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第8話 シュガーズ
しおりを挟むシュガーズ傭兵団に入団してから1年間たった。
バルキス王国での召喚からシュガーズ傭兵団への入団までの半年を加えると、イロハは異世界転移から実に1年半も経過した。
イロハの歳は19歳になった。
クラスメイトの活躍を噂には聞くが、イロハ自身、傭兵団での修行に必死で全くクラスメイトの動きを知らない。一年間シュガーズ傭兵団で潜んでいたため、クラスメイト達はイロハを死んだと思っているだろう。
現在、ククルトとの出会いの国バルキス王国にあった拠点から活動拠点を移し、エージェン国というバルキス王国の隣にあるシュガーズ傭兵団本部にイロハたちはいた。
「ちょ、先生っ。これ、危な!」
自分の倍ほどある巨大な魔物の攻撃を無様な格好で逃げ惑うイロハ。
シュガーズに飼われている魔物は、ククルトの指示通りに動き、死なない程度にイロハに襲いかかっていた。
「イロハ。戦闘に一番大事なものはなんだか知っているか?」
通常ならばそんなことを悠長に答える場面ではないが、イロハの場合は余裕を無理やり作る事も可能だった。
全身に浸透していく痛みに耳を貸さなければイロハに隙などあってないようなものだ。
「知りませんよ! あっ……………………くそ! また胴体持ってかれた!」
貼り巡された意識が僅かに乱れ、下半身を切断される。が、再び肉体は結合し断面は再生し地面に着地する。
しかし、痛い。
「答えはな、慣れだ。どんなにピンチでも一回経験したものならある程度の予測と回避が出来るようになる。どんな剣筋でも慣れれば対処できるだろ? 体術や魔術でもほぼ全てに当てはまるのが「慣れ」なんだ。つまり経験だな」
「経験ですか」
言われてみれば先ほどから魔物は拳の攻撃しかしてこない。
多少様子を伺うと、攻撃のパターンは拳を地面に叩きつけるか、叩きつけてからのなぎ払いぐらいだ。
分かれば対処は出来る。
体を回避に徹すると、ほとんど攻撃は食らわなくなった。
ククルトは急激に良くなったイロハの動きに感心した。思考を実際に行使出来るのはそれなりに難しいのに、イロハは意図もたやすくやってのけた。
感心と共にイロハに一つの武器を投げ入れる。鋼の輝きは空中に弧を描きイロハの近くの地面に突き刺さった。
「剣だ。拾え」
ククルトにとって危惧しているのがイロハの決心力。
出会った当初、イロハが後悔したのは、とっさの人殺し。
考え抜いて最善を尽くしてからの殺しぐらいは、即決で決めて欲しいのがククルトの本心だ。
「よしっ」
イロハは剣を抜き、構えた。
目の前にいるのはただの大きな獣。能面の機械のバケモノなんかよりよっぽど簡単に倒せるビジョンを描ける。
見飽きた単純な攻撃を避け、足めがけて思いっきり剣を切りつける。血が出てくるがそれは生物なので普通。こんなことでびびってられない。
続けて体の回転を生かし反対側の足も切る。魔物は膝を崩し、両手で体を受けようと手を前に出した。いまだ懐に入っていたイロハはそのまま空いている喉に真っ直ぐ剣を突き立てた。
「う……重いっな!」
魔物の体重を膝立ちで受け止める。魔物は虫の息だがまだ生きている。
「イロハ。やるなら徹底……」
「くたばれ!」
ククルトが言う前にイロハは魔物に突き刺さる剣を力一杯、横に動かした。魔物の全身から力が抜け、何百キロもある肉体がイロハに覆い被さる。
「うおっ。重い。先生助けて」
魔物の死骸をどかしてやりククルトは「上出来」と笑顔で言った。
自分なりに必死でやって、それを褒められるのはこそばゆく嬉しかった。イロハは照れを隠すように話題を変えた。
「先生さっき徹底的に、とか言いかけていましたけど、それ先生もですからね。僕じゃなきゃあれで終わりでしたから」
「あー。それは実は反省してる。思ってたよりあいつ強い魔物だったわ。多分イロハの想像の五倍は反省してるから。いやー、不死。本気でやばいな。改めて思うところがあった」
「でも良かったです。なんとなくコツのようなものが分かってきました」
「ああ、中々筋があるぞ。誰かに教えて貰ったことでもあるのか?」
