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プロローグ
01
しおりを挟む少女はただひたすらに走っていた。
振り向きもせず、裸足のまま、ひたすらに走っていた。
すれ違う人々の白い目が突き刺さっても、少女は懸命に走っていた。
ふと、立ち止まる。
──私は、誰だ?
辺りを見回して、大きなショーウィンドウを見つけた。自分の姿を映してみる。
腰まである長い金色の髪に、碧い瞳。前髪を横に流し、右目が隠れている。肌は白く、体の線も細い。手足も細く長い。美少女と言っても過言ではない顔つきである。しかし、今の彼女はとても美少女とは言えなかった。下着のような白いキャミソールワンピースは、泥だらけで酷く汚れていた。
──この薄汚い少女は、私?
何も思い出せない。歳も、名前も、何故こんな格好でいるのかも、何故あんなに走っていたのかも。
街ゆく人々は、少女を見てみぬふりをする。当たり前かもしれない。見た目は明らかにストリートチルドレンで、そんな人間に声をかけようと思う方がおかしい。
孤独。どうしようもない孤独が彼女を襲った。
誰も助けてくれない。何も思い出せない。
誰か。誰か助けて。
そんなとき──どうすることもできずに立ち尽くしていた彼女に、後ろから声がかけられた。
「おやおや、どうしたんだい?」
今まで誰からも相手にされなかったために、突然のことに驚いた彼女は、勢い良く振り向いた。
そこには、穏やかな笑みを浮かべた老紳士が立っていた。右手をシルクハットにかけ、左手で杖をついている。
「迷子かね? 君、名前は?」
老紳士は優しく尋ねる。彼は笑顔を崩さない。とても安心できる笑顔だった。
「……サラ」
少女は自然と口から出た言葉に、自分で驚いた。そうか。私は、サラというのか。
老紳士はニコニコと笑っている。彼はピクリとも動かない。素敵な笑顔は貼りついたまま。
「ほう……そうかい。それは、いい名前だねぇ」
老紳士は、その言葉を最後に、何も言わなくなった。ポーズも笑顔もさっきと変わらない。彼は、ニコニコと笑いながらただそこに立っていた。
少女──サラは、その老紳士にそっと触れてみた。とても冷たくて、固い。
軽く叩いてみると、カン、という音がして、思わず手を引いた。中が空洞の、ブリキの音だった。
「……おじいさん?」
老紳士は答えない。彼に触ってみても、ブリキの音がむなしく響くだけ。
──人、形……?
自分が会話をしていたのは、人ではなく。ブリキでできた、人形だったのだ。
何故、突然人形の声が聞けるようになったのかはわからない。ただし、わかったことは──
「やだ……あの子汚い」
「乞食かしら。気味が悪いわ」
「きゃっ……こっち見てるわよ、行きましょ」
サラは、服の裾をぎゅっとつかんだ。
わかったことは、自分はこれから、1人で生きていかなければならないということ。
記憶をなくした、1人の少女。
自分の名前と、不思議な能力だけを持って、サラは歩き出した──。
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