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05 好きになる
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コロットくんの淹れたお茶は、とても美味しかった。思わず「美味しい……」と感想を漏らすと、シーザさんは困ったように笑って「その技術ばかり上がってしまって……他はあんまりなのですが」と言った。
お茶を飲んだらなんだか落ち着いて、口がよく回るようになった。
両親のこと。借金のこと。それを肩代わりしてくれるという彼のこと。彼との結婚のこと。結婚に対して後ろ向きな私のこと。
話し終わると、シーザさんは腕を組んだまま考え込んでいた。コロットくんは、何を言っていいのかわからないと言った表情で、私とお茶菓子とシーザさんに視線を泳がせている。
「あなたに必要な『もうひと頑張り』は、相手の方を『好きになる頑張り』でしょうね」
「そんなもの、あるんですか?」
「うちはどんな頑張りだって取り揃えていますから」
シーザさんは誇らしげに笑うと、「でも、」と言葉を付け加えた。
「この場合、相手を特定して『○○さんを好きになる頑張り』としたほうが確実なんです。せっかくだし、今からお作りいたします。相手の方のお名前を伺っても?」
「はい。彼の名は、コンラッド・マクリーン。この辺ではそこそこ名の通った資産家です」
シーザさんはすらすらと紙に彼の名を記入した。
「念のため、あなたの名前も……」
「私ですか? 私は、ヘレナです。ヘレナ・クラウス」
「ヘレナさん……っと。はい、ありがとうございます。すぐに終わると思いますので、そのままお待ちいただけますか?」
「はい」
シーザさんは私の名も書き出すと、ニコリと笑って立ち上がった。棚にある小瓶を幾つか手にとって、奥の部屋に消えていく。取り残された私はどうしようかと目線を下ろすと、いつの間にかコロットくんがお茶を注ぎ直してくれていた。私は他にすることもなく、そろそろとお茶菓子に手を伸ばしたのだった。
* * *
10分も経たないうちに、シーザさんは戻ってきた。その手には小瓶があって、コトリ、と目の前に置かれた。中になにやら透明な液体が入っていて、置かれた衝撃でゆらゆらと小さく波打っている。
「これを、コンラッドさんとのデートの前にでも飲み干してください。そうすれば、自分では分からなくとも効果が出るはずです」
「はい……」
にわかには信じられないけれど、一応受け取っておく。本当は買った糸を入れるはずだったバスケットに、そっと小瓶を忍ばせた。
「今まで、彼と二人で出かけたことは?」
「それが、一度も。両親含めてのお食事は何度かあったのですが。あ、でも、先日お誘いがあって、今度初めて二人だけでお会いします。その時にでも、試してみますね」
「それがいいですね」
ニコリと笑ったシーザさんにつられて微笑んだ。
「じゃあ、私、そろそろ帰ります」
「そうですね。あなたの頑張りを応援しています」
「はい」
私が『頑張』れば、すべてが丸く収まるのだ。これに頼ってでも、『頑張』らなければ。
私はシーザさんに一礼し、コロットくんに手を振ってから、扉を開けた。そこはいつもの見慣れた街並みで、振り返ると、手芸屋の建物の前だった。恐る恐る扉を開けてみると、「まぁヘレナちゃんいらっしゃい!」と奥さんの明るい声がして、さっきのことが全部夢だったのではと思える。でも私のバスケットの中には、しっかりと小瓶があったのだ。
* * *
出かける支度が済んで一息をついた。あとは彼が私を迎えに来るのを待つだけなのだが、机の上に置いてある小瓶を思い出す。『彼を好きになるためのもうひと頑張り』が入った小瓶だ。私は小瓶を持ち上げて、中の液体をたぷたぷ揺らす。……本当に効くのかしら。私には普通の水にしか見えないそれをしばらく眺め、意を決して瓶のコルクを抜いた。中身を一気に飲み干す。……うん、味はしない。
ちょうどいいところで、下の階から私を呼ぶ声がした。彼が着いたんだわ。私は慌てて、空になった小瓶をポケットの中に突っ込んで、荷物を持って下へと降りた。玄関で、両親と彼が談笑している。なんとなく近寄りがたくて、階段の上からその声を盗み聞きする。
「コンラッドさん、今晩はおかえりになるんですか?」
「なんだったら、そちらのお家に一晩置いてもらっても……」
呆れた。何てことを言うのだ。冗談でもそんなことは言うべきではない。いずれ夫婦になるのだから、そんなこと……って言うのかもしれないけど、私は、嫌だ。他の人から(しかも、両親から)そんな下世話な心配をされるのなんて。
しかも、あんな男に。あんな冴えない男、両手放しで喜ぶに決まってるじゃない。
「……夜にはこちらにお送りいたしますよ。大事な娘さんでしょう」
え。予想外の返事だった。実の両親から許可を得ているというのに? 私としては万々歳だけれど、それでいいの?
「あら! 別にいいのに」
「大切にしたいんです。僕の、奥さんになる人だから」
「……!」
据え膳食わぬは男の恥、と言う言葉もあるけど。あの男は、膳を勧められた段階で断った。
ただ、据え膳を食らう勇気がないだけなのかもしれないけど。けど──その言葉に、少し胸が高鳴ったのは、『もうひと頑張り』のせいなの?
