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05 好きになる
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「ちょっと、その紙、見せてもらってもいいですか?」
「いいけど……。汚い字で、とても見せられるものじゃ」
「大丈夫ですよ」
ニコリと微笑んで手を差し出すと、コンラッドさんはその紙を渡してくれた。それをまじまじと見る。行き先をどこかに絞らないと。一つ一つ、書き込まれた予定を見ていく。こんなにたくさん、読むのも一苦労ね。なんだかおかしくなってしまう。
本当に、女の人に不慣れなんだわ。デートをするなら、適当に話題のスポットにでも連れて行ってくれたらいいのに。私がどうしたら喜ぶかを真剣に考えすぎて、こんなに遠回りをしたのね。
笑みがこぼれると同時に、胸の中が温かくなった。この気持ちは何? 私、コンラッドさんのこと、ただの冴えない男の人だと思っていたのに……?
「……あ」
紙の端の方に小さく書かれた文字に目がついた。それは二重線で消された文字だったけど、なんとか読むことができた。
「……“海に行く”?」
「あっ、それは!」
「楽しそう!」
「え?」
「いいですね! 私、行ったことないんです、海! 行ってみたいです! どうして消してしまったんですか?」
「それは、えっと……」
コンラッドさんはモゴモゴと口ごもっていたけれど、しばらくして訳を教えてくれた。
「そこは、あの、行けたら素敵だと思ったけど、行くには時間もかかるし、他の予定が実行できなくて君が退屈してしまうと思ったから……」
そんな、理由で? 思わずぽかんと開いてしまった口を戻す。私のことを考えてくれているのはわかるけど、そんなんじゃだめだわ。
「コンラッドさん、これから長いお付き合いになるんですから、変に遠慮するのも、憶測で動くのもやめてくださいね」
「……うん」
「私の体は一つしかないんです。散歩も映画も水族館もまた今度にしましょう。一日一つずつ、ゆっくり回ることにして」
「……ああ、わかった!」
「じゃあ、今日の行き先はここに決定ですね」
ニコリと微笑むと、コンラッドさんはパアッと表情を明るくさせた。本当に、表情がコロコロ変わって、面白い人。行き先を決めたところで、頼んでいたものが運ばれてきた。サンドイッチのセットと、ドリンクだ。二つ並んだサンドイッチのセットを見て、ふと思う。
「私たち、食の趣味も、どことなく似ているのかもしれませんね」
「え」
「思っていたより、相性がいいのかも……なんて」
言った後になんだか恥ずかしくなってしまって、冗談めかして笑う。顔を上げると、私より真っ赤な顔をしたコンラッドさんと目があって、何も言えなくなってしまった。そんなに、赤くならなくてもいいじゃない、なんて、変な怒りを覚えたり。
結局この後のランチは、来たサンドイッチをもぐもぐ食べながら、時折「美味しいですね」なんて当たり障りのない会話をした。
* * *
車を走らせてどれほどの時間が経ったのだろう。私たちが海に着く頃には日は傾きかけていて、観光客もまばらになってきているところだった。でも、そんなの気にならないくらい私はわくわくしていた。初めて来た海。傾きかけた日の光が水面にキラキラと反射してとても綺麗だ。
「やっぱり、海に来るには時間が足りなかったかな、ごめんよ、ヘレナ」
「ううん、そんなことないです。私、今とても楽しいですよ」
そわそわと靴を脱いで、裸足になる。足を水に浸けるくらいならしてもいいわよね? せっかく海に来たんだもの。裸足で砂浜をかけていくと、背後から「怪我をしてしまうよ!」と心配そうに声がかかったけれど、私は笑顔でそれに返した。
「冷たい……」
温かくなってきたとはいえ、やっぱり水は少し冷たくて、気持ちがいい。振り返ると、後を追ってきたコンラッドさんが砂浜に腰を下ろして私のことを見ていた。
「コンラッドさんもどうですか? 気持ちがいいですよ」
「いや、僕はいいよ。海ではしゃぐような歳ではないからね……。それに、」
何かを言いかけたコンラッドさんは、少し迷ってから、モゴモゴと話す。
「君が楽しそうなのを見ているだけで、僕は楽しいから」
「!」
彼からそんな台詞が出てくるなんて思っていなかった私は、思わず言葉を失った。顏に熱が集まるのが分かって、とっさにコンラッドさんから顏を背ける。言った本人も少し恥ずかしかったようで、コホン、と咳払いをしてから、立ち上がった。
「何かないか、そこらへんを見てくるよ。君はここにいて」
「はい」
コンラッドさんの背中を横目で見送って、私は目の前の海を眺めた。日が傾いて、茜色に染まっていく空と海。幻想的なその光景に、思わずうっとりとした。来れてよかった、と素直に思う。コンラッドさんが居なければ、こんな素敵な経験はできなかったかもしれない。
冴えなくて、女性慣れしてなくて、18も上のおじさん。でも、私のことを真剣に考えていて、正直で、真面目な人。何故だろう、あんなに嫌だと思っていた彼のことが、今はそんなに嫌じゃない。それってやっぱり、あの小瓶のせいかしら。信じてなかったけど、もしかしたら──。
そんなことを考えていたところで、コンラッドさんが戻ってきた。
「いいけど……。汚い字で、とても見せられるものじゃ」
「大丈夫ですよ」
ニコリと微笑んで手を差し出すと、コンラッドさんはその紙を渡してくれた。それをまじまじと見る。行き先をどこかに絞らないと。一つ一つ、書き込まれた予定を見ていく。こんなにたくさん、読むのも一苦労ね。なんだかおかしくなってしまう。
本当に、女の人に不慣れなんだわ。デートをするなら、適当に話題のスポットにでも連れて行ってくれたらいいのに。私がどうしたら喜ぶかを真剣に考えすぎて、こんなに遠回りをしたのね。
笑みがこぼれると同時に、胸の中が温かくなった。この気持ちは何? 私、コンラッドさんのこと、ただの冴えない男の人だと思っていたのに……?
