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来客
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玄関のチャイムが鳴らされ、雪季は鍋の火を最弱にした。
インタホンはないので、直接向かうしかない。雪季自身は宅配や来客の心当たりはないが、気の向いたときしかチャイムの音にも電話の着信にも反応しない家主の予定までは知らない。
そうして玄関口で、あいつの客かと納得する。
「え。…え?」
「ちょっと待ってくれ」
スーツ姿で土産っぽい紙袋を下げた、同年代の――というか同い年の男が、面喰らった風にまばたきしている。
雪季は特に説明することもなく、顔を見合わせてごく短い言葉を残したきりで踵を返した。家主は二階を丸々使っているので、階下から声をかける。
「おい、客。降りて来い」
「えー客ー?」
雪季の元クラスメイトで現在の家主で雇い主は、心当たりのない様子で降りて来る。
休日のお父さんといった格好なのに垢抜けているのは、元々の見てくれがいいからなのか、纏っている服のメーカーの威力なのか、雪季には知る由もない。そして、どうでもいい。
「篠原」
「別に客じゃない…って入って来るな、不法侵入! 仮にも警察官だろう、守れ!」
威嚇する猫のように声を棘立てる様子に、珍しいと、つい見入る。しかしそれもわずかな間で、雪季は、キッチン兼リビングの入り口でぽかんと立ち尽くしている篠原を一瞥して、鍋の元へと移動した。
夕飯用のミートソース作りだが、あとは煮込むだけなので急ぐ必要もないだろう。火を落とす。まだ、三時のお茶にも早い時間だ。
「お湯くらい沸かせるだろ」
「人を生活無能者みたいに言わないでほしいけどその前にどこ行くつもりだ?」
これも珍しく、睨みつけてくる家主にわずかに首を傾げる。
「お前に用があるんだろ? 俺は部屋に戻る」
「俺も用なんてない。帰れ」
最後は雪季にではなく篠原に向けてだが、随分な対応だなと、つい物珍しく視線を向けてしまった雪季と、やはり威嚇する猫のように睨みつける家主と、二人分の視線を受けた来客は、数拍置いて吹き出した。
腹を抱えて笑う、という慣用句は知っているが、実際に腹を抱えて大笑いする人間は初めて見たかもしれない、と雪季は思った。
そこで、雪季の携帯端末が鳴った。
ズボンのポケットから引き抜いて画面を見ると、同僚からの連絡だった。ただし、完全な私用。
『望む、魔法使い』
短い文章に、張り付けられたURL。雪季も短く返す。
『誤送信?』
プラス、家主のID。
『楽園追放する気か!?』
『ゲームはやらないって言ってるだろ』
『何事もチャレンジあるのみ!』
やたらと炎をあしらったイラストが続く。
『知らん』
それを最後に、ポケットに戻す。まだ鳴っているが、放置して問題ないだろう。
そこで顔を上げると、家主が恨めし気な眼で雪季を見ていた。更に、篠原からもやたらと興味津々な視線を感じる。うるさい笑い声が収まったのはいいが、何故こちらに注目が集まっているのかがわからない。
無言で、雪季は冷蔵庫を開けた。貰い物の缶ジュースを一つ取り、自室へと向かおうとする。が、家主の横を通ったところを腕をつかんで止められる。
「だから。俺は関係ないだろ、積もる話でもあるなら勝手にやってろ」
「ないって! これは勝手に押しかけて来るだけ、不法侵入者!」
「…仮にも高校以来の友人だろ?」
「友達なんかじゃない!」
はて、と、雪季は首を捻る。
高校時代、この家主とは一年と二年で同じクラスだったが、二年で同じクラスだった篠原とはよくつるんでいたように思うのだが。二人とも、クラスではごく自然に中心になるような目立つ生徒だった。
「ひどいなあ、せっかく、こうやって手土産も持参したっていうのに。友達じゃないなんて断言されるとは、思ってもみなかったなあ。ひどいよねえ」
背後を取られそうになって、雪季は半身を向けた。篠原は家主――英と同じくらいの身長なので、雪季よりも頭半分くらいは高いところから見下ろされることになる。
「ところで君は、英の新しい恋人?」
「間借り人だ。ついでに断っておくが、男だ」
高校で同じクラスにいたことは完全に忘れられているな、と、そのことには腹も立てず、ただ、普段着でごく普通に喋っているのに何故間違えるとそこには多少苛立って、強調しておく。
だが篠原は、面白そうに笑った。
「それはわかるけど、アキラってどっちもOKだったよね?」
「…とりあえず恋人ではないしなる予定もない」
「だーかーらー、出て行け、帰れ、二度と来るな不良刑事!」
「刑事?」
「まだ見習いみたいなものだけどね。それに、腰掛程度だし。いわゆるキャリア組だから」
先日まで殺人を仕事としていた身としては、あまり関わり合いたい職種ではない。雪季は曖昧に頷きを落とし、さりげなく英の脇腹に肘を喰らわせた。ようやく緩んだ手を振り払い、それでもまだ袖をつかまれたので叩き落とす。
身をかがめ、やや涙目で見上げる眼にため息を落とし、階段を上がった。
