回りくどい帰結

来条恵夢

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引越

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 引き戸を開けると、たたきと呼びたくなるような靴脱ぎ場と靴箱、一段低い式台。
 和風なのはそこまでで、片側に本棚のそびえ立つ廊下を抜けると、広々とした対面式のダイニングキッチンがあった。そことつながったリビングの端には階段と、更に廊下が伸びている。風呂場とトイレは廊下の途中に扉があって、その向かいにも三室ほど個室がある。

「玄関に一番近いところは、たまに葉月ハヅキが潜り込むから開けといてやってくれ。奥に二部屋あるけど、一部屋は気付いたら図書室みたいになってたから地震来たら埋まる」
「二階は?」
「一応二部屋客間ってことにしてるけど、基本俺のエリア」

 使いやすそうなシステムキッチンについ視線を向けながら、雪季セッキは、興味のない風に、へえ、とだけ声をこぼして応じた。階段に扉がないので、下手をすればキッチンの匂いが全て二階に上がりそうなものだが、それは気にならないのだろうか。
 アキラが一度は止めた足を再度進めたので、雪季も、後に続く。奥の部屋に行くようだった。
 右の扉を開くと、扉を除いた壁面全てに天井までぴたりとめ込まれた本棚が立っていた。玄関からの廊下も似たようなものだったが、どれもに本が詰まっている。

「なんやかんやでたまっていって、気付いたらこのありさま。好きに読んでいい」
「…整理くらいしないのか」

 巻数が飛んでいたり、漫画の隣に哲学書が並んでいたりする。子ども向けの絵入り辞典もあれば、数年前のベストセラーも、古典の全集の一部があったり、何の雑誌かわからないが無造作に詰め込んであったりもする。
 床に積み上がっていないだけ大したものといったところか。
 芝居がかったように腕組みして首を傾げた英は、うーん、と口に出して唸ってみせた。やはり、作り物めいている。

「みんな、適当に抜いて行くから。半分廃棄場所みたいな扱いだったし」
「…本当に、複数で住んでたんだな」
「え? 何、そんなとこ疑ってたのか?」
「あまり共同生活に向いてるとは言えないだろう」
「失礼な」

 この建物は、一応は社員寮と呼ばれているらしい。実際、何人かが住んでいた時期もあるのだと。
 雪季の家賃も、光熱費も込みで住宅手当で全てまかなえるという破格の扱いだ。その上、月に一度はハウスクリーニングが入る。
 これだけの好条件で今は家主の英以外はいないとなれば、やはり何かしらの問題は発生したのだろうか。

「まあ、共同生活よりもシェアハウスに近いかな。二階にはほとんど上がらせなかったし、俺は外泊も多かったから、考えてみたらそれほど一緒に暮らしてるって感じは少なかったかも」

 それでは避けられている要因は英自身ではないのだろうかと、雪季は更に失礼なことを重ねて考えた。
 しかし、続いて開かれた向かいの部屋は十畳ほどの和室で、押し入れまでついている。ここだけ畳で二番目に狭いかな、と言ったので、一人暮らしなら十分な広さだろう。
 これが実質タダであれば、喜んで使いそうなものだが。十人足らずの社員は、半数ほどが一人暮らしだったはずだ。

「この部屋を借りていいか」
「どうぞ。布団は押し入れに一揃い、タオルとかも風呂場にあるはずだし、スウェットくらいなら誰か置いて行ってるはず。ああ、どれもちゃんと洗濯済み」

 ここはホテルか何かか。呆れた雪季の視線に気づいたのか、英は肩をすくめた。

「帰宅難民化したときとか、飲みすぎて終電逃したときとか、ふらっと来て泊まっていくのもいるから。たまり場みたいなところもあるかも。…ところで、荷物、本当にそれだけ? 高校の修学旅行でもそんなかばんだったよな? この間の旅行の時の方が多くなかったか?」

 「そんな」ではなく、修学旅行の時に使ったものと同じかばんだ。布団は要らないと言われたので、身の回りの品ならかばん一つに収まってしまう。

「この間は、レンタル品がほとんどだ。何故か、荷物の少ない女は少ないからな」
「あー…なるほど」

 先日の船旅では、結局無意味ではあったが女性を装ってのものだったために、装飾品や小物自体が多いことに加え、それらしく見せるためのダミーも詰め込んでいた。
 雪季自身の荷物であれば、一週間程度なら、部屋の隅に下ろしたこのかばんよりも小さくても収まる。
 古風な文机だけが置かれた室内をぐるりと見遣り、雪季は部屋を出た。今度は逆に、英が後をついて来る。

「とりあえず、見るぞ」
「今は誰も住んでないから好きに…え、二階?」
「…一応、護衛も兼ねてという話だったはずだが?」
「真面目ー」
「やらなくていいか?」 

 立ち止まって睨みつける。階段の途中だったので、身長の高い英を珍しく見下ろせる。その表情がやけに楽しそうで、雪季は、うっかりとこのまま蹴落としてやろうかと思ってしまう。

「頼りにしてるよ、雪季」 

 深々と、ため息が落ちた。
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