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「申し遅れました。私はシーザ。ここ、『頑張り屋』の店主です」
「『頑張り屋』っ……!? ここは、やっぱり」
「ご存知だったのですか? でしたら、話は早い」
シーザさんは笑顔を浮かべたまま、両手を広げた。
「ここには、どんな『もうひと頑張り』だってありますよ。さぁ──あなたが欲しい『もうひと頑張り』は何でしょう?」
一瞬──眼鏡の奥の翡翠色の瞳が光った……ように見えた。何でも見透かしてしまいそうな瞳に見えた。わたしは意を決して、シーザさんに言った。わたしが、ほしくてほしくてしかたがなかった、もう一頑張り。
「……『頑張らないためのもうひと頑張り』を、くださいっ……!」
シーザさんは、少しだけ驚いた顔をしたけど、すぐに真剣な顔で、「理由をお伺い致しましょう」と言ったのだった。
* * *
「幼なじみが、サッカー部なんです」
わたしは、用意された椅子に腰掛け、『もうひと頑張り』がほしいわけを語り始めた。シーザさんは、肘をつきながらじっとそれを聞いている。やがてコロットが奥から紅茶を煎れてきて、わたしとシーザさんの横に音を立てて置いた(シーザさんはそれを見て眉をしかめた)。
「11人しかいない弱小チームなんですけど……。キャプテンで、サッカーもうまくて……あいつ、チームメイトからもすごく信頼されてて。それであいつ、いつからか弱音を吐かなくなったんです。……その無理が祟ったのか、あいつ、この間の試合で、怪我をしたんです。でも、バカだから、あいつ、それ隠して1日試合出てたんです」
顔色がだんだん悪くなってるのに、試合にでているあいつの顔を、わたしは見ていられなかった。わたしはあのときのことを思い出して、ぎゅっと拳を握った。
「他のチームメイトは気づいてないみたいだったけど、わたしは気づいて……親が医者だから、診てもらったんですけど、やっぱりそのせいで悪化してて、 でも今から通院して少しずつ治していけばまだ大丈夫なのに。なのに、あいつ、明日の準決勝に出ようとしてるんです」
やめてって、言った。今無理をしたら、もしかしたら一生サッカーが出来なくなってしまうかもしれない。もしかしたら、歩くことさえままならなくなるかもしれないのに。なのにあいつは、聞いてくれない。
「お願いします。わたし、あいつが頑張るのを止めたいんです。じゃないとあいつ、ダメになっちゃう……! だから、『頑張らない頑張り』をください!」
わたしは、勢いよく頭を下げた。シーザさんは何も言わず、お盆を持ったまま突っ立っていたコロットがおろおろとシーザさんに言った。
「シーザさぁん……、『頑張らない頑張り』なんてあるんですか?」
シーザさんは、小さくため息をついてから、静かに立ち上がる。
「あるにはあるよ」
そして、背後の棚から一つ小瓶を取り出すと、コトリ、とわたしの目の前に置いた。
「あなたには、これが何に見えますか?」
「……え? からの……小瓶?」
「ええ、そうでしょうね」
シーザさん小瓶を親指と人差し指でつまみながら、ゆらゆらと振った。
「これは、あなたが欲しいと言った『頑張らない頑張り』です」
「……うそ!」
「本当ですよ。私たちが売る『もうひと頑張り』は、それを本当に欲する人にしか見えません。だから、あなたに見えないのは無理もありません」
わたしは、思わず言葉を失った。だって、シーザさんが持っているのは、ただの空の小瓶なんだもの。
「そもそも、私たちが処方するのは当店に来たお客様にのみ。あなた本人以外のお友達のための『頑張り』はお売りできないのですよ」
「……そんな……」
せっかく、ここまで来たのに。わたしはあいつのために、何もできないんだ──。
わたしは下唇を噛んだ。痛かったけど、そうせずにはいられなかった。
「あっ、じゃあシーザさん、『お友だちを説得するもうひと頑張り』をあげたらどうですか?」
横から、コロットが言う。その手があったか、とわたしは勢いよく顔をあげた。
「そうだ! それなら大丈夫ですよね!? わたし、本当に必要としてるもの!」
「……うーん。大丈夫、ですが」
懇願するわたしに対して、シーザさんは渋い顔で唸った。
「私は気が進まないですね」
「な……なんでですか!?」
わたしは思わず立ち上がって、その勢いで椅子が倒れてしまった。
「お客さんが欲しい『頑張り』をくれるのがこのお店じゃないんですか!?」
わたしは食って掛かるも、シーザさんは至極冷静だった。わたしの目をじぃっと見て、真剣な顔で尋ねる。
「あなたは……その彼がそこまで頑張る理由を聞いたのですか?」
「えっ……」
「頑張りたい理由を聞いたのですか?」
翡翠色の瞳に囚われて、なにも言えない。わたしは、あいつの気持ちを、尋ねただろうか。脚を犠牲にしてまで、試合に出たがる理由を。
「人が“頑張りたい”と思うには、それなりの覚悟と誠意が必要になります。それを、無下にするのはいかがなものかと」
「……でも、わたしだって、」
あいつの将来のために、あいつを止めるのを“頑張りたい”。そう思うのに声は出なかった。シーザさんはその意思を読み取ってくれたようで、さっきの真剣な顔をすこし和らげて言った。
