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霧囲
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「あれ?」
シュムの素っ頓狂な声に視線を向けると、追いかけられていた方の女が、岩壁に追い詰められていた。だが、今にも襲い掛かりそうだった追いかけていた方が、何故か、数歩置いて立ち止まっている。
カイの腕をつかんだまま、シュムは、無防備にそんな二人に駆け寄った。
「話し合い体制に入れた?」
これまた無造作な呼びかけに、カイは冷や汗を覚えながら、いつでも飛び退れるようにかまえる。とてもではないが、そんな雰囲気ではない。
追いかけていた方はシュムの言葉を聞き取るだけの余裕もないのか、血走った目で、追い詰めたはずの女を見つめている。だが、見えない何かにさえぎられるように女との距離を縮められず、伸ばした手は宙を掻いている。
洞窟の岩壁を背にした方の女は、シュムやカイには気付いているようだが、笑むような一瞥を向けたきりだ。その間もずっと、何かを呟くように、唇がかすかに動いている。
カイはそこで、顔をしかめた。
「おい、シュム」
「何?」
一応気遣って声をひそめ、視線は女たちに向けたまま、シュムとカイは身を寄せ合った。
「あいつ、中身は人じゃないんだよな?」
「って言ってたよ、気配違う?」
「いや…あー…なあシュム、あいつ、何か通り名みたいなのでもいいから、言ったか?」
「ハドリーって名乗った。体の方の名前だけど」
そうか、と返して、少し考え込む。
魔導師の身体を乗っ取ったものが、これまでにいなかったわけではない。
何しろ、カイらの世界と積極的な関わりを持つのはほぼ彼らに限定されている。中には、偶然できたこちらとあちらをつなぐ「扉」に遭遇してしまったり、魔導師を雇って契約しようとして乗っ取られた一般人もいるが、それらは案外少ない。
そもそも、人の身体を乗っ取ったところで、これといって得になるようなこともないのだ。せいぜいが、人の中に混じりやすいといったくらいで、この間出会った馬鹿のようにどじを踏んで同化するのでもなければ、嫌がらせ以外に好き好んでやるようなものではないだろう。
ただ、理由が――ないでは、ない。
今までに、挑戦したものもいた。しかしカイには、成功例を聞いた覚えがない。
「なんっか…いやーな感じだ」
ぼそりと、つぶやきが落ちる。
カイの見たところ、岩壁を背にした女は、死体を操っているわけではなく完全に取り込んでいる。同化よりも吸収に近いが、人に近くなっているという点では似たようなものだ。
カイたちは、種族はそれぞれでも、魔力はもちろん、身体能力でも人よりも勝るものの方が多い。敢えてそれを捨て、人に近付いてまで得ようとするのは、人の魔導能力。
そして、女が呟くように口にしているのは、呪文のように聞こえる。シュムには聞き取れていないだろうが、この意味があるようでなさそうな言葉の羅列は、シュムが苦手だと言って放棄した中のどれかではないのか。
カイらが力を使うのに言葉はほぼ必要がなく、また、人の使う呪文をいくら唱えたところで、同じことはできない。しかし目の前の女は、それをやろうとしている。しかも――成功しそうな感触が、あった。
シュムの素っ頓狂な声に視線を向けると、追いかけられていた方の女が、岩壁に追い詰められていた。だが、今にも襲い掛かりそうだった追いかけていた方が、何故か、数歩置いて立ち止まっている。
カイの腕をつかんだまま、シュムは、無防備にそんな二人に駆け寄った。
「話し合い体制に入れた?」
これまた無造作な呼びかけに、カイは冷や汗を覚えながら、いつでも飛び退れるようにかまえる。とてもではないが、そんな雰囲気ではない。
追いかけていた方はシュムの言葉を聞き取るだけの余裕もないのか、血走った目で、追い詰めたはずの女を見つめている。だが、見えない何かにさえぎられるように女との距離を縮められず、伸ばした手は宙を掻いている。
洞窟の岩壁を背にした方の女は、シュムやカイには気付いているようだが、笑むような一瞥を向けたきりだ。その間もずっと、何かを呟くように、唇がかすかに動いている。
カイはそこで、顔をしかめた。
「おい、シュム」
「何?」
一応気遣って声をひそめ、視線は女たちに向けたまま、シュムとカイは身を寄せ合った。
「あいつ、中身は人じゃないんだよな?」
「って言ってたよ、気配違う?」
「いや…あー…なあシュム、あいつ、何か通り名みたいなのでもいいから、言ったか?」
「ハドリーって名乗った。体の方の名前だけど」
そうか、と返して、少し考え込む。
魔導師の身体を乗っ取ったものが、これまでにいなかったわけではない。
何しろ、カイらの世界と積極的な関わりを持つのはほぼ彼らに限定されている。中には、偶然できたこちらとあちらをつなぐ「扉」に遭遇してしまったり、魔導師を雇って契約しようとして乗っ取られた一般人もいるが、それらは案外少ない。
そもそも、人の身体を乗っ取ったところで、これといって得になるようなこともないのだ。せいぜいが、人の中に混じりやすいといったくらいで、この間出会った馬鹿のようにどじを踏んで同化するのでもなければ、嫌がらせ以外に好き好んでやるようなものではないだろう。
ただ、理由が――ないでは、ない。
今までに、挑戦したものもいた。しかしカイには、成功例を聞いた覚えがない。
「なんっか…いやーな感じだ」
ぼそりと、つぶやきが落ちる。
カイの見たところ、岩壁を背にした女は、死体を操っているわけではなく完全に取り込んでいる。同化よりも吸収に近いが、人に近くなっているという点では似たようなものだ。
カイたちは、種族はそれぞれでも、魔力はもちろん、身体能力でも人よりも勝るものの方が多い。敢えてそれを捨て、人に近付いてまで得ようとするのは、人の魔導能力。
そして、女が呟くように口にしているのは、呪文のように聞こえる。シュムには聞き取れていないだろうが、この意味があるようでなさそうな言葉の羅列は、シュムが苦手だと言って放棄した中のどれかではないのか。
カイらが力を使うのに言葉はほぼ必要がなく、また、人の使う呪文をいくら唱えたところで、同じことはできない。しかし目の前の女は、それをやろうとしている。しかも――成功しそうな感触が、あった。
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