脳裏に唯一王城で稽古をつけてくれた騎士団長の事が浮かび。専属メイドのことまで思い出して少し懐かしくなる。
「まあ。ありますね」
あまり考えないようにしているが、それでも気にはなる。
専属メイドのロイズは心配しているだろうか。騎士団長のガロさんは急にいなくなった事に怒っているだろうか。
二人だけではあるが、イロハを思ってくれている人は確かにいて、教会や国に拉致されたと言っても、彼らの前から黙って姿を消したのもまた事実だった。きっと会えると思っているが、「会う」だけだ。本当の意味での再会はないだろう。
「そうか……」
影のあるイロハの表情に触れてはいけない何かを感じたククルトは静かに肯定した。
▼ ▼ ▼
喧噪が響き、料理と酒のにおいが一面を色づけている。
無造作に置かれたテーブルと椅子に座るのは、画一性を形にしたような集団から騎士風貌の男など様々だった。
ククルトに連れて行かれた食堂でイロハは食事を取りながら、ククルトからシュガーズ傭兵団の基本的な活動を聞いた。
「まず大事なのは、生きること。だがイロハの場合はちと特殊だな。傷ついても瞬間再生。明らかに死んでも蘇生。それこそ全身が消滅でもしないと無敵だな」
「そうは言われても痛いものは痛いんですよ」
「まあ、死ぬのは誰だって怖いし、痛いのも嫌だろう。傷つくのに慣れろなんて俺は言わない。傷つくことになれてしまったらそれはバケモノだよ。いいか、それは普通で、傷つくことに慣れるな」
ククルトは脅すように剣を机の上に置く。
乱雑に置かれた剣は鞘に収められていてもその迫力は大きかった。
「まあいいんだ。取りあえず目先にしがみつけ。そのためにも細かいことを伝えるから聞いとけ」
話をまとめると大まかに
シュガーズは傭兵団。それを常に頭に入れとくこと。勝手な正義は抱いてもいいが大声で唱えるな。
と、言うことだった。多くの真意は分からないがこの一年間で幾度も言わ続けたことだ、覚えておくことにした。
「そうだな……まあ、あとはルールとかかな。まず、今この場所はエージェン国の本部だ。各地に拠点を構えてはいるがな」
「出会ったときは隣国のバルキス王国でした
ね」
「イロハと出会ったのはバルキス国の青空市場だったな。懐かしいよ」
良くも悪くも、人生はあの時大きく変わった。
「エージェン国のこの本部が確かに重要な場所に変わりは無いんだが、人はそんなに常駐していない。だいたいの奴らは自分の家を持つか適当に旅でもしているな。シュガーズ傭兵団の基本的な仕事は上から伝達される。だいたい3ヶ月に一、二回くらいだ」
「ええ」
傭兵団は戦争や紛争がない限り暇が中心である。暇な時は大抵各々のやり方で訓練や仕事をしていた。
「他に定期的に会議があるが、イロハには関係ないと思う。空いた時間は好きにしてくれてかまわないし、だいたいの連中も好き勝手やっている。現時点のメンバーは……まあそこそこだ。だが、それはあくまで正規のメンバーの数でそれぞれの派生された部下などがあるから組織の規模は少し大きい」
シュガーズの基本的な事は伝えるが、メンバーの人数など新参者のイロハには伝わることが全くと言っていいほどない。
やや歯がゆさを覚えるが、まあ致しかねない。つまり、存在価値を証明すればいい。
「上位になるにはどうすればいいんですか?」
「お、いいね! そういう欲は出した方がいい。イロハは今、いても立ってもいられないだろ? 向上心が芽生えるそういう時期は必要だ。で、上位になるにはだっけ。ん~なんというかあれの基準は俺も詳細はわからねえ」
「でも先生は幹部で、なんか悲炎のククルトとか呼ばれていましたよね?」
「……いろいろあるんだ。それを伝えるにはまだ早いな」
ククルトは言い切った。それは硬い意思でこれ以上は無理だと悟る。気づけば食堂にはイロハとククルトの二人しかいなくなり窓の外も暗闇が覆っていた。
「イロハ。明日は仮登録させておいた冒険者活動再開させるぞ。実践の経験をつもう」
ククルトは野暮用がある、とその場から去っていった。
一人取り残されたイロハは指定された部屋に入り、味気ない夜を質素なベットの上で過ごした。
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