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胎動
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「どうぞ、お気をつけて」
晴れ空の下、見送りはロバートだけだった。まあそんなものだろうと、エバンスは、心のうちで肩をすくめる。
同行者は、青年とその伯母だ。
「ロブ、いいのか?」
「墓石の下とはいえ、あいつ一人で置いとくわけにもいきませんでしょう。書と森の手入れは、ちゃんとしときますよ」
青年が遺産放棄の代わりに出した条件は、結局、使用人――というよりも青年にとっては育ての親の、ロバートに譲られた。青年は当初、伯母を考えていたようなのだが、やんわりと拒否されてしまっている。
青年自身は、はじめから、居座るつもりはなかったのだという。それはそうだろうと、エバンスも思う。
「ほら、行ってください。俺には、そのうち、たよりや土産でもくれたら十分です」
「――うん」
親しい人は、枷になる。この場に身を留めるための、無茶を妨げる、重石となる。それの一切ない状態を自由と呼ぶなら、どんなに淋しいだろうと、思う。
エバンスと伯母のアトゥアも、それぞれに礼を言い置いて、ようやく山に入った。
アトゥアを家まで送りとどけ、そこからは、城を目指す。片付けるべき問題が山積みのその場所に、好んで戻りたいわけではないが、今は、そこしか戻れる場所がないだろう。
「ひとつ、昔話をしましょうか」
山を一つ越えただけでたどり着いた我が家で、アトゥアは、誘ったお茶を入れながら、柔らかく言った。
「一人の、女の人がいたの。彼女は、家柄はそれなりに良かったけれど、財産はなかった。彼女は頭が良かったから、己の身を活かして、それらを補おうと考えた。勿論、だからといって自分が不幸になるつもりもなくて、まず上出来と呼べる成果を収めた彼女は、とりあえず満足していたわ」
エバンスも青年も、彼女が誰かを知っている。アトゥアもそれは承知しているだろうが、決して、名を出そうとはしなかった。
「だけどね。彼女は、知ってしまうの。たった一つの出会いで、変わってしまった。私がそうだったようにね」
微笑む彼女の傍らには、使い古されたコートがかかっていた。アトゥアが着るには大きく、男物のそれ。それだけでなく、他にもいくつか、伴侶がいたことを思わせる品々が部屋には散らばっていた。
子どもが二人いるが、一人は嫁に行き、一人は中央の城下町で職人見習いをしているという。
晴れ空の下、見送りはロバートだけだった。まあそんなものだろうと、エバンスは、心のうちで肩をすくめる。
同行者は、青年とその伯母だ。
「ロブ、いいのか?」
「墓石の下とはいえ、あいつ一人で置いとくわけにもいきませんでしょう。書と森の手入れは、ちゃんとしときますよ」
青年が遺産放棄の代わりに出した条件は、結局、使用人――というよりも青年にとっては育ての親の、ロバートに譲られた。青年は当初、伯母を考えていたようなのだが、やんわりと拒否されてしまっている。
青年自身は、はじめから、居座るつもりはなかったのだという。それはそうだろうと、エバンスも思う。
「ほら、行ってください。俺には、そのうち、たよりや土産でもくれたら十分です」
「――うん」
親しい人は、枷になる。この場に身を留めるための、無茶を妨げる、重石となる。それの一切ない状態を自由と呼ぶなら、どんなに淋しいだろうと、思う。
エバンスと伯母のアトゥアも、それぞれに礼を言い置いて、ようやく山に入った。
アトゥアを家まで送りとどけ、そこからは、城を目指す。片付けるべき問題が山積みのその場所に、好んで戻りたいわけではないが、今は、そこしか戻れる場所がないだろう。
「ひとつ、昔話をしましょうか」
山を一つ越えただけでたどり着いた我が家で、アトゥアは、誘ったお茶を入れながら、柔らかく言った。
「一人の、女の人がいたの。彼女は、家柄はそれなりに良かったけれど、財産はなかった。彼女は頭が良かったから、己の身を活かして、それらを補おうと考えた。勿論、だからといって自分が不幸になるつもりもなくて、まず上出来と呼べる成果を収めた彼女は、とりあえず満足していたわ」
エバンスも青年も、彼女が誰かを知っている。アトゥアもそれは承知しているだろうが、決して、名を出そうとはしなかった。
「だけどね。彼女は、知ってしまうの。たった一つの出会いで、変わってしまった。私がそうだったようにね」
微笑む彼女の傍らには、使い古されたコートがかかっていた。アトゥアが着るには大きく、男物のそれ。それだけでなく、他にもいくつか、伴侶がいたことを思わせる品々が部屋には散らばっていた。
子どもが二人いるが、一人は嫁に行き、一人は中央の城下町で職人見習いをしているという。
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