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城の末 2007/2/12
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「何やってるんだ、君は」
少女は、幼さの残る姿には不似合いなほどに堂々と、呆れ返った声を上げた。旅装をしている。
その声に弾かれたように身を起こした人影は、逆に老いて見えた。櫛も通さず伸びた髪には、はっきりとわかる埃すら付着している。城の片隅に埋もれた、壊れた銅像のようにも見える。
虚ろだったその瞳が今は、一心に少女に焦点を結ぶ。
「何故…何故、戻った!?」
「君のせいだろ」
血を吐くように悲痛な声に、少女はあっさりと言い切ると、周囲に散乱した何とも判別しがたいかたまりを身軽に避け、汚れきった髪に手を伸ばした。
触れようとした寸前に、何かに恐れるように、彼は身を引いた。
少女は怒ったように顔をしかめ、無精ひげに埋もれた顔を小さな白い手で捕らえた。
「全く。ぼくがいないとこれだ。うっかり口車に乗ってここを出たぼくが馬鹿だった。まずは髭と髪を適当に切って、お湯をかけてからお風呂だね」
「早く…ここを出ろ」
「厭だね。君、なんて言われてるか知ってる? 偏屈で変人だった領主は今や、悪霊か何かに獲りつかれただか乗っ取られただかして、悪魔になりおおせたそうだよ。村々の家出人や失踪人は残らず、君の仕業ってことになってる」
「だから…村人たちが攻め込んでくる。このままだと、お前まで巻き込んでしまう!」
「馬鹿だな」
少女は、いっそひたむきなほどに見詰めてくる領主に、哀しげな微笑を投げかけた。そうしてそっと強く、抱きしめる。
「お得意の予見? だからぼくを遠ざけようとしたのか。そんなことをしなければ、君はまだ偏屈で変人なままだったと思うよ」
「頼む。…ここを出て…幸せになってくれ」
「幸せ? 君がいないのに、幸せになれって? ――君がいてくれるなら、それで十分なのに」
そう言ってにこりと、少女は微笑んだ。領主の頬を両手で叩く。
「さあ、自分の馬鹿さ加減がよーくわかったら、金目の物持ってとんずらしようか」
「――――――え?」
きょとんとした領主を腰に手を当てて見下ろし、少女は、首を傾げた。
「ぼくが出て行ったあと、何かいじった? ああ、いいや。見て来る。君は…そうだな、人が来てないか見てて」
「お…おい?」
「何?」
「僕は――ここを放置していくのは」
「君ね。もう、君が領主としての働きをしてないのは自覚してるだろ? 心配しなくたって、一族の誰かがどこかから来て何とかするよ。責任放棄を嘆くなら、十年は手遅れだね」
絶句してしまった領主を放置して、少女は素早く動いた。
実のところ、この城で暮らし始めた当初から目はつけていた。そのあたりは、育ちがものを言った。
少女は、階段を上ったところで領主を振り返った。呆然と、しかしその眼は少女を追っている。それを知って、少女は少しだけ笑顔を歪めた。
「ごめんね。きっと、君はこのまま消えた方が幸せかもしれない。でもぼくは、それだと厭なんだ。――気まぐれにぼくを拾ったのが運の尽きだって、諦めてね」
――そうして、数多くの人を呑み込んだ城は、城主の失踪と共に噂の中に没した。
少女は、幼さの残る姿には不似合いなほどに堂々と、呆れ返った声を上げた。旅装をしている。
その声に弾かれたように身を起こした人影は、逆に老いて見えた。櫛も通さず伸びた髪には、はっきりとわかる埃すら付着している。城の片隅に埋もれた、壊れた銅像のようにも見える。
虚ろだったその瞳が今は、一心に少女に焦点を結ぶ。
「何故…何故、戻った!?」
「君のせいだろ」
血を吐くように悲痛な声に、少女はあっさりと言い切ると、周囲に散乱した何とも判別しがたいかたまりを身軽に避け、汚れきった髪に手を伸ばした。
触れようとした寸前に、何かに恐れるように、彼は身を引いた。
少女は怒ったように顔をしかめ、無精ひげに埋もれた顔を小さな白い手で捕らえた。
「全く。ぼくがいないとこれだ。うっかり口車に乗ってここを出たぼくが馬鹿だった。まずは髭と髪を適当に切って、お湯をかけてからお風呂だね」
「早く…ここを出ろ」
「厭だね。君、なんて言われてるか知ってる? 偏屈で変人だった領主は今や、悪霊か何かに獲りつかれただか乗っ取られただかして、悪魔になりおおせたそうだよ。村々の家出人や失踪人は残らず、君の仕業ってことになってる」
「だから…村人たちが攻め込んでくる。このままだと、お前まで巻き込んでしまう!」
「馬鹿だな」
少女は、いっそひたむきなほどに見詰めてくる領主に、哀しげな微笑を投げかけた。そうしてそっと強く、抱きしめる。
「お得意の予見? だからぼくを遠ざけようとしたのか。そんなことをしなければ、君はまだ偏屈で変人なままだったと思うよ」
「頼む。…ここを出て…幸せになってくれ」
「幸せ? 君がいないのに、幸せになれって? ――君がいてくれるなら、それで十分なのに」
そう言ってにこりと、少女は微笑んだ。領主の頬を両手で叩く。
「さあ、自分の馬鹿さ加減がよーくわかったら、金目の物持ってとんずらしようか」
「――――――え?」
きょとんとした領主を腰に手を当てて見下ろし、少女は、首を傾げた。
「ぼくが出て行ったあと、何かいじった? ああ、いいや。見て来る。君は…そうだな、人が来てないか見てて」
「お…おい?」
「何?」
「僕は――ここを放置していくのは」
「君ね。もう、君が領主としての働きをしてないのは自覚してるだろ? 心配しなくたって、一族の誰かがどこかから来て何とかするよ。責任放棄を嘆くなら、十年は手遅れだね」
絶句してしまった領主を放置して、少女は素早く動いた。
実のところ、この城で暮らし始めた当初から目はつけていた。そのあたりは、育ちがものを言った。
少女は、階段を上ったところで領主を振り返った。呆然と、しかしその眼は少女を追っている。それを知って、少女は少しだけ笑顔を歪めた。
「ごめんね。きっと、君はこのまま消えた方が幸せかもしれない。でもぼくは、それだと厭なんだ。――気まぐれにぼくを拾ったのが運の尽きだって、諦めてね」
――そうして、数多くの人を呑み込んだ城は、城主の失踪と共に噂の中に没した。
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