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鼓動
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移動手段についての会話を交わしたのが、数日前のこと。ひっそりと歩く日々は、それ以上特に会話もないままにすぎてしまった。いや、あるにはあったのだが、魔導師は、訊いたことには答えるが、自分から何かを話し出すことはなかった。いい加減、キールでもめげる。
不意に、隣で溜息のような音がした。
「そろそろ日が暮れますね。すみませんが、今日も野宿に――」
「あれ? リー導師、あれ。村だよな?」
人目につきたくないという理由で、二人はほぼ獣道を歩いていた。そんな山中で、粗末ながら屋根と壁のある建物が見えた。
ゆっくりと暮色の降りるこの時間に灯りもないから廃屋かもしれないが、廃屋に見えるほどに荒れているからこそ、火を惜しむほどの暮らしぶりの者たちがいるかもしれない。
男は、意外そうに眉をひそめた。
「地図には――」
言いかけて、はっとして口をつぐむ。ついでに、足も止まった。つられて、キールも歩みを止める。
影を落とした顔の表情は険しく、何事かと、まじまじと覗き込んでしまう。男は、キールのそんな視線に気付き、浅く息を吐いた。
「不躾なことを訊きますが」
「はあ」
「女性を抱いたことは?」
「………?」
いくら世間知らずの育ちでも、キールも年相応の男だ。そのくらいで顔を赤らめることもないが、質問の意図がつかめない。訝しげな様子に気付いてか、男は言葉を重ねた。
「おそらく、あの集落は売春宿です。魔女の村などとも言いますが、呼び方はどうでもいいでしょう。完全に夜になったら、近隣の男たちがやって来るでしょうね。そんなところで野宿はできないし、距離を稼ごうにも、充分に離れるほど歩くのは難しいでしょう。もっと早くに、野宿の準備を言い出すべきでした」
「えーと?」
「ただ宿を借りるのも、難しいでしょう。できないことはないでしょうが、骨が折れる。それよりも、正規の手段で床を借りた方が早い。どうします?」
「いや、あの、だからって旅途中で、夜も寝ないで運動する方が問題じゃないデスカ?」
気のせいかもしれないが一瞬、男の視線が、哀れむような色を見せた。多分気のせいだ、思い過ごしだと、キールは自分に言い聞かせる。
男は、肩をすくめた。
「宿だけ借りる、ということでいいですか?」
そうしてくれ、と、キールは頷いた。自覚もあるが、実のところ、普通なら当たり前のことこそ、経験値はかなり低いのだ。
もっとも、興味がないわけではなかったのだが。
不意に、隣で溜息のような音がした。
「そろそろ日が暮れますね。すみませんが、今日も野宿に――」
「あれ? リー導師、あれ。村だよな?」
人目につきたくないという理由で、二人はほぼ獣道を歩いていた。そんな山中で、粗末ながら屋根と壁のある建物が見えた。
ゆっくりと暮色の降りるこの時間に灯りもないから廃屋かもしれないが、廃屋に見えるほどに荒れているからこそ、火を惜しむほどの暮らしぶりの者たちがいるかもしれない。
男は、意外そうに眉をひそめた。
「地図には――」
言いかけて、はっとして口をつぐむ。ついでに、足も止まった。つられて、キールも歩みを止める。
影を落とした顔の表情は険しく、何事かと、まじまじと覗き込んでしまう。男は、キールのそんな視線に気付き、浅く息を吐いた。
「不躾なことを訊きますが」
「はあ」
「女性を抱いたことは?」
「………?」
いくら世間知らずの育ちでも、キールも年相応の男だ。そのくらいで顔を赤らめることもないが、質問の意図がつかめない。訝しげな様子に気付いてか、男は言葉を重ねた。
「おそらく、あの集落は売春宿です。魔女の村などとも言いますが、呼び方はどうでもいいでしょう。完全に夜になったら、近隣の男たちがやって来るでしょうね。そんなところで野宿はできないし、距離を稼ごうにも、充分に離れるほど歩くのは難しいでしょう。もっと早くに、野宿の準備を言い出すべきでした」
「えーと?」
「ただ宿を借りるのも、難しいでしょう。できないことはないでしょうが、骨が折れる。それよりも、正規の手段で床を借りた方が早い。どうします?」
「いや、あの、だからって旅途中で、夜も寝ないで運動する方が問題じゃないデスカ?」
気のせいかもしれないが一瞬、男の視線が、哀れむような色を見せた。多分気のせいだ、思い過ごしだと、キールは自分に言い聞かせる。
男は、肩をすくめた。
「宿だけ借りる、ということでいいですか?」
そうしてくれ、と、キールは頷いた。自覚もあるが、実のところ、普通なら当たり前のことこそ、経験値はかなり低いのだ。
もっとも、興味がないわけではなかったのだが。
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