背後で、またもや大笑いする篠原の声が聞こえた。
インタホンはないので、直接向かうしかない。雪季自身は宅配や来客の心当たりはないが、気の向いたときしかチャイムの音にも電話の着信にも反応しない家主の予定までは知らない。
そうして玄関口で、あいつの客かと納得する。
「え。…え?」
「ちょっと待ってくれ」
スーツ姿で土産っぽい紙袋を下げた、同年代の――というか同い年の男が、面喰らった風にまばたきしている。
雪季は特に説明することもなく、顔を見合わせてごく短い言葉を残したきりで踵を返した。家主は二階を丸々使っているので、階下から声をかける。
「おい、客。降りて来い」
「えー客ー?」
雪季の元クラスメイトで現在の家主で雇い主は、心当たりのない様子で降りて来る。
休日のお父さんといった格好なのに垢抜けているのは、元々の見てくれがいいからなのか、纏っている服のメーカーの威力なのか、雪季には知る由もない。そして、どうでもいい。
「篠原」
「別に客じゃない…って入って来るな、不法侵入! 仮にも警察官だろう、守れ!」
威嚇する猫のように声を棘立てる様子に、珍しいと、つい見入る。しかしそれもわずかな間で、雪季は、キッチン兼リビングの入り口でぽかんと立ち尽くしている篠原を一瞥して、鍋の元へと移動した。
夕飯用のミートソース作りだが、あとは煮込むだけなので急ぐ必要もないだろう。火を落とす。まだ、三時のお茶にも早い時間だ。
「お湯くらい沸かせるだろ」
「人を生活無能者みたいに言わないでほしいけどその前にどこ行くつもりだ?」
これも珍しく、睨みつけてくる家主にわずかに首を傾げる。
「お前に用があるんだろ? 俺は部屋に戻る」
「俺も用なんてない。帰れ」
最後は雪季にではなく篠原に向けてだが、随分な対応だなと、つい物珍しく視線を向けてしまった雪季と、やはり威嚇する猫のように睨みつける家主と、二人分の視線を受けた来客は、数拍置いて吹き出した。
腹を抱えて笑う、という慣用句は知っているが、実際に腹を抱えて大笑いする人間は初めて見たかもしれない、と雪季は思った。
そこで、雪季の携帯端末が鳴った。
ズボンのポケットから引き抜いて画面を見ると、同僚からの連絡だった。ただし、完全な私用。
『望む、魔法使い』
短い文章に、張り付けられたURL。雪季も短く返す。
『誤送信?』
プラス、家主のID。
『楽園追放する気か!?』
『ゲームはやらないって言ってるだろ』
『何事もチャレンジあるのみ!』
やたらと炎をあしらったイラストが続く。
『知らん』
それを最後に、ポケットに戻す。まだ鳴っているが、放置して問題ないだろう。
そこで顔を上げると、家主が恨めし気な眼で雪季を見ていた。更に、篠原からもやたらと興味津々な視線を感じる。うるさい笑い声が収まったのはいいが、何故こちらに注目が集まっているのかがわからない。
無言で、雪季は冷蔵庫を開けた。貰い物の缶ジュースを一つ取り、自室へと向かおうとする。が、家主の横を通ったところを腕をつかんで止められる。
「だから。俺は関係ないだろ、積もる話でもあるなら勝手にやってろ」
「ないって! これは勝手に押しかけて来るだけ、不法侵入者!」
「…仮にも高校以来の友人だろ?」
「友達なんかじゃない!」
はて、と、雪季は首を捻る。
高校時代、この家主とは一年と二年で同じクラスだったが、二年で同じクラスだった篠原とはよくつるんでいたように思うのだが。二人とも、クラスではごく自然に中心になるような目立つ生徒だった。
「ひどいなあ、せっかく、こうやって手土産も持参したっていうのに。友達じゃないなんて断言されるとは、思ってもみなかったなあ。ひどいよねえ」
背後を取られそうになって、雪季は半身を向けた。篠原は家主――英と同じくらいの身長なので、雪季よりも頭半分くらいは高いところから見下ろされることになる。
「ところで君は、英の新しい恋人?」
「間借り人だ。ついでに断っておくが、男だ」
高校で同じクラスにいたことは完全に忘れられているな、と、そのことには腹も立てず、ただ、普段着でごく普通に喋っているのに何故間違えるとそこには多少苛立って、強調しておく。
だが篠原は、面白そうに笑った。
「それはわかるけど、アキラってどっちもOKだったよね?」
「…とりあえず恋人ではないしなる予定もない」
「だーかーらー、出て行け、帰れ、二度と来るな不良刑事!」
「刑事?」
「まだ見習いみたいなものだけどね。それに、腰掛程度だし。いわゆるキャリア組だから」
先日まで殺人を仕事としていた身としては、あまり関わり合いたい職種ではない。雪季は曖昧に頷きを落とし、さりげなく英の脇腹に肘を喰らわせた。ようやく緩んだ手を振り払い、それでもまだ袖をつかまれたので叩き落とす。
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背後で、またもや大笑いする篠原の声が聞こえた。
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