ってきた全員で……」
「だって……あんた、サッカー大好きなんでしょ!? 二度と……二度とサッカー出来なくなるかもしれないのに!」
わたしは琢磨の肩に掴みかかった。琢磨は──真っ直ぐにわたしを見つめ返した。その瞳は、揺らぐことがなく、ただただ真剣で。わたしは、何も言えない──。
「いいんだ」
「どうし、」
「みんなと一緒に、最後の試合をやりきれるなら、それでいい。たとえ足が、動かなくなっても……」
ずっと見てきた。でも、初めて見た、真剣な顔。わたしは、サッカーを本気で頑張っている琢磨の姿が、ずっと──。
だからこそ、いやだよ。足が動かなくなってもなんて、そんなこと。
「言わないで……」
わたしがしなきゃいけない最善は。わたしが、琢磨に出来ることは。わたしは、『頑張り屋』からもらった箱を開けた。言われた通り、二つあるうちの小瓶のひとつに、キラキラと輝く液体が入っていて。わたしはその『頑張り』を、一気に飲み干した。
すっと胸が軽くなって。まよいなんて消えて。
「……琢磨。あのね──」
わたしが、琢磨に出来る最善を。
* * *
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる