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女子会
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細く開いた扉から延びた手に、服の袖をつかまれた。
振り払うのは簡単だが、誰のものかは判っているので素直に従う。雪季を入れるために一瞬だけ大きく開かれた扉の奥は、パソコンが数台とサーバールームへと続く扉。基本的に社員には、この部屋も込みでサーバールームと呼ばれている。
「まだ仕事中」
「だって今日社長と直帰やん、仕事終わり待ってたらつかまらへんやん!」
「…それもそうか」
「あーもーせっくんひどいー」
駄々をこねる子どものように、つかんだ雪季の服を大げさに引っ張り続ける。何度見ても、彼女の素直な感情表現には感心してしまう。良し悪しは別として。
髪の色を染めるのをまた失敗したらしく、濁ったピンク色になっている。直接知り合ってまだ一月も経っていないというのに、これでもう三度目くらいに色の変化を目にしている。大体、微妙な色だ。
キャスターのついたイスに座ったままじたばたと足をばたつかせる同僚を見下ろし、さてと首を傾げた。
「用件は?」
「昨日の裏切りについて! メッセージも無視とかひどすぎるし!」
「返しただろ」
「知らん、で最後って人としてどうかと思うで?! 社長のIDとか要らんし! ていうかあの人ウチの楽園に招き入れたら呪うから!」
「ゲームは河東の方が得意だろ。多分」
「そーゆー問題じゃないしー!」
テンション高く叫びながら、決して雪季の服を離さない。のびるような素材ではないが、それだけに生地が傷みそうでやめてほしい。
服にこだわりのない雪季ではあるが、仕事中は誰と会うかわからないからとセミオーダーのスーツを作らされた。曜日ごとに着替えているような状態なので、一着脱落すると買い替えの時期がばらばらになって面倒だ。
社内では英を除けば唯一、雪季の前職を知っている葉月莉奈は、恨めし気に雪季をねめつける。
知っているのにこうも容易く接触してくるのが驚きだが、別に厭ではない。多少鬱陶しくはあるが。
英にスカウトされてネットワーク環境を一手に担い、果ては雪季のデジタルストーキングにまで着手した技能の持ち主。英が興したこの会社で調査部のエースでもある。
傷つけないようやんわりと指を離させて、雪季は、改めて彼女を見下ろした。
「一度は試しただろう、ああいうのは苦手なんだ。誘ってくれるのは嬉しいが、他を当たってくれ」
「うう…わかった…」
あからさまにしょげかえる様は気の毒に思わなくもないが、だからといって雪季が無理をして付き合うようなことでもない。そもそも、葉月の誘うネットゲームにおいて、彼女は有名人でパーティーを組むにも選び放題のはずだ。
あーあー、とため息をつきながらイスごとぐるぐると回る様子に、もういいかと閉じられた扉を見る。
先ほど宣言した通りにまだ仕事中で、もうしばらくすれば社長の英と一緒に外出の予定がある。
秘書と言いつつ、雪季の仕事は英と社員の連絡係のような役割が強く、英が自分で組んだ度々変更のあるスケジュールを小まめに社員に流したり、見聞きした情報を共有するために伝えたり、予定外に出歩くくせになかなか電話に出ない英の代わりに連絡を受けたりと、お目付け役というのがしっくりくるようなことしかしていない。
それなのに、今までさんざん振り回されてきたのか、たまに陰からひっそり拝まれていたりするから社員たちが気の毒になる。
「せっくんはさー? 優しいんか厳しいんか、怖いんか、わからへんよなー」
何をどう応えたものか、わからずにじっと見る。葉月は、そんな視線を払うようにぱたぱたと手を動かした。
「社長に気に入られてまうのもわかるってコト。なんかこう、鏡っぽいよな。いいことも悪いことも、容赦なくそのまんま返してくる感じ」
「映したものをそのまま反射する鏡は少ないぞ」
「へ?」
「映り方、加工してあるはず」
「え。えーっ!?」
驚いた顔を即座にパソコンのモニタに向け、検索を始める。そのまま驚くべき速さでテキストを読み込み、うわーまじかーと呻き声を上げた。
肩をすくめ、雪季はそんな彼女に背を向けた。
「あ。そーや今日、カナちゃんと女子会するんやけど、せっくん混ざる?」
「…女子会、だろ」
「固いこと言わへんー」
そういう問題だろうか。
突っ込めばそれだけ長引くので、雪季は振り返ってしっかりと葉月の眼を捕らえた。
「やめておく。何時に終わるかもよくわからないし」
「そっかー。会社のお金で飲み食いって、うらやましいようでうらやましくないなー。なんか、箸の上げ下ろしにも気ぃつかいそう」
「面倒なのは確かだな」
それじゃあと、今度こそ部屋を出る。
腕時計で確認すると、まだ出るには時間がある。だが、そろそろ準備をしないと下手をすると間に合わなくなりかねない。
まずは向かいの休憩スペースを覗き、無人なのを確認して、ワンフロアで見渡せる事務所に視線を向ける。
英が興したのは、平たく言えばコーディネーターを大掛かりにしたようなものだということで、要は、人と人とを会わせることがメインだ。
精密機器のメーカーに極小の螺子をつくる工場を紹介したり、新規事業を考えている企業に研究費を求めている研究者を引き会わせたり。英の個人ネットワークもだが、情報収集がものをいう。
そんな、一番の大所帯の調査部が別室の莉奈を入れても三人。うち一人は、広報と営業も兼ねている。事務が一人に、法務担当が二人。雪季と社長の英を入れても十人に足りない。
少ないと言えば少ないが、英曰く「人と会うだけ」の仕事でこの人数を養えるというのは、充分すぎるくらいだろう。
雪季としても、情報が金になるというところまではわかるとしても、こういったことが商売になるというのは意外だった。
「社長見てませんか?」
「さっきまでそこに」
応えたのは、法務担当の片割れ。もう一人は、ホワイトボードには外出中のマグネットが貼られている。他に、営業と事務も出ていて、調査部は一人が有給休暇中。
つまり現在、見える通りに一人しか社員が残っていない。
「多分そっち入ってった気がする。メール送ってるから見てって言っといて」
「応接? 客ですか?」
「誰もいないはず。寝てんじゃない? あの人、眠り浅いとかでまとめて眠れない代わりにちょこちょこ寝てるよ」
熟睡している姿しか記憶になく、内心首を傾げるがそういうことにしているのかもしれないと流しておく。
「わかりました、たたき起こします」
おー、と、何故か拍手された。
「あのさ、あのさ…雪季…くん?」
「呼び捨てでいいですよ」
入社時期は二年ほど前で、年齢は二つほど上だったはずだ。そうなると完全に先輩で、扱いに躊躇う必要はないだろうにと雪季は少しばかり不思議に思った。そもそも、それまでの言葉遣い自体はざっくばらんなものだ。
見ると、何故か視線を逸らされた。
「いやー…なんかそれ社長が機嫌悪そうっていうかー…結構気分屋だしさー。なんで中原かぶっちゃったかなー」
そう言う本人が中原姓で、雪季まで中原と呼ぶとややこしいため、自然と下の名前で呼ばれる流れになった。雪季もそういうものだろうと思ったが、そういえば、この社員に名を呼ばれたのは初めてかも知れない。
「気にしなくていいんじゃないですか? 気分屋の相手をするだけ損ですよ」
「強い…強いな、君。そんなだから社長とやっていけてるのかなー」
「苦手な人間が上司というのはちょっと面倒ですね」
「あ、いや、そこまで深刻な話じゃなくって。うーん、いや、俺の話の持って行き方が悪かったんだろうけど…雪季君、辞めないよな?」
「はい?」
これには面喰って、少しばかり声が大きくなった。
中原は応接室に一度視線を向けて、いやいやいやと大きく手を振った。演劇青年だったという中原は、そのせいか、身ぶりがやたらと大きい。
「これ、パワハラとかセクハラになると思ったら言ってほしいんだけど」
「はあ」
「…社長と付き合ってる?」
がくりと、雪季の首が落ちる。本当に、思っていた以上に節操なしだったのだなと思う。
「それだけはないです」
「そっか、良かった、いや、うん、そうだろうとは思ったんだけど! たまーにあの人、付き合ってる子とか秘書にって連れて来ちゃうから! そういう子って大体別れると辞めちゃうからさ! 雪季君いてくれると今までになくスムーズだし辞めてほしくないなって!」
「…二月ほど、秘書役の人いなかったんでした?」
「そう! もうあれ大変で! 笹倉さんと三浦さんと四十万さんメインで回してたんだけど、オレに回ってくることもあって! 山本さんとか葉月ちゃんは絶対そういうのやんないし、二人のサポートあったから俺らでもなんとかなったってとこもあるけど、もう秘書やる日ってめっちゃ気が重くて吐くかと思ったし!」
「お疲れ様です」
そこまで大変だったのか、と、あまりに目が虚ろすぎて同情すら覚える。
山本や葉月のサポートというのは、雪季も世話になっている。何分、人に会うのが仕事という面があるので、あまりに多くの人に会うことになるがその全てを覚えられるわけではない。
そこで、写真を撮って情報部に送ると誰かを特定して教えてくれる。携帯端末を構えては目立つからと、ペン型のカメラまで用意して携帯端末とペアリングしてある。どこの探偵組織だ。
言い終えてすっきりしたのか、少しばかり中原の眼が和らぐ。
「雪季君って、社長の高校の友達だったっけ?」
「いえ、同じ学校だけど親しくはありませんでした。会ったのは数年ぶりです」
「へえ。それにしては遠慮がないというか気が合ってるというか。まあ、そういうものかな。何にしても、オレらにはラッキーだった。…辞めないでね?」
「はあ、まあ、給料いいですし」
「うん、給料大事だよね。ああ、ごめん、引き止めた」
「いえ」
法律関係は雪季にはよくわからないが、数少ない社員のうちの二人をその担当に割くくらいには重視しているのだろう。
仕事が重荷になっていなければいいがと思うと同時に、雪季自身はおろそかにしているつもりはないが仕事を大真面目にしているわけではないので、申し訳なさも感じる。
実際、連絡係でしかないので役立っている実感は薄い。英が気分屋でなければ、必要もない役割でもあるだろう。バイトや前職の仕込みで潜り込んでいたような職場ではなかった責任感や連帯感に、柄にもなく気後れする。
「あ、雪季君」
「はい?」
「オレも名前でいいから。自分の名字にさんとかつけづらいだろ」
雪季としては違和感はあってもどうとでもできる代物だが、わざわざ気遣ってくれるのだから断るのも悪いような気がする。結局、曖昧に誤魔化して礼だけ言っておいた。
振り払うのは簡単だが、誰のものかは判っているので素直に従う。雪季を入れるために一瞬だけ大きく開かれた扉の奥は、パソコンが数台とサーバールームへと続く扉。基本的に社員には、この部屋も込みでサーバールームと呼ばれている。
「まだ仕事中」
「だって今日社長と直帰やん、仕事終わり待ってたらつかまらへんやん!」
「…それもそうか」
「あーもーせっくんひどいー」
駄々をこねる子どものように、つかんだ雪季の服を大げさに引っ張り続ける。何度見ても、彼女の素直な感情表現には感心してしまう。良し悪しは別として。
髪の色を染めるのをまた失敗したらしく、濁ったピンク色になっている。直接知り合ってまだ一月も経っていないというのに、これでもう三度目くらいに色の変化を目にしている。大体、微妙な色だ。
キャスターのついたイスに座ったままじたばたと足をばたつかせる同僚を見下ろし、さてと首を傾げた。
「用件は?」
「昨日の裏切りについて! メッセージも無視とかひどすぎるし!」
「返しただろ」
「知らん、で最後って人としてどうかと思うで?! 社長のIDとか要らんし! ていうかあの人ウチの楽園に招き入れたら呪うから!」
「ゲームは河東の方が得意だろ。多分」
「そーゆー問題じゃないしー!」
テンション高く叫びながら、決して雪季の服を離さない。のびるような素材ではないが、それだけに生地が傷みそうでやめてほしい。
服にこだわりのない雪季ではあるが、仕事中は誰と会うかわからないからとセミオーダーのスーツを作らされた。曜日ごとに着替えているような状態なので、一着脱落すると買い替えの時期がばらばらになって面倒だ。
社内では英を除けば唯一、雪季の前職を知っている葉月莉奈は、恨めし気に雪季をねめつける。
知っているのにこうも容易く接触してくるのが驚きだが、別に厭ではない。多少鬱陶しくはあるが。
英にスカウトされてネットワーク環境を一手に担い、果ては雪季のデジタルストーキングにまで着手した技能の持ち主。英が興したこの会社で調査部のエースでもある。
