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一章 婚約破棄~王国の滅亡
9 街を覆う闇と、冒険者としての決断
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リーフェルへと戻る道すがら、私の心は乱雑な思考で満たされていた。
イザベラの手紙。彼女の最後の言葉は、私に向けられた最大の肯定だった。
「あなたの強さは、罪ではない」
王家にも、公爵家にも、幼馴染にも裏切られたと思っていた私にとって、その言葉は、まるで固く閉ざした心の扉を叩く、思いがけない光のようだ。
(罪ではない……か。では、この強すぎる剣は、私の何だというのだ?)
私はただ、誰からも文句を言われない場所で、自由に生きていければそれでいいと思っていた。だが、リディは私の剣を「守るべきものを知っている剣」だと言い、イザベラは「真っ直ぐな剣」だと評した。
私は本当に、ただの報酬のために、この剣を振るっているだけなのだろうか?
リディは、そんな私の内面的な葛藤に気づいていたのだろう。彼女は何も言わず、ただ静かに隣を歩き、時折回復魔法で私の疲労を癒してくれた。
リーフェルに到着した私たちは、すぐに古竜の牙をギルドに納品した。依頼主であるアルカディア王国の商会は、牙の品質に大満足し、破格の報酬が支払われた。
古竜討伐を成し遂げた私とリディは、一躍、リーフェルどころか周辺地域で最も有名な冒険者となった。私のランクは一気にAランクへと昇格した。
「シン、おめでとう! Aランク昇格だ!」
ギルドマスターは満面の笑みで私を迎えた。彼は私の剣の腕を高く評価し、もはや私をただの冒険者としてではなく、街の守護者として見ているようだった。
その喜びも束の間、夕刻。街全体が暗いざわめきに包まれた。
「なんだ、この空気は……」
ギルドマスターが顔を曇らせる。
「闇の魔力です。シンさん、王都方面から、何か恐ろしいものが近づいています」
リディが杖を握りしめ、不安そうに東の空を見上げた。
その直後、王都方面から逃げてきたらしい、傷だらけの騎士がギルドに転がり込んできた。彼は王都の紋章が入った、かろうじて原形を留めている鎧を纏っていた。
「た、助けてくれ……」
騎士は床に倒れ込み、悲鳴のような声で絶望的な報告をした。
「王都は……王都はもう、落ちた……!」
その言葉に、ギルド内の喧騒が一瞬で静まり返った。
「王族は……アルフレッド殿下は、どうなった!」
ギルドマスターが騎士を揺さぶる。
「摂政殿下は……死霊の王に……広場で……」
騎士は言葉に詰まり、ただ嗚咽した。その報告は、私にトマスが伝えたイザベラの死、そしてアルフレッド王子の運命が、避けようのない結末を迎えたことを示していた。
「王都を飲み込んだ、あの死霊の王が……今、このリーフェルを目指して、進軍している!」
騎士の絶叫は、リーフェルの街に、次の標的となったことへの恐怖をまき散らした。
その夜、私は街の城壁の上で、東の闇を見つめていた。リディが温かい飲み物を持って隣に立っている。
「王都はもう、戻らないのですね」リディが静かに言った。
「ええ。愚かさが、国を滅ぼした結果です」
私の声は冷たい。だが、トマスから聞いた話、そしてイザベラの手紙を思い出すと、もはや単なる軽蔑だけではいられなかった。
リディは私の顔を見上げ、問いかけた。
「シンさんは、この街も、故国と同じように滅びることを、見過ごせますか?」
「……この街と、私の故国に何の関係があるというのです」
「故国との関係はありません。しかし、この街の人々は、シンさんに感謝し、頼っています。シンさんの剣が、彼らの生活を取り戻した。そして今、彼らは貴女様の力を必要としている」
リディの言葉は、私の心を深く抉った。
彼女が言っているのは、私の過去でも、王家への復讐でもない。今、目の前にある現実だ。
私は、この街の人々の命を守るために剣を振るう冒険者だ。私がこの街にいることで、彼らは安全を享受し、生活を営んでいた。
私は大剣を強く握りしめた。
アルフレッド殿下のために剣を振るうのは嫌だ。王妃という檻に戻るのは嫌だ。
しかし、私がこの街から逃げ出せば、街は滅びる。トマスたち、故郷から逃げてきた人々も、リディも。そして、私が冒険者として築き上げた、この場所での自由な生活も。
私は王都を裏切った。だが、冒険者シンとして、この街の依頼を拒否することは、私自身の誇りを捨てることだ。
私の剣は、誰かのためではない。私の剣は、私が選んだ自由な場所を守るために振るう。
私は、王都の騎士から聞いた、死霊の王が率いる群れの規模を思い描いた。それは、私の剣が、本当に試される、最大の戦いになるだろう。
私は東の空から押し寄せてくる、禍々しい闇の魔力を見据え、決意を固めた。
「リディ」
「はい、シンさん」
「私は、この街から逃げない」
私は大剣を背から外し、肩に担いだ。
「王都の依頼は拒否する。王妃の座も要らない」
そして、私ははっきりと宣言した。
「だが、冒険者シンとして、このリーフェルの街に迫る死霊の群れを、討伐する」
私の言葉に、リディは不安を消し去り、力強く頷いた。
「私も、光の神官として、力を尽くします。シンさん、私たちの剣と光で、この闇を払いのけましょう!」
私は静かに、だが強い決意を込めて、リディに言った。
「ええ。私の強すぎる剣が、誰かの可愛げのせいで屈するなんて、もう二度とごめんだ」
私が本当に守りたいもの。それは、私の剣の腕と、私が選んだこの自由な生き方そのものだ。
私は、冒険者シンとして、故国の滅亡後に残された、最初にして最大の脅威に立ち向かうことを決意した。
イザベラの手紙。彼女の最後の言葉は、私に向けられた最大の肯定だった。
「あなたの強さは、罪ではない」
王家にも、公爵家にも、幼馴染にも裏切られたと思っていた私にとって、その言葉は、まるで固く閉ざした心の扉を叩く、思いがけない光のようだ。
(罪ではない……か。では、この強すぎる剣は、私の何だというのだ?)
