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05 好きになる
05
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「食べ物や飲み物を売っているお店は、もう店じまいだったよ。ごめんね、喉は渇いてないかい?」
「大丈夫ですよ」
ここへ来てまで、私のことばっかりなのね。なんだか笑えてきてしまう。
「それでね、ヘレナ。店はなかったが、こんなものを見つけたよ」
「なんですか?」
コンラッドさんがハンカチに包んでいた何かを、私に差し出してくれた。覗き込むと、そこには。
「……綺麗」
薄い桃色の、綺麗な貝殻。初めて見た貝だった。自然のもので、こんなに綺麗に色のついたものがあるのか、と感動する。貝殻が綺麗な分、それを包んでいたコンラッドさんのハンカチが砂で汚れてしまっていた。私にこれを見せてくれるためだけに、そんなに汚すなんて、本当に、不思議な人だわ。
「君にあげようと思って」
「本当に? 嬉しい、ありがとうございます」
貝殻を受け取ろうとすると、コンラッドさんが申し訳なさそうに眉を下げた。
「あのね、ヘレナ。本当は、今日はいろんなところを巡って、初デートの記念に君が気に入ったものをプレゼントするつもりだったんだ。君が気に入ったものなら、何だって、いくら積んだって買うつもりで。……でも、計画はめちゃくちゃだし、こんな、子供でもあげられるようなものしかあげられないけれど、言わせてくれ」
コンラッドさんはそのまま、私の前に跪いた。少し緊張した面持ちで、私の顔を見上げる。コンラッドさん、声が震えている。それにつられてか、私の心臓もドクン、と大きく脈打つのがわかった。
「僕と結婚を前提に、付き合ってください」
「──っ!」
親の言うとおりに、なぁなぁに、なしくずしに、この人と結婚するんだと思っていた。もちろん、彼だってそのつもりでいるんだと、政略結婚なんてそんなものだと、そう思っていた。でも、違った。こんなに真っ直ぐ、言葉を、瞳を、向けられるとは思わなくて。
差し出されているのは、指輪でも、花束でもない、ただの桃色の貝殻。だけど、こんなに胸が高鳴って──こんなに嬉しい気持ちになるなんて。こんなものを、私は初めてもらった。
今日1日を彼と過ごして、わかった気がする。私は、きっと彼のことを好きになる。親の期待や、年の差や、結婚までの経緯が気になって、あと一歩が踏み出せないでいただけだ。あの小瓶はまさしく、その一歩を踏み出すために、背中を押してくれたのだ。なら、私の答えは一つだわ。
「……よろしくお願いします」
差し出された貝殻を、そっと受け取る。目をパチクリさせたコンラッドさんが、私のことを呆然と見上げた。夢かどうかを確かめんばかりに、頬をつねってみせる。しばらくして、コンラッドさんはばたりと倒れこんでしまった。
「きゃ! コンラッドさん!?」
「ち、力が抜けた。緊張したんだ。本当だ」
「見て分かります、そんなの」
私がクスクスと笑うと、コンラッドさんは不安げな顔で私に尋ねた。
「……本当に? 後悔しないかい?」
「なら、後悔させないでくださいね」
コンラッドさんは、私の言葉に小さく頷くと、「もちろんさ」と笑った。その言葉だけはやけにはっきり言い放ったから、私はなんだか嬉しくなって──より一層、この人が愛しく思えた。
* * *
あの時突然現れたあのお店は、やはり突然私の前に現れた。彼に貰ったあの貝殻をネックレスにしたくて、その材料を買いに出たその日、入ったはずの工具屋さんがあのお店に早変わりしてしまった。
二回目ともなると、最初ほどは驚かない。けれど、どうしていいのかわからず立ち尽くしていると、奥の方からシーザさんがやってきた。
「ヘレナさん、ようこそいらっしゃいました。以前お渡しした小瓶を回収させていただきたくてお呼びしました」
「ああ、あれなら、ここに……」
捨てるに捨てられず、鞄の奥に潜ませていた小瓶を探る。あっさりと見つかったそれをシーザさんに差し出すと、にこりと優しげな笑みを浮かべた。
「以前よりすっきりとした顔をしていますね。少しはこれが役に立ちましたか?」
「……ええ、とっても」
『彼を好きになる頑張り』は、確かに私に必要だった。これのおかげで、私は彼と向き合うことが出来て、彼のいいところをたくさん見つけられたのだから。
「でもね、『頑張り屋』さん。私ね──」
“これの力がなくっても、きっとあの人のことを好きになれたんだと思うの。これを使うよりかは、とてもゆっくり、少しずつだっただろうけど”
喉元まで出かかった言葉を、途中で止めた。
「──ううん、やっぱり、なんでもない。あなた達が聞いたら怒っちゃうかもしれないから」
あの小瓶は、あくまできっかけで。あれがなくても私は、彼の優しさに、人柄に、ゆっくり惹かれていったと思う。だってあの日から、私の中で、彼の存在はどんどん大きくなっているから。
「おや、一体何を仰るつもりだったんですかね」
シーザさんは少し冗談っぽく笑って返してくれた。この人もこんな風に雑談してくれるのね、となんとなく思った。長居をするのもなんだし、小瓶を返すという役目を終えて、踵を返す。
「じゃあ私、行きますね。あの日彼からもらった貝殻をネックレスにするんです。この度は、本当にありがとうございました。またいつか、お会いできたら嬉しいです」
「ええ。またいつか、あなたがこの店を必要とした時に。それでは、彼とお幸せに」
