台風の目(仮)

来条恵夢

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 依然として片膝をついたまま、シュムは顔を上げた。 
「断る、って言ったらどうする?」 
「手間が増えるな」 
「あ、そ。ところで、ひとつ忠告をしてあげよう。悪役というのは、姿を見せずにいる方が、得体の知れない恐怖感を植え付けられるものだ。例えば、姿を隠して私の友人を追い掛け回したように」 
「…よくわかったな」 
 ひくりと、片頬が歪む。それに対してシュムは、おやおや、と言って肩をすくめた。 
「カマをかけただけだったけど、図星だったらしいな。それも、今の状況から察するに、目的は私か。彼女も貧乏くじを引いたな。しかし、何がわからないって、なんだってこんな変な事態になってるかってことだな」 
「ふっ、知りたいか」 
 いや、興味ないけど。本心をあっさりと覆い隠して、シュムはゆっくりと頷いた。 
「ああ。こんなことになったんだ。理由もなしじゃあ話にならない」 
 平然とそんなことを言うが、干渉してくるから対抗するだけで、本当は知りたいとも思わない。だが、ここで男が三流役者よろしく説明を始めてくれれば、体力回復の時間稼ぎにはなる。 
 男が、にやりと笑った。あの、爬虫類じみた笑顔だった。 
「その話は後にしよう。君はどうも、何かたくらんでいそうだ。もっとも、そんな身体で、何が出来るとも思わないが」 
「そ」 
 軽く受け流す。残念ではあるが、まあ仕方ないだろうとあっさりと諦める。 
 そうして、男を見て、にやりと笑い返した。 
「では、もう一つ忠告。勝ちたいと思うなら、悪役にはならないこと。何故なら、悪役というのは常に倒される立場の者を言うからだ。悪役とは、勝利できなかった側、敗者を言う」 
 言葉遊びのような自分の言葉が消え去るのを待たずに、シュムは前に跳んだ。鋭く、足払いをかける。 
 いくらか予想していたのか、男はそれをわずかに動くだけで避け、逆にシュムの身体を捕らえようと手を伸ばす。 
 だがシュムは、絶妙の間合いでその手を跳ね除けると、壁を蹴って反転し、男に相対した。男はまだ、笑っていた。 
「無駄だということが、わからないのかい?」 
「とりあえず、何でも試してみるたちなんでね、悪役さん。例えば――」 
 右手で素早く印を結んで、目晦めくらましの光の術を発動させる。男は、咄嗟のことに視力を奪われた。その隙にシュムが、目を堅く閉じたまま後ろ手に扉を探り、こじ開ける。 
 扉があることまでは視認していだが、鍵がかかっていないかは賭だった。ほとんど幸運に乗った状態で、シュムは、部屋を出ることに成功した。 
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