傷つけないようやんわりと指を離させて、雪季は、改めて彼女を見下ろした。
「一度は試しただろう、ああいうのは苦手なんだ。誘ってくれるのは嬉しいが、他を当たってくれ」
「うう…わかった…」
あからさまにしょげかえる様は気の毒に思わなくもないが、だからといって雪季が無理をして付き合うようなことでもない。そもそも、葉月の誘うネットゲームにおいて、彼女は有名人でパーティーを組むにも選び放題のはずだ。
あーあー、とため息をつきながらイスごとぐるぐると回る様子に、もういいかと閉じられた扉を見る。
先ほど宣言した通りにまだ仕事中で、もうしばらくすれば社長の英と一緒に外出の予定がある。
秘書と言いつつ、雪季の仕事は英と社員の連絡係のような役割が強く、英が自分で組んだ度々変更のあるスケジュールを小まめに社員に流したり、見聞きした情報を共有するために伝えたり、予定外に出歩くくせになかなか電話に出ない英の代わりに連絡を受けたりと、お目付け役というのがしっくりくるようなことしかしていない。
それなのに、今までさんざん振り回されてきたのか、たまに陰からひっそり拝まれていたりするから社員たちが気の毒になる。
「せっくんはさー? 優しいんか厳しいんか、怖いんか、わからへんよなー」
何をどう応えたものか、わからずにじっと見る。葉月は、そんな視線を払うようにぱたぱたと手を動かした。
「社長に気に入られてまうのもわかるってコト。なんかこう、鏡っぽいよな。いいことも悪いことも、容赦なくそのまんま返してくる感じ」
「映したものをそのまま反射する鏡は少ないぞ」
「へ?」
「映り方、加工してあるはず」
「え。えーっ!?」
驚いた顔を即座にパソコンのモニタに向け、検索を始める。そのまま驚くべき速さでテキストを読み込み、うわーまじかーと呻き声を上げた。
肩をすくめ、雪季はそんな彼女に背を向けた。
「あ。そーや今日、カナちゃんと女子会するんやけど、せっくん混ざる?」
「…女子会、だろ」
「固いこと言わへんー」
そういう問題だろうか。
突っ込めばそれだけ長引くので、雪季は振り返ってしっかりと葉月の眼を捕らえた。
「やめておく。何時に終わるかもよくわからないし」
「そっかー。会社のお金で飲み食いって、うらやましいようでうらやましくないなー。なんか、箸の上げ下ろしにも気ぃつかいそう」
「面倒なのは確かだな」
それじゃあと、今度こそ部屋を出る。
腕時計で確認すると、まだ出るには時間がある。だが、そろそろ準備をしないと下手をすると間に合わなくなりかねない。
まずは向かいの休憩スペースを覗き、無人なのを確認して、ワンフロアで見渡せる事務所に視線を向ける。
英が興したのは、平たく言えばコーディネーターを大掛かりにしたようなものだということで、要は、人と人とを会わせることがメインだ。
精密機器のメーカーに極小の螺子をつくる工場を紹介したり、新規事業を考えている企業に研究費を求めている研究者を引き会わせたり。英の個人ネットワークもだが、情報収集がものをいう。
そんな、一番の大所帯の調査部が別室の莉奈を入れても三人。うち一人は、広報と営業も兼ねている。事務が一人に、法務担当が二人。雪季と社長の英を入れても十人に足りない。
少ないと言えば少ないが、英曰く「人と会うだけ」の仕事でこの人数を養えるというのは、充分すぎるくらいだろう。
雪季としても、情報が金になるというところまではわかるとしても、こういったことが商売になるというのは意外だった。
「社長見てませんか?」
「さっきまでそこに」
応えたのは、法務担当の片割れ。もう一人は、ホワイトボードには外出中のマグネットが貼られている。他に、営業と事務も出ていて、調査部は一人が有給休暇中。
つまり現在、見える通りに一人しか社員が残っていない。
「多分そっち入ってった気がする。メール送ってるから見てって言っといて」
「応接? 客ですか?」
「誰もいないはず。寝てんじゃない? あの人、眠り浅いとかでまとめて眠れない代わりにちょこちょこ寝てるよ」
熟睡している姿しか記憶になく、内心首を傾げるがそういうことにしているのかもしれないと流しておく。
「わかりました、たたき起こします」
おー、と、何故か拍手された。
