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一章 婚約破棄~王国の滅亡
8 イザベラの手紙
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リディとトマス、そしてトマスと共に逃げてきたもう一人の使用人(恐らくはメイドだろう)が、固唾を飲んで私を見つめていた。私は古竜の魔力と、冷たい氷の洞窟の中で、イザベラの手紙を開いた。
その筆跡は、幼い頃から見慣れた、控えめで丸い、イザベラのものだった。
シンシアへ
この手紙があなたの手に届く頃、私はもうこの世にいないかもしれません。
婚約破棄から追放に至るまで、あなたの受けた屈辱は、全て私のせいです。私が、アルフレッド殿下の愚かな言葉に反論できなかったからです。
殿下は、あなたの強さを理解できませんでした。いいえ、理解することを恐れたのです。そして、私はその恐れにつけこみ、あなたを陥れました。
私は知っていました。あなたがどれほど強く、どれほど王国の安寧を願っていたか。あなたが私に剣を教えてくれた日々、私はあなたの勇気にずっと憧れていました。
でも、私にはあなたのようにはなれない。私は弱く、殿下のそばにいることでしか、自分を保てませんでした。殿下が望んだ「可愛げ」とは、私の卑屈な弱さそのものだったのです。
シンシア、私があなたに伝えたかったことは一つです。
あなたの強さは、罪ではない。
そして、殿下は最期まで、あなたの剣を、あなたの心を理解しませんでした。彼は国が滅びる瞬間まで、自分が弱すぎることを、あなたのせいだと嘆いていた。
私は、殿下の最後の意地のために、人質として広場に立たされます。私の命が、あなたを王都へ引き戻すための餌になるでしょう。
私の命を、どうか、無視してください。
あなたは、殿下や私のような愚かな人々のために剣を振るう必要はありません。あなたは、自由になるべきです。
そして、もし……もしあなたがどこかで、自分のために、本当に守りたいものを見つけたなら、その真っ直ぐな剣を、迷わず振るってください。
卑怯で愚かな幼馴染より イザベラ
手紙を読み終えた瞬間、私の全身を流れる血が、一瞬で凍り付いたような気がした。
私は、彼女が卑屈な弱さで私を陥れたと思っていた。私が追放されたのは、私の強さを妬んだ彼女が、アルフレッド殿下を唆したせいだと。
しかし、この手紙は、私の予想した「悪女」の書いたものではなかった。そこにあったのは、後悔と、そして私に対する純粋な「憧れ」だった。
(卑屈な弱さ……? その弱さで、私を裏切った。その弱さで、アルフレッドを守った……?)
そして、彼女は私に「私の命を無視して、自由になれ」と言った。
私を追放した当事者が、私の人生を呪うどころか、私の自由を肯定したのだ。
私は静かに手紙を折りたたむと、それを懐にしまい込んだ。
「トマス」
私の声は、ひどく掠れていた。
「イザベラは、殿下を庇い、死んだのですね」
トマスは涙を流しながら頷いた。
「はい……死霊の群れが迫る中、殿下は最後までシンシア様の帰還を待っておられました。イザベラ様は、絶望した殿下を突き飛ばし、自ら身代わりになられたのです……」
アルフレッド王子は最後まで、私の剣が来ることを期待し、イザベラを道具として扱った。そして、その道具と見なされた女は、最期の瞬間に、彼の命を守るために自らの命を投げ出した。
愚かな愛と、愚かな死。
私には、彼らの行動が全く理解できなかった。
「シンさん、その……」
リディが心配そうに声をかけてくる。彼女は神聖魔法の使い手だ。私の心の中の激しい動揺を感じ取っているに違いない。
私は深呼吸をした。感情に流されることは、剣士として最も恥ずべきことだ。
「トマス。私の返答は変わりません。王都には戻らない」
「シンシア様! しかし、残された王族はもう……!」
「私が王族の命より、古竜の牙を選んだ時点で、もう決着はついています。彼らが、私の剣よりも『可愛げ』を選んだ報いです」
私はそう言い放ったが、心は揺れていた。
アルフレッド殿下への軽蔑は変わらない。だが、イザベラの最期の行動と、私の自由を願う言葉は、私の冷たい心に、小さな火種を落とした。
(あの愚かな王子の愛のために、死んだ……私には理解できない。でも、私を否定した人間が、私の強さを肯定して死んだ……)
リディがそっと私の肩に手を置いた。
「シンさん。私たちは、古竜を倒しました。そして、あなたは故国からの切実なSOSを受け取った。その上で、あなたがどちらに進むのか……それは、あなたの自由です」
彼女の瞳は、私の心を責めることなく、ただ選択を尊重すると言っていた。
「わかっています。リディ」
私は立ち上がると、トマスに向き直った。
「トマス。あなた方は、王都にはもう戻ってはいけない。この街で身を隠しなさい。報酬は、私の剣が稼ぎます」
私は彼らに、古竜の牙の依頼報酬の一部を、前渡しで渡すことを約束した。これは、公爵家の使用人として働いてくれたことへの、私なりの報いだった。
そして、私はリディと二人、リーフェルへの帰路についた。
古竜討伐は完了した。私の胸には、イザベラの手紙が重くのしかかっている。
故国は滅びる。それはもう止められない流れだ。
だが、私の心の中には、新たな問いが生まれていた。
――私は、誰のために、この「真っ直ぐな剣」を振るうのか?
