196 / 229
霧囲
3-3
しおりを挟む
夢すら見ずに目覚めると、洞窟の外は変わらずに真っ白だった。
「あー…残念」
せめて、ローブに包まるだけでも風邪すらひかずに済んでいることを喜ぶべきだろうか。案外素直にそんなことを考えながら、手早く荷物をまとめ、さてどうしたものかと首を傾げる。
「えーっと。…とりあえず、奥行ってみよう、かな?」
昨日は、この洞窟にまだまだ奥があることだけ確認して入り口に居座っていた。大分歩いたところで分岐があることに気付いて、嫌気が差したせいだ。獰猛な生き物が眠っている間に出てきたりしなかったのは、そこそこ強運かもしれない。
一応、何かあれば眠っていても気付くはずだが、今の爽快感からすると怪しかった。
「すんなり反対側の出口に到着、霧も抜けました、だったりしたらいいんだけどなー」
当面最後の呟きを落とし、短く迷った末に、小さなランタンにひそやかな明かりをともして歩き出す。頼りないが、ないよりはましだ。視界確保のためでもあるが、多くの生き物は、いつもにない状態なら警戒してしばらくは手出しを控えるはずだ。
シュムとしては、この洞窟に出口があるのならそこを目指し、ないなら戻るだけなので、住み着いている何かがいたとして、やりすごしてもらえるならありがたい。
カイがいれば、小さ音も拾ってくれるだろうし、シュムよりもよほど気配には敏感だ。そんなことを考えてから、頼りすぎているなあと、胸の内でだけため息を落とす。実際に吐き出せば、長々と続いて、うっかりとランタンの火を消しかねない。
これでも、同齢程度の同業者たちよりは経験があるとの自負があるのだが。随分と、気のいい友に甘えてしまっている。
足元に気を配り、闇に眼を凝らしながらも、考え事に沈む。
幼かった頃、外見と年齢にあまり喰い違いのなかった頃。シュムには、友達と呼べるような相手はいなかった。身内ですら、妹と曾祖母を除けば親しくはなかった。その反動なのか、力の使い方を覚えたシュムは、やたらと友達を増やそうとした。
だが、それがただの利用でなかったと言い切れるだろうか、とも思う。
何の報酬も与えず、友達だからと押し切って一方的に彼ら彼女らを利用してはいないだろうか。だとすれば、契約を盾に使役するよりも余程性質が悪い。
そこまで考えて、シュムは、その場にうずくまりたくなった。頭を抱えて、思い切り落ち込みたい。
「――誰か、いる…?」
白い霧の向こうが、ほのかに明るい。こぼれ落ちたつぶやきを放置して、シュムは歩を進めた。
ぽかりと、開けた空間が広がっていた。
不自然なほどに唐突に霧が途切れ、目にしたあかるさは、天井に空いた穴から降り注ぐ太陽の光だったと知る。
そこに、女が居た。
壁に背を預け、眠っているのか、顔は俯いている。そのために顔を覆ってしまっている髪はいささか傷んでいるが、野暮ったい魔導師のローブの上からでも、体つきや雰囲気で女だろうと判る。
「…だれ?」
シュムが足音を立てたのか、気配にか、女はゆっくりと顔を上げた。温和な顔立ちをしている。三十前後くらいか、と、大雑把に年齢を推し量った。
魔導師なら違和感に気づくかな、と思いつつも、シュムは、外見の年齢にふさわしいだろう笑顔を取り繕った。
「あー…残念」
せめて、ローブに包まるだけでも風邪すらひかずに済んでいることを喜ぶべきだろうか。案外素直にそんなことを考えながら、手早く荷物をまとめ、さてどうしたものかと首を傾げる。
「えーっと。…とりあえず、奥行ってみよう、かな?」
昨日は、この洞窟にまだまだ奥があることだけ確認して入り口に居座っていた。大分歩いたところで分岐があることに気付いて、嫌気が差したせいだ。獰猛な生き物が眠っている間に出てきたりしなかったのは、そこそこ強運かもしれない。
一応、何かあれば眠っていても気付くはずだが、今の爽快感からすると怪しかった。
「すんなり反対側の出口に到着、霧も抜けました、だったりしたらいいんだけどなー」
当面最後の呟きを落とし、短く迷った末に、小さなランタンにひそやかな明かりをともして歩き出す。頼りないが、ないよりはましだ。視界確保のためでもあるが、多くの生き物は、いつもにない状態なら警戒してしばらくは手出しを控えるはずだ。
シュムとしては、この洞窟に出口があるのならそこを目指し、ないなら戻るだけなので、住み着いている何かがいたとして、やりすごしてもらえるならありがたい。
カイがいれば、小さ音も拾ってくれるだろうし、シュムよりもよほど気配には敏感だ。そんなことを考えてから、頼りすぎているなあと、胸の内でだけため息を落とす。実際に吐き出せば、長々と続いて、うっかりとランタンの火を消しかねない。
これでも、同齢程度の同業者たちよりは経験があるとの自負があるのだが。随分と、気のいい友に甘えてしまっている。
足元に気を配り、闇に眼を凝らしながらも、考え事に沈む。
幼かった頃、外見と年齢にあまり喰い違いのなかった頃。シュムには、友達と呼べるような相手はいなかった。身内ですら、妹と曾祖母を除けば親しくはなかった。その反動なのか、力の使い方を覚えたシュムは、やたらと友達を増やそうとした。
だが、それがただの利用でなかったと言い切れるだろうか、とも思う。
何の報酬も与えず、友達だからと押し切って一方的に彼ら彼女らを利用してはいないだろうか。だとすれば、契約を盾に使役するよりも余程性質が悪い。
そこまで考えて、シュムは、その場にうずくまりたくなった。頭を抱えて、思い切り落ち込みたい。
「――誰か、いる…?」
白い霧の向こうが、ほのかに明るい。こぼれ落ちたつぶやきを放置して、シュムは歩を進めた。
ぽかりと、開けた空間が広がっていた。
不自然なほどに唐突に霧が途切れ、目にしたあかるさは、天井に空いた穴から降り注ぐ太陽の光だったと知る。
そこに、女が居た。
壁に背を預け、眠っているのか、顔は俯いている。そのために顔を覆ってしまっている髪はいささか傷んでいるが、野暮ったい魔導師のローブの上からでも、体つきや雰囲気で女だろうと判る。
「…だれ?」
シュムが足音を立てたのか、気配にか、女はゆっくりと顔を上げた。温和な顔立ちをしている。三十前後くらいか、と、大雑把に年齢を推し量った。
魔導師なら違和感に気づくかな、と思いつつも、シュムは、外見の年齢にふさわしいだろう笑顔を取り繕った。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる