回りくどい帰結

来条恵夢

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散髪

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 何故こうなった、というのは、アキラに関わってからやたらと言いたくなる回数が増えたフレーズだ。何故、英の髪を切ることになったのか、どこで間違えたのかが雪季セッキにはわからない。
 まあどこで間違えたかと言えば、もう十年近くも前の、初仕事を目撃されたところで。迂闊な自分を呪うしかないが、ほぼ偶然の産物でもあるので、回避のしようはなかったような気もする。

「微妙に暑い、れる」
「文句を言うな。というか、喋るな。動かれると切り間違える」

 ゴミ袋に貫頭衣のように頭が通る穴をあけてかぶせた間抜けな格好の英は、どこか楽しそうだから不可解だ。床には新聞紙を敷いて、切った髪が落ちるようにはしているが、掃除機はかけなければならないだろう。
 何が哀しくて、深夜に同級生の髪を整えなければならないのか。
 理由は、少し前の英の行動にある。風呂を出た雪季を待っていたかのように目の前で、前髪の一部を切り落とした英に。

『できるかと思ったけど難しいな。雪季、切って』
『…だからプロに頼めと…』
『もう夜だし、明日は朝一で田邊さんと会うし』

 探せば、深夜にやっている店や早朝にやっている店が見つかるか、あるいは英の人脈で美容師に無理を頼み込むこともできたのではないかと思う。だが、当人ががんとしてうなずかない。
 こんなの人に見られるの嫌だし、睡眠時間減るし、と、大して気にしていないだろうにもっともらしい理屈だけは見つけ出して駄々をこねる。
 結局、雪季が折れた。とりあえず整えるだけ整えて、後でプロに見てもらえ、とは言い置いたが。

「…いっそバリカン買ってきて丸刈りにすれば…」
「いや待ってそれは厭だなんか厭」

 前髪を切っているので目をつぶっているが、声だけで変に感情豊かに伝えてくる。先ほどの会話ではないが、何故この馬鹿は自分を信用しているのだろうと雪季はいよいよわからなくなる。
 例えば雪季が密かに英の殺害依頼をけていれば、この首をき切るだけで全て終わるのに。

「…目、開けていいぞ」

 前髪が大分短くなったので、全体的に少し切り落としていく。
 喋るとわずかであっても体が動くので黙っていてほしいのだが、英は全く気にしない。美容師はこれを平然とやっているのかと、もう十年以上も縁がないが尊敬に近い想いを抱く。

「雪季は、子どもの頃ってお母さんに切ってもらってた?」
「…そうだな」

 殺されて、もうい母を思い出す。懐かしいような申し訳ないような、妙な気持ちが込み上げる。
 あまり器用な人ではなかったなと、不自然に真っ直ぐにそろってしまった髪先に文句を言った日が呼び起こされた。

「俺も。俺の母親っていうのが、子どもが欲しくて男と寝てたって人で」

 襟足を切っていて、英の表情は見逃した。以前聞いたときに、母親に捨てられたと言っていた気がしたが記憶違いだろうかと、思っているうちに淡々と話は進む。
 当たり前だが、自分の襟足を切るときは手触りだけがほぼ全てなので、目で見られる人の襟足えりあしは比べるとかなり切りやすい。

「理想の子ども像みたいなのがあったっていうか、要は自分の隷属物がほしかったってことだろうな。それだから、どうもこいつは違うぞ、ってわかってきて、恐がられて、高校の時にとうとうもう一人の製造元につき返されたんだけどさ」

 違うというのは、他の子どもということだろうか。それとも、ただ母親の言う通りに素直に全てを聞き入れるような子どもではなかったということだろうか。
 どちらにしても、その姿は英とは程遠い。あるいは、子どもの頃でなければ、完璧に演技をしてみせることもできたのかもしれないが。

「そんな人だから、髪も爪も、嬉々として切ろうとして。お母さんが切ってあげる、って。俺、あれ嫌いだった」
「…この状況で言うか?」
「いや、なんか、全然違うから逆に思い出した」

 なんだそれはと、耳にかかるあたりを切りながら、うっすらと笑みを浮かべたままの横顔につい目をやる。

「雪季は器用だし、やっぱり優しい。あれだけ厭だってごねてたのに、かなり気を遣って切ってくれてるだろ。もしかしたら、このまま首を切り落としてたかもしれないような相手だっていうのに」
「…依頼主がいない。今俺を雇ってるのはお前だろう」
「雪季は真面目だな」

 英の言う「優しい」は、どうしたって「甘い」に聞こえる。それを、その通りだと雪季は頷いてしまう。

「雪季はずっと、自分で切ってたのか?」
「高校くらいから。一時面倒になって伸ばしたこともあるが、鬱陶しくなって結局切った」
「あー。長い髪って面倒そう」
「…あまり男で伸ばす奴がいないせいか、女に間違われることが増えた」
「そっち!」

 遠慮なく吹き出され、予想はできたのにどうして喋ってしまったのだろうと軽く後悔する。何故こんな、友人同士のような会話をしているのだろうと、雪季は何かを見失った気分で戸惑う。
 隠すようなこともなく、気が楽なのだろうか。
 今まで、バイト先や仕事の調査などでまぎれ込んだ場所ではたから見れば友人のような付き合いをしたことはあるが、話せるはずもないことが多すぎて、雪季はかなり気を遣って言葉を選んでいた。
 そういうものでない友人もいるが、殺人業のことは話してはいない。

「でも雪季、女装するだろ? それなのにそういうのに腹立てるんだ?」
「理由があってちゃんと女装するなら、動きも変えるしタオルや詰め物で体の線も変えてる。普通にしてて間違われるのとは違う」
「あー…なるほどね」

 英が笑いをかみ殺すせいで、余計に体が揺れて少し短く切りすぎた。しまった、と思ったが、英の自業自得だということで気にしないことにする。
 最後にブラシと櫛で、切り離されても頭に残る髪を払い落す。

「後は、風呂で落として来い」
「ありがとう、雪季」

 なるべくくっついている髪を落とさないようにゴミ袋を外しながら、雪季は顔をしかめた。

「気になっていたんだが」
「何?」
「やたらと名前を呼ぶな。鬱陶しい」
「…そんなに言ってるか?」

 無自覚なのかと溜息が落ちる。呼ばれる方としては、慣れない。
 てっきり妙な嫌がらせやからかいだと思って文句を言おうとしていたのだが、気を削がれる。これで意識して減ればいいかと諦めて、雪季は敷いていた新聞紙とゴミ袋をひとまとめにした。
 丁度明日がごみの日だと思ってから、だから髪を切ろうとしていたのだったと、本来の目的が果たせていなかったことに気付いてうんざりとした。

「さっさと風呂に入れ。髪を落とすなよ」
「はーい」 

 子どものような「いい返事」をして立ち上がった英を見送り、雪季は、掃除機を取りに向かう。
 ざっと掃除機をかけたら、英が風呂から上がる前に自室に引き上げようと決める。これ以上、よくわからないことに付き合わされたくはない。

 後日、振り込まれる給料が別口で増えていて首を傾げた雪季に、英はどこかのフォーマットを丸ごと借りてきたような給与明細書を手渡してきた。名目は、「ハウスキーピング」。
 それにしては多い金額から察するに、護衛料はいつの間にか、家事代に化けていたらしい。
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