愛憎の檻・義父の受難

でみず

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 玄関の扉が開く音が、雨音に溶け込むように響いたのは、夜も深く沈みきった一時過ぎのことだった。
 理仁りひとはリビングのソファから立ち上がると、薄暗い廊下を滑るように歩き、玄関へと向かった。その扉の前に立つ瀬那せなの姿が、ぼんやりと明かりに浮かび上がる。雨に濡れた髪は額に張り付き、その一房一房が濡れて光を反射している。泥に汚れた制服は肌に貼り付き、胸元の外れたボタンから覗く白い襟元は、微かな色気を滲ませていた。ズボンの裾は裂け、濡れそぼった布地が細い脚をぴたりと覆う。
 痩せた肩が小さく震え、青白い首筋には水滴が伝う。その一滴一滴が鎖骨のくぼみを滑り落ちる様子は、思わず目を奪われるほど艶めいている。雨に濡れた彼の佇まいは、どこか壊れやすい硝子の彫像のようでありながら、目の下の濃い隈が、その無防備さに妖しい陰影を加えていた。

「瀬那、こんな時間に何をしていたんですか?」

 理仁の声は静かで、どこか壊れやすいものを扱うような優しさが滲んでいた。
 瀬那は濡れた前髪の向こうから、ゆっくりと顔を上げる。その瞳は冷たい光を宿し、奥底には鋭い刃のような感情が潜んでいる。その視線は容赦なく理仁を貫き、距離を置くための壁をそこに築き上げていた。

「うるせえ。声なんかかけんじゃねえよ」

 瀬那の声は低く、周囲の空気を切り裂くように響いた。
 理仁はその言葉を受け、微かな息を吐いた。自分が彼の母の再婚相手であり義父であるという立場は、どこか借り物のような感覚で、理仁の中に根付いていなかった。けれど、この瞬間、瀬那の冷徹な眼差しが彼の心に深く食い込んだ。敵意をこれほどまでにはっきりと向けられれば、もはやその重みを受け止めるほかはない。

「すまない。ただ、キミが無事でよかったと伝えたいだけです」

 理仁の声は静かで柔らかかったが、その穏やかさは瀬那の中で更なる苛立ちを引き起こすに過ぎなかった。
瀬那はずぶ濡れの制服をその場で脱ぎ捨て、廊下に放り投げた。その細長い指がわずかに震えているのを、理仁は見逃さなかった。

「俺のことなんて誰も心配してねえだろ!」

 瀬那は鋭く叫ぶ。その声には、雨の冷たさと熱が混じり合っていた。

「つい先日、あんたの子供が産まれたばっかりなのによ!」
 
 その言葉は、再び理仁の胸を刺した。

「瀬那」

 そして次の瞬間、無意識に歩み寄り、瀬那を抱きしめていた。彼の体はひどく冷たかった。触れると、凍りつくような冷たさが広がる。それでも、理仁はそのまま強く抱きしめ続けた。
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