その筆跡は、幼い頃から見慣れた、控えめで丸い、イザベラのものだった。
シンシアへ
この手紙があなたの手に届く頃、私はもうこの世にいないかもしれません。
婚約破棄から追放に至るまで、あなたの受けた屈辱は、全て私のせいです。私が、アルフレッド殿下の愚かな言葉に反論できなかったからです。
殿下は、あなたの強さを理解できませんでした。いいえ、理解することを恐れたのです。そして、私はその恐れにつけこみ、あなたを陥れました。
私は知っていました。あなたがどれほど強く、どれほど王国の安寧を願っていたか。あなたが私に剣を教えてくれた日々、私はあなたの勇気にずっと憧れていました。
でも、私にはあなたのようにはなれない。私は弱く、殿下のそばにいることでしか、自分を保てませんでした。殿下が望んだ「可愛げ」とは、私の卑屈な弱さそのものだったのです。
シンシア、私があなたに伝えたかったことは一つです。
あなたの強さは、罪ではない。
そして、殿下は最期まで、あなたの剣を、あなたの心を理解しませんでした。彼は国が滅びる瞬間まで、自分が弱すぎることを、あなたのせいだと嘆いていた。
私は、殿下の最後の意地のために、人質として広場に立たされます。私の命が、あなたを王都へ引き戻すための餌になるでしょう。
私の命を、どうか、無視してください。
あなたは、殿下や私のような愚かな人々のために剣を振るう必要はありません。あなたは、自由になるべきです。
そして、もし……もしあなたがどこかで、自分のために、本当に守りたいものを見つけたなら、その真っ直ぐな剣を、迷わず振るってください。
卑怯で愚かな幼馴染より イザベラ
手紙を読み終えた瞬間、私の全身を流れる血が、一瞬で凍り付いたような気がした。
私は、彼女が卑屈な弱さで私を陥れたと思っていた。私が追放されたのは、私の強さを妬んだ彼女が、アルフレッド殿下を唆したせいだと。
しかし、この手紙は、私の予想した「悪女」の書いたものではなかった。そこにあったのは、後悔と、そして私に対する純粋な「憧れ」だった。
(卑屈な弱さ……? その弱さで、私を裏切った。その弱さで、アルフレッドを守った……?)
そして、彼女は私に「私の命を無視して、自由になれ」と言った。
私を追放した当事者が、私の人生を呪うどころか、私の自由を肯定したのだ。
私は静かに手紙を折りたたむと、それを懐にしまい込んだ。
「トマス」
私の声は、ひどく掠れていた。
「イザベラは、殿下を庇い、死んだのですね」
トマスは涙を流しながら頷いた。
「はい……死霊の群れが迫る中、殿下は最後までシンシア様の帰還を待っておられました。イザベラ様は、絶望した殿下を突き飛ばし、自ら身代わりになられたのです……」
アルフレッド王子は最後まで、私の剣が来ることを期待し、イザベラを道具として扱った。そして、その道具と見なされた女は、最期の瞬間に、彼の命を守るために自らの命を投げ出した。
愚かな愛と、愚かな死。
私には、彼らの行動が全く理解できなかった。
「シンさん、その……」
リディが心配そうに声をかけてくる。彼女は神聖魔法の使い手だ。私の心の中の激しい動揺を感じ取っているに違いない。
私は深呼吸をした。感情に流されることは、剣士として最も恥ずべきことだ。
「トマス。私の返答は変わりません。王都には戻らない」
「シンシア様! しかし、残された王族はもう……!」
「私が王族の命より、古竜の牙を選んだ時点で、もう決着はついています。彼らが、私の剣よりも『可愛げ』を選んだ報いです」
私はそう言い放ったが、心は揺れていた。
アルフレッド殿下への軽蔑は変わらない。だが、イザベラの最期の行動と、私の自由を願う言葉は、私の冷たい心に、小さな火種を落とした。
(あの愚かな王子の愛のために、死んだ……私には理解できない。でも、私を否定した人間が、私の強さを肯定して死んだ……)
リディがそっと私の肩に手を置いた。
「シンさん。私たちは、古竜を倒しました。そして、あなたは故国からの切実なSOSを受け取った。その上で、あなたがどちらに進むのか……それは、あなたの自由です」
彼女の瞳は、私の心を責めることなく、ただ選択を尊重すると言っていた。
「わかっています。リディ」
私は立ち上がると、トマスに向き直った。
「トマス。あなた方は、王都にはもう戻ってはいけない。この街で身を隠しなさい。報酬は、私の剣が稼ぎます」
私は彼らに、古竜の牙の依頼報酬の一部を、前渡しで渡すことを約束した。これは、公爵家の使用人として働いてくれたことへの、私なりの報いだった。
そして、私はリディと二人、リーフェルへの帰路についた。
古竜討伐は完了した。私の胸には、イザベラの手紙が重くのしかかっている。
故国は滅びる。それはもう止められない流れだ。
だが、私の心の中には、新たな問いが生まれていた。
――私は、誰のために、この「真っ直ぐな剣」を振るうのか?
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