台風の目(仮)

来条恵夢

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胎動

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「……蛙の鳴き声のように、聞こえるんですが」
「俺もだ」
 蛙を知っているのか、という驚きがあったが、それよりもただの蛙と見做みなすには野太く、大きな声に圧倒される。複数いるのは確実だが、反響してそう聞こえるだけだろうか。
「蛙が住み着いてるんでしょうか」
「昨日は見なかったぞ」
 互いに、正面の闇を見据えている。
 唐突に、それはやってきた。
「っ!?」
「…は?」
 人の頭ほどもありそうな、蛙。
 田舎の沼でも地方の森でもお目にかかれないような大きさ。抱え上げたら、多分泥袋のように重いだろう。
 それが、滑空して襲い掛かってくる。何匹も。
「な、なんだこれ!」
「知るか! …ぶにぶにしてるな」
「ひぃっ」
 顔に張り付かれ、情けない声が上がる。蛙が駄目だというわけではないが、ぬめりとした感触が気持ち悪い。このまま蛙嫌いになりそうだ。
「シュムがいなくてよかったな。こういうの嫌いだろ、あいつ」
「俺だって好きじゃない!」
 顔をしかめながらも、男は平然と飛んで来る蛙をぎ払う。落ち着いた様子が悔しいが、それどころではない。
 何十匹となく襲い掛かってくる蛙は、実際には思っている以上に少ないかもしれない。厚い肉のせいか、払っても叩いても、潰れるということがないのだ。おかげで内臓を見ることはないが、減らなければ嬉しくもない。
 エバンスは、奮闘している男を見た。
「火を起こせたんじゃないのか?!」
「あ」
 男は一瞬、ぽかんと間の抜けた顔をさらして、次の瞬間には、空を飛ぶ巨大蛙は炎に包まれていた。なかなか燃え尽きないせいで、巨大松明たいまつが出現したかのように明るく、慌てて短い呪文と印で冷気を呼び込んで身を守る。氷よりは手間がかからないが、エバンスと男の周囲だけと限定することに少し手がかかる。
 自分の起こした炎を見ていた男は、冷たい空気に気付いたのか、エバンスを見た。
「こういったことができるなら、何故お前がやらない」
「相性というものがあって、俺は、火は時間がかかる。それなら、…あなたの方が早いでしょう」
 うっかりと、言葉遣いが変わっていた。昨夜の失態を繰り返して、慌てて元に戻す。今更だ。
 男は、煌々と照らされた顔の、眉根をわずかに寄せた。
「酒が足りなかったか」
「は?」
「気付かなかったのか。あのちびが、お前の飲み物に入れた」
「…それを、あなたもシュムさんも黙って見ていたわけですか。コーヒーに入れられたくらいの分量じゃ、いくらなんでも酔いませんけどね」
「その割には、堅苦しさが抜けてるが」
 思わず、シュムを相手にしてるかのように睨みつけてしまう。一瞬ではあったが、男がひるむのがわかった。結構、素直な性格らしい。
 もう一言いいかけて、ふと、奥に何かがあるような感じがした。蛙たちは消し炭となり、洞窟には、ランプの灯りだけが広がっている。その、光の届かない奥に。
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