「……っ、お、お待たせしました」
「ヘレナ! 待ってたよ」
私の姿を見つけるや否や、ぱあっと表情を明るくさせたコンラッドさん。何回もそんな顔見ているはずなのに、何故だろう。今日は特に、子供みたいで微笑ましいと思った。18も歳上の男の人を、そんな風に思うなんて、可笑しいわ。
「さ、行こうか」
「はい……」
彼に導かれるまま、私は家を出た。その直前に振り返ると、両親が「頑張ってね」と言わんばかりの顔をしていて、溜息が出そうになった。
* * *
お茶を飲んだらなんだか落ち着いて、口がよく回るようになった。
両親のこと。借金のこと。それを肩代わりしてくれるという彼のこと。彼との結婚のこと。結婚に対して後ろ向きな私のこと。
話し終わると、シーザさんは腕を組んだまま考え込んでいた。コロットくんは、何を言っていいのかわからないと言った表情で、私とお茶菓子とシーザさんに視線を泳がせている。
「あなたに必要な『もうひと頑張り』は、相手の方を『好きになる頑張り』でしょうね」
「そんなもの、あるんですか?」
「うちはどんな頑張りだって取り揃えていますから」
シーザさんは誇らしげに笑うと、「でも、」と言葉を付け加えた。
「この場合、相手を特定して『○○さんを好きになる頑張り』としたほうが確実なんです。せっかくだし、今からお作りいたします。相手の方のお名前を伺っても?」
「はい。彼の名は、コンラッド・マクリーン。この辺ではそこそこ名の通った資産家です」
シーザさんはすらすらと紙に彼の名を記入した。
「念のため、あなたの名前も……」
「私ですか? 私は、ヘレナです。ヘレナ・クラウス」
「ヘレナさん……っと。はい、ありがとうございます。すぐに終わると思いますので、そのままお待ちいただけますか?」
「はい」
シーザさんは私の名も書き出すと、ニコリと笑って立ち上がった。棚にある小瓶を幾つか手にとって、奥の部屋に消えていく。取り残された私はどうしようかと目線を下ろすと、いつの間にかコロットくんがお茶を注ぎ直してくれていた。私は他にすることもなく、そろそろとお茶菓子に手を伸ばしたのだった。
* * *
10分も経たないうちに、シーザさんは戻ってきた。その手には小瓶があって、コトリ、と目の前に置かれた。中になにやら透明な液体が入っていて、置かれた衝撃でゆらゆらと小さく波打っている。
「これを、コンラッドさんとのデートの前にでも飲み干してください。そうすれば、自分では分からなくとも効果が出るはずです」
「はい……」
にわかには信じられないけれど、一応受け取っておく。本当は買った糸を入れるはずだったバスケットに、そっと小瓶を忍ばせた。
「今まで、彼と二人で出かけたことは?」
「それが、一度も。両親含めてのお食事は何度かあったのですが。あ、でも、先日お誘いがあって、今度初めて二人だけでお会いします。その時にでも、試してみますね」
「それがいいですね」
ニコリと笑ったシーザさんにつられて微笑んだ。
「じゃあ、私、そろそろ帰ります」
「そうですね。あなたの頑張りを応援しています」
「はい」
私が『頑張』れば、すべてが丸く収まるのだ。これに頼ってでも、『頑張』らなければ。
私はシーザさんに一礼し、コロットくんに手を振ってから、扉を開けた。そこはいつもの見慣れた街並みで、振り返ると、手芸屋の建物の前だった。恐る恐る扉を開けてみると、「まぁヘレナちゃんいらっしゃい!」と奥さんの明るい声がして、さっきのことが全部夢だったのではと思える。でも私のバスケットの中には、しっかりと小瓶があったのだ。
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出かける支度が済んで一息をついた。あとは彼が私を迎えに来るのを待つだけなのだが、机の上に置いてある小瓶を思い出す。『彼を好きになるためのもうひと頑張り』が入った小瓶だ。私は小瓶を持ち上げて、中の液体をたぷたぷ揺らす。……本当に効くのかしら。私には普通の水にしか見えないそれをしばらく眺め、意を決して瓶のコルクを抜いた。中身を一気に飲み干す。……うん、味はしない。
ちょうどいいところで、下の階から私を呼ぶ声がした。彼が着いたんだわ。私は慌てて、空になった小瓶をポケットの中に突っ込んで、荷物を持って下へと降りた。玄関で、両親と彼が談笑している。なんとなく近寄りがたくて、階段の上からその声を盗み聞きする。
「コンラッドさん、今晩はおかえりになるんですか?」
「なんだったら、そちらのお家に一晩置いてもらっても……」
呆れた。何てことを言うのだ。冗談でもそんなことは言うべきではない。いずれ夫婦になるのだから、そんなこと……って言うのかもしれないけど、私は、嫌だ。他の人から(しかも、両親から)そんな下世話な心配をされるのなんて。
しかも、あんな男に。あんな冴えない男、両手放しで喜ぶに決まってるじゃない。
「……夜にはこちらにお送りいたしますよ。大事な娘さんでしょう」
え。予想外の返事だった。実の両親から許可を得ているというのに? 私としては万々歳だけれど、それでいいの?
「あら! 別にいいのに」
「大切にしたいんです。僕の、奥さんになる人だから」
「……!」
据え膳食わぬは男の恥、と言う言葉もあるけど。あの男は、膳を勧められた段階で断った。
ただ、据え膳を食らう勇気がないだけなのかもしれないけど。けど──その言葉に、少し胸が高鳴ったのは、『もうひと頑張り』のせいなの?
「……っ、お、お待たせしました」
「ヘレナ! 待ってたよ」
私の姿を見つけるや否や、ぱあっと表情を明るくさせたコンラッドさん。何回もそんな顔見ているはずなのに、何故だろう。今日は特に、子供みたいで微笑ましいと思った。18も歳上の男の人を、そんな風に思うなんて、可笑しいわ。
「さ、行こうか」
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彼に導かれるまま、私は家を出た。その直前に振り返ると、両親が「頑張ってね」と言わんばかりの顔をしていて、溜息が出そうになった。
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