「あのさ、あのさ…雪季…くん?」
「呼び捨てでいいですよ」
入社時期は二年ほど前で、年齢は二つほど上だったはずだ。そうなると完全に先輩で、扱いに躊躇う必要はないだろうにと雪季は少しばかり不思議に思った。そもそも、それまでの言葉遣い自体はざっくばらんなものだ。
見ると、何故か視線を逸らされた。
「いやー…なんかそれ社長が機嫌悪そうっていうかー…結構気分屋だしさー。なんで中原かぶっちゃったかなー」
そう言う本人が中原姓で、雪季まで中原と呼ぶとややこしいため、自然と下の名前で呼ばれる流れになった。雪季もそういうものだろうと思ったが、そういえば、この社員に名を呼ばれたのは初めてかも知れない。
「気にしなくていいんじゃないですか? 気分屋の相手をするだけ損ですよ」
「強い…強いな、君。そんなだから社長とやっていけてるのかなー」
「苦手な人間が上司というのはちょっと面倒ですね」
「あ、いや、そこまで深刻な話じゃなくって。うーん、いや、俺の話の持って行き方が悪かったんだろうけど…雪季君、辞めないよな?」
「はい?」
これには面喰って、少しばかり声が大きくなった。
中原は応接室に一度視線を向けて、いやいやいやと大きく手を振った。演劇青年だったという中原は、そのせいか、身ぶりがやたらと大きい。
「これ、パワハラとかセクハラになると思ったら言ってほしいんだけど」
「はあ」
「…社長と付き合ってる?」
がくりと、雪季の首が落ちる。本当に、思っていた以上に節操なしだったのだなと思う。
「それだけはないです」
「そっか、良かった、いや、うん、そうだろうとは思ったんだけど! たまーにあの人、付き合ってる子とか秘書にって連れて来ちゃうから! そういう子って大体別れると辞めちゃうからさ! 雪季君いてくれると今までになくスムーズだし辞めてほしくないなって!」
「…二月ほど、秘書役の人いなかったんでした?」
「そう! もうあれ大変で! 笹倉さんと三浦さんと四十万さんメインで回してたんだけど、オレに回ってくることもあって! 山本さんとか葉月ちゃんは絶対そういうのやんないし、二人のサポートあったから俺らでもなんとかなったってとこもあるけど、もう秘書やる日ってめっちゃ気が重くて吐くかと思ったし!」
「お疲れ様です」
そこまで大変だったのか、と、あまりに目が虚ろすぎて同情すら覚える。
山本や葉月のサポートというのは、雪季も世話になっている。何分、人に会うのが仕事という面があるので、あまりに多くの人に会うことになるがその全てを覚えられるわけではない。
そこで、写真を撮って情報部に送ると誰かを特定して教えてくれる。携帯端末を構えては目立つからと、ペン型のカメラまで用意して携帯端末とペアリングしてある。どこの探偵組織だ。
言い終えてすっきりしたのか、少しばかり中原の眼が和らぐ。
「雪季君って、社長の高校の友達だったっけ?」
「いえ、同じ学校だけど親しくはありませんでした。会ったのは数年ぶりです」
「へえ。それにしては遠慮がないというか気が合ってるというか。まあ、そういうものかな。何にしても、オレらにはラッキーだった。…辞めないでね?」
「はあ、まあ、給料いいですし」
「うん、給料大事だよね。ああ、ごめん、引き止めた」
「いえ」
法律関係は雪季にはよくわからないが、数少ない社員のうちの二人をその担当に割くくらいには重視しているのだろう。
仕事が重荷になっていなければいいがと思うと同時に、雪季自身はおろそかにしているつもりはないが仕事を大真面目にしているわけではないので、申し訳なさも感じる。
実際、連絡係でしかないので役立っている実感は薄い。英が気分屋でなければ、必要もない役割でもあるだろう。バイトや前職の仕込みで潜り込んでいたような職場ではなかった責任感や連帯感に、柄にもなく気後れする。
「あ、雪季君」
「はい?」
「オレも名前でいいから。自分の名字にさんとかつけづらいだろ」
雪季としては違和感はあってもどうとでもできる代物だが、わざわざ気遣ってくれるのだから断るのも悪いような気がする。結局、曖昧に誤魔化して礼だけ言っておいた。
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