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第16話 冒険者として

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「イロハ。お前を俺の育成枠から外して、独立させる」

 それは寝耳に水だった。

 先日、副ギルド長の事件があり、その後、副ギルド長はどこかの貴族にお抱えされ辞任した。
 その相談で拠点に顔を出したとたんに「独立」と告げられる。

「……なんでですか?」

「上に言われたんだけど、俺も丁度いいなって思って」

「先生幹部ですよね?シュガーズ傭兵団の」

「ん?おう」

「じゃあ自由な傭兵団らしく我儘言ってくださいよ」

 正直まだまだ先生に実力ではかなわない。

 たかが高校生が一年間でそれなりに戦える傭兵になった程度だが、「それなり」までが難しかった。
 これから本格的に強みを生かした自己流を磨いて鍛えていこうというところだ。今先生の助力が得られないのは惜しい。

「う~ん。イロハの「不死」でどんな戦闘スタイルにできるか、俺も興味はあるし完全に放り投げるわけでもないんだが、ようはタイミングが良いんだ」

「それは聞きましたよ。なんでいまなのか知りたいんです。もう少し面倒見てくださいよ」

「嬉しいねえ。でも無理だ。ほらイロハ冒険者本腰いれるって言ってただろ?傭兵団も冒険者もするやつ珍しくないんだよ。この機会に色々見聞を広げてほしいてのが建前」

「本音は?」

「そう楯突くなって。別に全く面倒見ないわけじゃない。シュガーズ傭兵団に誘った手前もあるし、そもそもイロハはいままで俺の「育成枠」だったんだよ。」

「育成枠……?」

「そ、幹部が次世代幹部育成の目的をもって取る幹部一人当たり一枠ある「育成枠」だ。例外として幹部育成下に入るのがメリットだが、「序列」が停止されるんだよ」

 そういえばシュガーズに入団する際に序列の話を少しした記憶がある。序列を上げることで様々な優遇があるとかなんとか。


「育成枠を外れた時点でのイロハの序列は849位。全850位の中で849位だ。本部で序列を管理している専用部署があって、季節ごとくらいかな? 順位の入れ替えがあればそこから通達がある」

「えっと、、つまり序列を上げるために育成枠を……幹部育成枠から外すってことですね」

「いやそうなんだけど。何も悪いことでもないんだよ。育成枠をガチガチに使っているやつもいるけど、ぶっちゃけ育成枠は集中強化の意味合いが強くてな、育成枠外からでも幹部になれる。あと普通に都合合えば訓練見てやるよ」

「う~んなるほど。まあ良いです。序列上げるメリットって何がありますか?」

「そうだな、まず顔が知れることだな。これでも「シュガーズ傭兵団」は少し有名でな、俺も組織のNo3としてそれなりに貴族やギルドにも顔が利く」

 顔が知れることによるメリットはイロハにはない。国家や宗教、クラスメイトさえ敵だ。「あえて生存をばらして誘う」という手段も取れなくもないが、まだその時ではない。

「なしです。いままで周囲の人にシュガーズ傭兵団の所属であることを話したことありませんし、今後も話す気はありません。」

「……イロハはそうだな。そのほうがいいか。ほかだと専属鍛冶師や商人から優遇を得られたり……あーうん。確かに「顔がきく」ってのが最大のメリットだ。良くも悪くもシュガーズは有名だしな」

「先生の序列は3位でしたっけ?」
「そうだ。二桁に入ると貴族にも顔が効くようになる」

 イロハは、ククルトをシュガーズの中で最も信用している。出会いこそ胡散臭いものだったが、一年間ほぼつきっきりで鍛えさせてくれた恩がある。
 お互いの身の上話もするほど仲は深まったし、転生者であること、不死であること、「バルキス国」と「グローリー・グループ」に復讐を考えていることを知っている唯一の存在だ。


 そんなククルトは訳が分からないほどに強い。
何度も剣を合わせ、拳を合わせ、対話を続けるうちに理解した。

一年間命の保持に賢明に付き合ってくれたのだ、それなりにも信頼が生まれた。

 彼の弱さ昔、恋人を亡くしてしまいその伝手からシュガーズ傭兵団に所属していることは知っているが、詳しい交友関係や実力などは未だ分からない。その上で信頼している。


「先生。冒険者クランって分かりますか?」

 冒険者クラン。
 一流である冒険者はB級からというのは周知の事実であり、さらにその上の最強に名を連ねる一流の「個」たるA級になると開放される一流の「集団」を作るための制度である。

「……なるほど。あまりシュガーズ内で交流しなくて心配していたが、冒険者側に軸を置こうとしていたのか。全くロキが悲しみよ。サーシャもあれから会いに来てくれないって嘆いてたしな」

 ロキはひょんなことから交流を始めた数少ないシュガーズ内の友人だ。サーシャは出会った時以来会っていない。


「そのロキから聞いたんですけど、あいつ、冒険者クランに入っていますよね? シュガーズが傭兵団として優秀なのは分かりますが、比較的自由に動ける冒険者クランに魅力を感じまして」