そういえば、両親以外に祝福されたのは初めてだった。その言葉をありがたく受け取って、私は笑顔でその不思議なお店を後にしたのだった。
* * *
「大丈夫ですよ」
ここへ来てまで、私のことばっかりなのね。なんだか笑えてきてしまう。
「それでね、ヘレナ。店はなかったが、こんなものを見つけたよ」
「なんですか?」
コンラッドさんがハンカチに包んでいた何かを、私に差し出してくれた。覗き込むと、そこには。
「……綺麗」
薄い桃色の、綺麗な貝殻。初めて見た貝だった。自然のもので、こんなに綺麗に色のついたものがあるのか、と感動する。貝殻が綺麗な分、それを包んでいたコンラッドさんのハンカチが砂で汚れてしまっていた。私にこれを見せてくれるためだけに、そんなに汚すなんて、本当に、不思議な人だわ。
「君にあげようと思って」
「本当に? 嬉しい、ありがとうございます」
貝殻を受け取ろうとすると、コンラッドさんが申し訳なさそうに眉を下げた。
「あのね、ヘレナ。本当は、今日はいろんなところを巡って、初デートの記念に君が気に入ったものをプレゼントするつもりだったんだ。君が気に入ったものなら、何だって、いくら積んだって買うつもりで。……でも、計画はめちゃくちゃだし、こんな、子供でもあげられるようなものしかあげられないけれど、言わせてくれ」
コンラッドさんはそのまま、私の前に跪いた。少し緊張した面持ちで、私の顔を見上げる。コンラッドさん、声が震えている。それにつられてか、私の心臓もドクン、と大きく脈打つのがわかった。
「僕と結婚を前提に、付き合ってください」
「──っ!」
親の言うとおりに、なぁなぁに、なしくずしに、この人と結婚するんだと思っていた。もちろん、彼だってそのつもりでいるんだと、政略結婚なんてそんなものだと、そう思っていた。でも、違った。こんなに真っ直ぐ、言葉を、瞳を、向けられるとは思わなくて。
差し出されているのは、指輪でも、花束でもない、ただの桃色の貝殻。だけど、こんなに胸が高鳴って──こんなに嬉しい気持ちになるなんて。こんなものを、私は初めてもらった。
今日1日を彼と過ごして、わかった気がする。私は、きっと彼のことを好きになる。親の期待や、年の差や、結婚までの経緯が気になって、あと一歩が踏み出せないでいただけだ。あの小瓶はまさしく、その一歩を踏み出すために、背中を押してくれたのだ。なら、私の答えは一つだわ。
「……よろしくお願いします」
差し出された貝殻を、そっと受け取る。目をパチクリさせたコンラッドさんが、私のことを呆然と見上げた。夢かどうかを確かめんばかりに、頬をつねってみせる。しばらくして、コンラッドさんはばたりと倒れこんでしまった。
「きゃ! コンラッドさん!?」
「ち、力が抜けた。緊張したんだ。本当だ」
「見て分かります、そんなの」
私がクスクスと笑うと、コンラッドさんは不安げな顔で私に尋ねた。
「……本当に? 後悔しないかい?」
「なら、後悔させないでくださいね」
コンラッドさんは、私の言葉に小さく頷くと、「もちろんさ」と笑った。その言葉だけはやけにはっきり言い放ったから、私はなんだか嬉しくなって──より一層、この人が愛しく思えた。
* * *
あの時突然現れたあのお店は、やはり突然私の前に現れた。彼に貰ったあの貝殻をネックレスにしたくて、その材料を買いに出たその日、入ったはずの工具屋さんがあのお店に早変わりしてしまった。
二回目ともなると、最初ほどは驚かない。けれど、どうしていいのかわからず立ち尽くしていると、奥の方からシーザさんがやってきた。
「ヘレナさん、ようこそいらっしゃいました。以前お渡しした小瓶を回収させていただきたくてお呼びしました」
「ああ、あれなら、ここに……」
捨てるに捨てられず、鞄の奥に潜ませていた小瓶を探る。あっさりと見つかったそれをシーザさんに差し出すと、にこりと優しげな笑みを浮かべた。
「以前よりすっきりとした顔をしていますね。少しはこれが役に立ちましたか?」
「……ええ、とっても」
『彼を好きになる頑張り』は、確かに私に必要だった。これのおかげで、私は彼と向き合うことが出来て、彼のいいところをたくさん見つけられたのだから。
「でもね、『頑張り屋』さん。私ね──」
“これの力がなくっても、きっとあの人のことを好きになれたんだと思うの。これを使うよりかは、とてもゆっくり、少しずつだっただろうけど”
喉元まで出かかった言葉を、途中で止めた。
「──ううん、やっぱり、なんでもない。あなた達が聞いたら怒っちゃうかもしれないから」
あの小瓶は、あくまできっかけで。あれがなくても私は、彼の優しさに、人柄に、ゆっくり惹かれていったと思う。だってあの日から、私の中で、彼の存在はどんどん大きくなっているから。
「おや、一体何を仰るつもりだったんですかね」
シーザさんは少し冗談っぽく笑って返してくれた。この人もこんな風に雑談してくれるのね、となんとなく思った。長居をするのもなんだし、小瓶を返すという役目を終えて、踵を返す。
「じゃあ私、行きますね。あの日彼からもらった貝殻をネックレスにするんです。この度は、本当にありがとうございました。またいつか、お会いできたら嬉しいです」
「ええ。またいつか、あなたがこの店を必要とした時に。それでは、彼とお幸せに」
そういえば、両親以外に祝福されたのは初めてだった。その言葉をありがたく受け取って、私は笑顔でその不思議なお店を後にしたのだった。
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