私はただ、誰からも文句を言われない場所で、自由に生きていければそれでいいと思っていた。だが、リディは私の剣を「守るべきものを知っている剣」だと言い、イザベラは「真っ直ぐな剣」だと評した。
私は本当に、ただの報酬のために、この剣を振るっているだけなのだろうか?
リディは、そんな私の内面的な葛藤に気づいていたのだろう。彼女は何も言わず、ただ静かに隣を歩き、時折回復魔法で私の疲労を癒してくれた。
リーフェルに到着した私たちは、すぐに古竜の牙をギルドに納品した。依頼主であるアルカディア王国の商会は、牙の品質に大満足し、破格の報酬が支払われた。
古竜討伐を成し遂げた私とリディは、一躍、リーフェルどころか周辺地域で最も有名な冒険者となった。私のランクは一気にAランクへと昇格した。
「シン、おめでとう! Aランク昇格だ!」
ギルドマスターは満面の笑みで私を迎えた。彼は私の剣の腕を高く評価し、もはや私をただの冒険者としてではなく、街の守護者として見ているようだった。
その喜びも束の間、夕刻。街全体が暗いざわめきに包まれた。
「なんだ、この空気は……」
ギルドマスターが顔を曇らせる。
「闇の魔力です。シンさん、王都方面から、何か恐ろしいものが近づいています」
リディが杖を握りしめ、不安そうに東の空を見上げた。
その直後、王都方面から逃げてきたらしい、傷だらけの騎士がギルドに転がり込んできた。彼は王都の紋章が入った、かろうじて原形を留めている鎧を纏っていた。
「た、助けてくれ……」
騎士は床に倒れ込み、悲鳴のような声で絶望的な報告をした。
「王都は……王都はもう、落ちた……!」
その言葉に、ギルド内の喧騒が一瞬で静まり返った。
「王族は……アルフレッド殿下は、どうなった!」
ギルドマスターが騎士を揺さぶる。
「摂政殿下は……死霊の王に……広場で……」
騎士は言葉に詰まり、ただ嗚咽した。その報告は、私にトマスが伝えたイザベラの死、そしてアルフレッド王子の運命が、避けようのない結末を迎えたことを示していた。
「王都を飲み込んだ、あの死霊の王が……今、このリーフェルを目指して、進軍している!」
騎士の絶叫は、リーフェルの街に、次の標的となったことへの恐怖をまき散らした。
その夜、私は街の城壁の上で、東の闇を見つめていた。リディが温かい飲み物を持って隣に立っている。
「王都はもう、戻らないのですね」リディが静かに言った。
「ええ。愚かさが、国を滅ぼした結果です」
私の声は冷たい。だが、トマスから聞いた話、そしてイザベラの手紙を思い出すと、もはや単なる軽蔑だけではいられなかった。
リディは私の顔を見上げ、問いかけた。
「シンさんは、この街も、故国と同じように滅びることを、見過ごせますか?」
「……この街と、私の故国に何の関係があるというのです」
「故国との関係はありません。しかし、この街の人々は、シンさんに感謝し、頼っています。シンさんの剣が、彼らの生活を取り戻した。そして今、彼らは貴女様の力を必要としている」
リディの言葉は、私の心を深く抉った。
彼女が言っているのは、私の過去でも、王家への復讐でもない。今、目の前にある現実だ。
私は、この街の人々の命を守るために剣を振るう冒険者だ。私がこの街にいることで、彼らは安全を享受し、生活を営んでいた。
私は大剣を強く握りしめた。
アルフレッド殿下のために剣を振るうのは嫌だ。王妃という檻に戻るのは嫌だ。
しかし、私がこの街から逃げ出せば、街は滅びる。トマスたち、故郷から逃げてきた人々も、リディも。そして、私が冒険者として築き上げた、この場所での自由な生活も。
私は王都を裏切った。だが、冒険者シンとして、この街の依頼を拒否することは、私自身の誇りを捨てることだ。
私の剣は、誰かのためではない。私の剣は、私が選んだ自由な場所を守るために振るう。
私は、王都の騎士から聞いた、死霊の王が率いる群れの規模を思い描いた。それは、私の剣が、本当に試される、最大の戦いになるだろう。
私は東の空から押し寄せてくる、禍々しい闇の魔力を見据え、決意を固めた。
「リディ」
「はい、シンさん」
「私は、この街から逃げない」
私は大剣を背から外し、肩に担いだ。
「王都の依頼は拒否する。王妃の座も要らない」
そして、私ははっきりと宣言した。
「だが、冒険者シンとして、このリーフェルの街に迫る死霊の群れを、討伐する」
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「私も、光の神官として、力を尽くします。シンさん、私たちの剣と光で、この闇を払いのけましょう!」
私は静かに、だが強い決意を込めて、リディに言った。
「ええ。私の強すぎる剣が、誰かの可愛げのせいで屈するなんて、もう二度とごめんだ」
私が本当に守りたいもの。それは、私の剣の腕と、私が選んだこの自由な生き方そのものだ。
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