台風の目(仮)

来条恵夢

文字の大きさ
136 / 229
鼓動

1-2

しおりを挟む
 移動手段についての会話を交わしたのが、数日前のこと。ひっそりと歩く日々は、それ以上特に会話もないままにすぎてしまった。いや、あるにはあったのだが、魔導師は、訊いたことには答えるが、自分から何かを話し出すことはなかった。いい加減、キールでもめげる。
 不意に、隣で溜息のような音がした。
「そろそろ日が暮れますね。すみませんが、今日も野宿に――」
「あれ? リー導師、あれ。村だよな?」
 人目につきたくないという理由で、二人はほぼ獣道を歩いていた。そんな山中で、粗末ながら屋根と壁のある建物が見えた。
 ゆっくりと暮色の降りるこの時間に灯りもないから廃屋かもしれないが、廃屋に見えるほどに荒れているからこそ、火を惜しむほどの暮らしぶりの者たちがいるかもしれない。
 男は、意外そうに眉をひそめた。
「地図には――」
 言いかけて、はっとして口をつぐむ。ついでに、足も止まった。つられて、キールも歩みを止める。
 影を落とした顔の表情は険しく、何事かと、まじまじと覗き込んでしまう。男は、キールのそんな視線に気付き、浅く息を吐いた。
「不躾なことを訊きますが」
「はあ」
「女性を抱いたことは?」
「………?」
 いくら世間知らずの育ちでも、キールも年相応の男だ。そのくらいで顔を赤らめることもないが、質問の意図がつかめない。訝しげな様子に気付いてか、男は言葉を重ねた。
「おそらく、あの集落は売春宿です。魔女の村などとも言いますが、呼び方はどうでもいいでしょう。完全に夜になったら、近隣の男たちがやって来るでしょうね。そんなところで野宿はできないし、距離を稼ごうにも、充分に離れるほど歩くのは難しいでしょう。もっと早くに、野宿の準備を言い出すべきでした」
「えーと?」
「ただ宿を借りるのも、難しいでしょう。できないことはないでしょうが、骨が折れる。それよりも、正規の手段で床を借りた方が早い。どうします?」
「いや、あの、だからって旅途中で、夜も寝ないで運動する方が問題じゃないデスカ?」
 気のせいかもしれないが一瞬、男の視線が、哀れむような色を見せた。多分気のせいだ、思い過ごしだと、キールは自分に言い聞かせる。
 男は、肩をすくめた。
「宿だけ借りる、ということでいいですか?」
 そうしてくれ、と、キールは頷いた。自覚もあるが、実のところ、普通なら当たり前のことこそ、経験値はかなり低いのだ。
 もっとも、興味がないわけではなかったのだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...