復讐もしやすいというが正直なところだが、クラン設立自体前々から考えていたことだ。

「ロキがイロハを好いているのは間違いないよ。それにしても冒険者ではなく、冒険者クランが目的ね。……そのほうが動きやすいのは間違いないか」

「ええ。それに俺もロキは好きですよ。それで。冒険者クランを設立して賛同者を増やします。国家転覆や宗教解体を目指しているわけでは無いですが、溜飲が下がるまで復讐は辞めません」

 冒険者クランのメリットは「集団」の形成にある。商人も鍛冶師も冒険者も、あらゆる産業にまたいで集団を形成するのは都合が良い。地球でのビジネスの強さを知っている身からすると商会設立にも興味を惹かれるが、金の前に武力だ。


 冒険者クラン設立には条件がある。
 ①設立者がA級冒険者以上であること。
 ②所属クランが一つであること。
 ③貴族の後援を得ること。

 ①と②はなんとかなる。しかし問題は③。冒険者クラン設立に貴族の後援を得なければならなかった。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵と順に下がっていく貴族位だが、そのいずれかでも良く、もっとも多いのが騎士の後援だ。

 とは言うものの、後援とは形ばかりで「公認」的要素が大きい。

 昔は戦争や紛争があった際に出動できるサブ戦力として重宝されていたが、近年は貴族お抱えの自衛軍の高度化によりそこまで重視されておらず、制度だけ伝統的に根強く残っている。

「分かっていると思うが後援の貴族選びは重要だからな。俺やロキにも十分相談してくれ。おすすめは無関心でビジネステイクな取引をする騎士爵だ」

「ええ、実は目指す仲間も一人決めまして、これから努力します。シュガーズ傭兵団の任務も定期的に行いますのでなにかあればまた顔だします」

「ああ、達者でな」

「はい。心配しないでください。しっかり旅立ってやります」

 やけにあっさりとククルトと別れた。「育成枠」を外れても面倒を見るという言質はとった、まだまだシュガーズに勧誘した責任はとってもらうつもりだ。

 これからは、F級冒険者イロハであり、シュガーズ傭兵団序列849位イロハだ。


 ▼ ▼ ▼


「サラ。おまたせ」

 透き通るような真っ青。白がやけに輝いてみえる少女はほほえみながら振り返る。

「イロハ。待った、よ」

「すみません。師匠にお別れを告げてきたもので長くなってしまいました」

「?なぜ」

「ああ、別れと言っても一時的なものです。これからはサラと冒険者としてクラン設立を目指すもので、シュガーズ傭兵団から距離を置くことにしました」

「ふーん。でも最近シュガーズ傭兵団活発だから任務の招集とか多いかもしれない、ね」

「まあ、「青空市場の乱」も一年前にありましたしね。シュガーズに入団してからずっと見習いだったのでそこまで体感はありませんでしたが」

 真っ赤な市場で、男の首を締めている真っ赤な髪のククルトに出会った一年前のあの出来事こそ「青空市場の乱」であり、シュガーズ入団の最大のきっかけ。

 長かったようにも感じるし、一瞬だったようにも感じる。


「……負けねえ」

 今日から俺は仕切り直す、「冒険者」として。

「サラ。俺はたとえ、冒険者クランに、シュガーズ傭兵団に、前世に、バルキス国に、「グローリー・グループ」に囚われてもサラ以外のすべての因縁を断ち切ってサラを救う。君の所有を掴んで離さない」

「急に改まってどうした、の。本当しがらみだらけだね。イロハ、は」

「必死に走っていて、気づいたらこうなっていた。それでも俺は俺の好きな人のために剣を振るうことを誓う。自分の命ために剣を振るってきたけど、無限に再生する命より大切な有限を守りたいんだ」

「言ってること無茶苦茶だ、よ。復讐と守護と所有は、相反して、る」

世界が無茶苦茶なんだ、道理なんてどうでもいい。

「いいから。ついてきてほしいんだ。サラに救われた俺は、どうしようもなく生き汚いエゴイストなんだ。だから死ぬまでサラを所有……幸せに生きながらさせる」

 イロハを取り巻く背景はすべて更に話してある。
 サラもイロハに過去と願望を伝えた。

 その上で最低な告白を告げる。

「俺の復讐に付き合ってください。サラ」

「いい、よ」

 サラはイロハの手を取り、クスッと微笑を浮かべる。
 サラの最低な「自傷」は自己愛で、求める「所有」は求愛に過ぎなかった。

「あと、最後の良かった。全部タメで話し、て」

「分かった」


 ―――サラと共に冒険者として活動開始。
 目指すはAランク冒険者。そしてクラン設立。





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お読み頂きありがとうございます。
本当に嬉しいです。

ここまでで 【一章】「死に触れて始まる」完結です。

次回、 【二章】「冒険者として」を連載します。
主軸を冒険者に移して物語を進めていきます。

これからも引き続き「悪役冒険者」をよろしくお願いいたしますm(_ _)m
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