「……あ」
紙の端の方に小さく書かれた文字に目がついた。それは二重線で消された文字だったけど、なんとか読むことができた。
「……“海に行く”?」
「あっ、それは!」
「楽しそう!」
「え?」
「いいですね! 私、行ったことないんです、海! 行ってみたいです! どうして消してしまったんですか?」
「それは、えっと……」
コンラッドさんはモゴモゴと口ごもっていたけれど、しばらくして訳を教えてくれた。
「そこは、あの、行けたら素敵だと思ったけど、行くには時間もかかるし、他の予定が実行できなくて君が退屈してしまうと思ったから……」
そんな、理由で? 思わずぽかんと開いてしまった口を戻す。私のことを考えてくれているのはわかるけど、そんなんじゃだめだわ。
「コンラッドさん、これから長いお付き合いになるんですから、変に遠慮するのも、憶測で動くのもやめてくださいね」
「……うん」
「私の体は一つしかないんです。散歩も映画も水族館もまた今度にしましょう。一日一つずつ、ゆっくり回ることにして」
「……ああ、わかった!」
「じゃあ、今日の行き先はここに決定ですね」
ニコリと微笑むと、コンラッドさんはパアッと表情を明るくさせた。本当に、表情がコロコロ変わって、面白い人。行き先を決めたところで、頼んでいたものが運ばれてきた。サンドイッチのセットと、ドリンクだ。二つ並んだサンドイッチのセットを見て、ふと思う。
「私たち、食の趣味も、どことなく似ているのかもしれませんね」
「え」
「思っていたより、相性がいいのかも……なんて」
言った後になんだか恥ずかしくなってしまって、冗談めかして笑う。顔を上げると、私より真っ赤な顔をしたコンラッドさんと目があって、何も言えなくなってしまった。そんなに、赤くならなくてもいいじゃない、なんて、変な怒りを覚えたり。
結局この後のランチは、来たサンドイッチをもぐもぐ食べながら、時折「美味しいですね」なんて当たり障りのない会話をした。
* * *
車を走らせてどれほどの時間が経ったのだろう。私たちが海に着く頃には日は傾きかけていて、観光客もまばらになってきているところだった。でも、そんなの気にならないくらい私はわくわくしていた。初めて来た海。傾きかけた日の光が水面にキラキラと反射してとても綺麗だ。
「やっぱり、海に来るには時間が足りなかったかな、ごめんよ、ヘレナ」
「ううん、そんなことないです。私、今とても楽しいですよ」
そわそわと靴を脱いで、裸足になる。足を水に浸けるくらいならしてもいいわよね? せっかく海に来たんだもの。裸足で砂浜をかけていくと、背後から「怪我をしてしまうよ!」と心配そうに声がかかったけれど、私は笑顔でそれに返した。
「冷たい……」
温かくなってきたとはいえ、やっぱり水は少し冷たくて、気持ちがいい。振り返ると、後を追ってきたコンラッドさんが砂浜に腰を下ろして私のことを見ていた。
「コンラッドさんもどうですか? 気持ちがいいですよ」
「いや、僕はいいよ。海ではしゃぐような歳ではないからね……。それに、」
何かを言いかけたコンラッドさんは、少し迷ってから、モゴモゴと話す。
「君が楽しそうなのを見ているだけで、僕は楽しいから」
「!」
彼からそんな台詞が出てくるなんて思っていなかった私は、思わず言葉を失った。顏に熱が集まるのが分かって、とっさにコンラッドさんから顏を背ける。言った本人も少し恥ずかしかったようで、コホン、と咳払いをしてから、立ち上がった。
「何かないか、そこらへんを見てくるよ。君はここにいて」
「はい」
コンラッドさんの背中を横目で見送って、私は目の前の海を眺めた。日が傾いて、茜色に染まっていく空と海。幻想的なその光景に、思わずうっとりとした。来れてよかった、と素直に思う。コンラッドさんが居なければ、こんな素敵な経験はできなかったかもしれない。
冴えなくて、女性慣れしてなくて、18も上のおじさん。でも、私のことを真剣に考えていて、正直で、真面目な人。何故だろう、あんなに嫌だと思っていた彼のことが、今はそんなに嫌じゃない。それってやっぱり、あの小瓶のせいかしら。信じてなかったけど、もしかしたら──。
そんなことを考えていたところで、コンラッドさんが戻ってきた。
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