頑張り屋

天乃 彗

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02 背中を押す

03

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「もちろん、あなたの誠意も覚悟もわかっています。だから、こうしてみたらどうでしょう」

 そう言うと、シーザさんはコロットに目配せをした。コロットはどたばたと走り出すと、すぐに小さな箱を抱えて戻ってくる。小瓶が、ちょうどふたつ入る大きさの箱だった。

「特例ですが──あなたには、ふたつの『もうひと頑張り』を預けましょう」
「ふた、つ?」
「ええ」

 シーザさんは、わたしに見えないように箱の中にふたつの小瓶を入れる。

「一つは、『友達を説得するためのもうひと頑張り』。もう一つは──『友達の背中を押すためのもうひと頑張り』です」
「……せなかを、おす」

 子どもみたいに、シーザさんの言葉を繰り返すわたしに、シーザさんはその箱を手渡した。

「今一度、そのお友達が頑張りたい理由を聞いてみてください。それを聞いた上で、箱を開けてみてください。あなたが本当に必要とする方──そうしたいと願う方の小瓶に、中身が入って見えるはずです」
「……はい」

 わたしは、ぺこりと頭を下げて、二人に背を向ける。

「残った小瓶はあとで回収しに行きましょう。では、行ってらっしゃい」
「……行ってきます!」

 わたしは、勢いよくお店を飛び出した。行かなきゃ。あいつのところに。


 * * *


 家にもいなかったから、まさかと思って来てみると、やっぱりあいつはいた。学校のグラウンドで、ボールのそばで突っ立っていた。

「……琢磨!」
「げ、ハル」

 琢磨は、しまった、というような顔をして、ボールを隠すようにしてわたしに向き直った。バレバレだっていうの。バカ。わたしの訝しげな視線に気がついたのか、琢磨はポツリと言った。

「……試合出るなってんなら、聞かないからな」

 琢磨は、足が痛むのか、少しだけ顔を歪めている。

「俺は、明日の試合に人生かけてんだ」

 どうして? そんなに苦しそうな顔をしているのに、どうして前を向けるの? わたしは。あんたに何を言えばいいって言うの? 

「……どうしてよ」
「え?」
「……っ、どうして! これ以上無理したら、あんたは一生サッカー出来なくなっちゃうかも……もしかしたら、歩けなくなっちゃうかもしれないのに! どうして頑張ろうとするのよ!?」

 涙が、出た。琢磨はその涙に少しぎょっとしたようだったけど、奥歯を噛み締めて少しずつ語り始めた。

「……俺が、作ったんだ」
「……え?」
「田舎の学校だ。うちの学校、もともとサッカー部なかったんだ。それを、俺が作った」

 それは、知ってる。見てきたから、ずっと、傍で。

「サッカー興味ないやつも、無理矢理誘って、ギリギリの人数で作った。当たり前だけど、くそ弱かった。それでも、毎日毎日遅くまで練習して、頑張ってきたんだ」

 わたしはそれを、ずっと見てきた。真っ暗になるまで、練習していたサッカー部のみんな。毎日泥だらけになって、それでも、気にしない様子で。

「三年間だ。喧嘩もしたし、対立もしたけど、それを乗り越えて、絆を深めて。三年間、俺らは必死で頑張って──ようやくこぎ着けた、初めての準決勝なんだ」

 それも知ってるよ。出場が決まったときの、みんなの──あんたの、笑顔。

「なのに、怪我? ふっざけんなよ! 何でなんだよ、こんなときに!」
「琢……」
「みんな、俺のこと本気で信じてくれて……みんなで勝ち取ろうって決めたのに! 俺が怪我で出れなくなったら、人数が足らなくなって負けが決定しちまう……!」

 悔しそうに、拳を握りしめる。琢磨のその体は、小さく震えていた。

「全員でやらないと意味ないんだ。三年間、頑張ってきた全員で……」
「だって……あんた、サッカー大好きなんでしょ!? 二度と……二度とサッカー出来なくなるかもしれないのに!」

 わたしは琢磨の肩に掴みかかった。琢磨は──真っ直ぐにわたしを見つめ返した。その瞳は、揺らぐことがなく、ただただ真剣で。わたしは、何も言えない──。

「いいんだ」
「どうし、」
「みんなと一緒に、最後の試合をやりきれるなら、それでいい。たとえ足が、動かなくなっても……」

 ずっと見てきた。でも、初めて見た、真剣な顔。わたしは、サッカーを本気で頑張っている琢磨の姿が、ずっと──。
 だからこそ、いやだよ。足が動かなくなってもなんて、そんなこと。

「言わないで……」

 わたしがしなきゃいけない最善は。わたしが、琢磨に出来ることは。わたしは、『頑張り屋』からもらった箱を開けた。言われた通り、二つあるうちの小瓶のひとつに、キラキラと輝く液体が入っていて。わたしはその『頑張り』を、一気に飲み干した。
 すっと胸が軽くなって。まよいなんて消えて。

「……琢磨。あのね──」

 わたしが、琢磨に出来る最善を。


 * * *

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