「『頑張り屋』っ……!? ここは、やっぱり」
「ご存知だったのですか? でしたら、話は早い」
シーザさんは笑顔を浮かべたまま、両手を広げた。
「ここには、どんな『もうひと頑張り』だってありますよ。さぁ──あなたが欲しい『もうひと頑張り』は何でしょう?」
一瞬──眼鏡の奥の翡翠色の瞳が光った……ように見えた。何でも見透かしてしまいそうな瞳に見えた。わたしは意を決して、シーザさんに言った。わたしが、ほしくてほしくてしかたがなかった、もう一頑張り。
「……『頑張らないためのもうひと頑張り』を、くださいっ……!」
シーザさんは、少しだけ驚いた顔をしたけど、すぐに真剣な顔で、「理由をお伺い致しましょう」と言ったのだった。
* * *
「幼なじみが、サッカー部なんです」
わたしは、用意された椅子に腰掛け、『もうひと頑張り』がほしいわけを語り始めた。シーザさんは、肘をつきながらじっとそれを聞いている。やがてコロットが奥から紅茶を煎れてきて、わたしとシーザさんの横に音を立てて置いた(シーザさんはそれを見て眉をしかめた)。
「11人しかいない弱小チームなんですけど……。キャプテンで、サッカーもうまくて……あいつ、チームメイトからもすごく信頼されてて。それであいつ、いつからか弱音を吐かなくなったんです。……その無理が祟ったのか、あいつ、この間の試合で、怪我をしたんです。でも、バカだから、あいつ、それ隠して1日試合出てたんです」
顔色がだんだん悪くなってるのに、試合にでているあいつの顔を、わたしは見ていられなかった。わたしはあのときのことを思い出して、ぎゅっと拳を握った。
「他のチームメイトは気づいてないみたいだったけど、わたしは気づいて……親が医者だから、診てもらったんですけど、やっぱりそのせいで悪化してて、 でも今から通院して少しずつ治していけばまだ大丈夫なのに。なのに、あいつ、明日の準決勝に出ようとしてるんです」
やめてって、言った。今無理をしたら、もしかしたら一生サッカーが出来なくなってしまうかもしれない。もしかしたら、歩くことさえままならなくなるかもしれないのに。なのにあいつは、聞いてくれない。
「お願いします。わたし、あいつが頑張るのを止めたいんです。じゃないとあいつ、ダメになっちゃう……! だから、『頑張らない頑張り』をください!」
わたしは、勢いよく頭を下げた。シーザさんは何も言わず、お盆を持ったまま突っ立っていたコロットがおろおろとシーザさんに言った。
「シーザさぁん……、『頑張らない頑張り』なんてあるんですか?」
シーザさんは、小さくため息をついてから、静かに立ち上がる。
「あるにはあるよ」
そして、背後の棚から一つ小瓶を取り出すと、コトリ、とわたしの目の前に置いた。
「あなたには、これが何に見えますか?」
「……え? からの……小瓶?」
「ええ、そうでしょうね」
シーザさん小瓶を親指と人差し指でつまみながら、ゆらゆらと振った。
「これは、あなたが欲しいと言った『頑張らない頑張り』です」
「……うそ!」
「本当ですよ。私たちが売る『もうひと頑張り』は、それを本当に欲する人にしか見えません。だから、あなたに見えないのは無理もありません」
わたしは、思わず言葉を失った。だって、シーザさんが持っているのは、ただの空の小瓶なんだもの。
「そもそも、私たちが処方するのは当店に来たお客様にのみ。あなた本人以外のお友達のための『頑張り』はお売りできないのですよ」
「……そんな……」
せっかく、ここまで来たのに。わたしはあいつのために、何もできないんだ──。
わたしは下唇を噛んだ。痛かったけど、そうせずにはいられなかった。
「あっ、じゃあシーザさん、『お友だちを説得するもうひと頑張り』をあげたらどうですか?」
横から、コロットが言う。その手があったか、とわたしは勢いよく顔をあげた。
「そうだ! それなら大丈夫ですよね!? わたし、本当に必要としてるもの!」
「……うーん。大丈夫、ですが」
懇願するわたしに対して、シーザさんは渋い顔で唸った。
「私は気が進まないですね」
「な……なんでですか!?」
わたしは思わず立ち上がって、その勢いで椅子が倒れてしまった。
「お客さんが欲しい『頑張り』をくれるのがこのお店じゃないんですか!?」
わたしは食って掛かるも、シーザさんは至極冷静だった。わたしの目をじぃっと見て、真剣な顔で尋ねる。
「あなたは……その彼がそこまで頑張る理由を聞いたのですか?」
「えっ……」
「頑張りたい理由を聞いたのですか?」
翡翠色の瞳に囚われて、なにも言えない。わたしは、あいつの気持ちを、尋ねただろうか。脚を犠牲にしてまで、試合に出たがる理由を。
「人が“頑張りたい”と思うには、それなりの覚悟と誠意が必要になります。それを、無下にするのはいかがなものかと」
「……でも、わたしだって、」
あいつの将来のために、あいつを止めるのを“頑張りたい”。そう思うのに声は出なかった。シーザさんはその意思を読み取ってくれたようで、さっきの真剣な顔をすこし和らげて言った。
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