台風の目(仮)

来条恵夢

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鼓動

3-1

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 ああもう酷いよなあ、と、キールは一人でぼやいた。何か、見捨てられたような気分だ。あっさりといなされたのも、悔しい。
 やはり若作りに違いない、というのは、ほとんどやっかみだが。
「あー、なんかホント、生きててもいいことない」
 ぼそりと、つぶやいた。
 仰向けに寝転んで、埃っぽい薄い布を肩まで被っている。どういった仕組みか利き足の膝から下が全く動かないが、これはあの魔導師の仕業なのだろうから、大して心配はいらないだろう。ただどうにも、寝るしかないのがつまらない。夕飯は荷物の中の干し肉で済ませたが、今までの旅食以上に味気なかった。
 しかしそれらは全て、目の前のことだ。
 このまま歩き続けて無事に到着して、キールはそこでどういった扱いを受けるのか、何の説明も受けていない。都合のいい嘘ばかり聞かされるよりはましのような気もするが、何も知らないのも、同じくらいに不安にはなる。
 隙を突いて逃げるという手は、何度も思い描いた。
 だが、その後をどうするつもりか。何もなく生きていくなら、いっそ死刑にでもしてもらったほうが楽かもしれない。その可能性を考えながら心底厭だと思えないなら、逃げても同じだ。
「…えー?」
 気付くと、人がいた。
 まだ子どもだ。何歳なのかはわからないが、おそらくは一桁の年齢だろう。先日別れた少女よりも、さらに幼い。だが、髪はきちんとかれ、服も、派手ではないがそこそこいいものを着ている。
 しかし何故、子ども。
「お兄ちゃん、死にたいの?」
「いや、生きたくないと死にたいの間には大きな壁があるんだけどさ。嬢ちゃん、名前は? なんでこんなとこに?」
「あたし、ここしかいるところがないの」
「…?」
 とりあえず、体を起こす。痛みはないのだから、上体を起こしている分には問題ないし、やろうと思えば、って行くこともできるだろう。
 子どもは、近くにやってきて、うずくまるように座った。
 長く伸ばした髪を編みこんでまとめ上げている。ぱっちりとした目は可愛らしく、育てばさぞ美人になるだろうなあと、暢気のんきな感想をいだく。
 ふと気づいて、くるまっていた布を床に敷く。
「上に座れば? 痛いだろ」
「ありがとう。お兄ちゃんは、あそぼうっていわないのね」
「は? いや、遊んでもいいけど、俺今動けないからあんまり…」
 言いかけて、はたと気付く。待て、ここはどこだ。
「嬢ちゃん、……厭なことされてないか? その、変に体触られたりとか」
「フツウのことでしょ?」
 絶句する。
 そして即座に、考える。
 村に、数日前に自分が後にした村に連れて行こう、幸いにもあそこにはそれなりに親しい人たちがいる。誰か一人くらい、面倒を見てくれるだろう。引き返すと言って、あの魔道士は反対するかもしれないが、そのことで死刑の判が押されるならそれでいい。
 だが、それでいいのかと囁く声もある。村の生活も、楽というわけではない。
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