回りくどい帰結

来条恵夢

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女子会

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「入ります」

 応接の戸をノックして、声をかけて返事は待たずに開ける。中にアキラはいたが、寝てはいなかった。

「なんだ、起きてたのか。そろそろ出るぞ」
「うん。行くか」

 中原に出掛けると声をかけ、ついでにそのまま直帰なのであいさつもして、地下の駐車場に向かう。
 社用車もねている英の車を、一通り点検する。一度、その様子を目撃した笹倉ササクラに、教習所以外でそこまで点検してる人って見たことがない、と言われた。タクシー会社では普通だろうが、確かにあまり個人ではやらないかもしれない。
 その間に、英は先ほど中原から言われていたメールの添付ファイルを確認している。

「これって、俺立ち会わないと駄目? 雪季セッキが点検してから呼びに来てくれたらいいんじゃないか?」
「お前が呼んで来るならそれでもいいんだがな。メールもメッセージも着信も無視するならはじめから連れてくるしかないだろ」
「終わってから探しに来てくれればいいのに」
「その間に細工されたら点検した意味がないんだが?」
「あー…」

 相変わらず、呑気だ。本当にこれで命を狙われているのかと思うが、この短期間にブレーキの細工を直したことがあるので、残念ながら事実だ。
 納得したところで、英が運転席に、雪季が助手席に座る。何度か運転を申し出たのだが、あまり譲らない。運転を楽しんでいるのなら邪魔をするのも悪いかとは思う。

「そうだ俺、今日はデートだから帰りは運転よろしく。駅で下ろして」
「わかった」

 目的地まではそう遠くない。時間がないかもしれないと思いつつ、言葉をぐ。

「お前がこれだけ狙われている理由を、聞いてもいいか」
「ようやくだな」

 嬉しそうに笑うのがしゃくさわるが、首謀者がわかれば対策も立てやすくはなる。逆に、先入観のフィルターもかけかねないのだが、そのあたりはうまくやるしかない。

「そうだなあ…俺のじーさまっていうのが、見事な一代での成り上がりの人で。波乱万丈な半生で山あり谷ありだったらしいんだけど、今は上手い具合に山のあたりで止まってるらしくって。で、子どもも孫もわらわらといて。ただ、じーさまは自分の子どもや孫だからって、苦労して稼いだ財産を渡すのもなんだかなーって思ってるらしくて」

 そう言えば雪季の祖父母はもうく、これももう亡い両親には兄弟もいなかったらしいので、親戚はいるとしてもかなりの遠縁しか残っていないはずだが、命を狙っているのがそういった血縁者となると、いない方が気楽だろうと思う。
 以前仕事の関係でざっと調べた英の血縁者を考えても、愛人の子だったり離婚や再婚を繰り返したりと、かなりややこしいことになっている。英自身、母親と父親に婚姻関係はない。

「高校を卒業した時に、結構な額のお金をもらってさ」
「入学祝ってことか?」
「いやいや、けたが違う。で、利子は要らないから十年後に返せ、と。使う内容は好きにしろ、と」
「…なんだそれ」

 運転のために前を見たまま、英は、皮肉気に笑みを浮かべる。

「別に、それで遺産遺す相手を決めるとは言ってないんだけどな。でもそんなことされたら、いかに増やせるかを見て後継者決めようとしてるんじゃないかって思っても仕方ないだろ? でまあ俺は、遺産は別にいいし、よしこれは好きなだけ使おう、と思って。あっちこっち行く費用に充てて、そこでいろんな人に会って、今の仕事の基礎ができまして、というかあっちこっち回ってたらこんな事になってて」
「なるほど。成功したから、お前が後継者になってるんじゃないかと見られたわけか。…他の奴は、増やせなかったのか?」
「株とか投資とか、頑張ってるみたいだけどそれほどの額にはなってないんじゃないかな。起業とか事業に手を出した人は、可もなく不可もなくかぽしゃったのが多いかな」

 こういう競争相手は厭だろうな、と、雪季も思う。へらへらと笑いながらあっさりとかせがれると、腹も立つだろうが、無力感も凄そうだ。

「まあまだ返してないから、このままもらっといて遺産放棄しても困らないんだけど。いやそれで放棄になるのかよくわからないけどさ」
「お前…さっさとその宣言をしないのは、この状況を楽しんでるからじゃないか…?」
「うわー、雪季にはかなわないな」
 
 何故そこで笑う、と、雪季は額を押さえた。命がけで遊ぶ馬鹿がいる。

「ああでも、俺ちょっといいことしてるかもだよ?」
「はあ?」
「俺が目くらましになって、隠れてる人がいるかもだろ」
「…ということは、お前は別人に譲られると思ってるんだな?」
「ここ、盗聴器ないよな?」

 そこも確認しているので、頷く。ただ、ここまでは聞かれても問題がないと思っていると思うと、それはそれで頭痛を覚える。

「お金受け取って、院に行って、研究の道まっしぐらに突っ走ってる人がいて。多分、奨学金みたいな感覚だったんだと思う。働き始めたら、残ってた分全部返して、使った残りもこつこつと返済したらしいから。持ってたら研究費に使っちゃいそうだし、借りたもの返すのは当然でしょ、無利子で助かったー、って。遺産をもらえるとは思ってないみたいだから、それならそのままもらえばよかったのに」
「そいつだと?」
「うーん、じーさまはお金がなくて勉強できなかった人らしいし、波乱万丈の人生がなかなか安定しなかったのは、好きなこと見つけて突っ走って、成功は二の次、みたいなところがあったからみたいだから。研究馬鹿は好きなんじゃないかな」
「そうか」

 変な奴だと改めて思う。
 遊んでいるのも確かだろうが、「研究馬鹿」に対して、英自身も悪い感情は持っていないようだった。兄や父親たちには何の関心も持っていなさそうなのに、その人に対しての言葉は、少しばかり楽しそうだ。

「というかまあ、じーさまは俺のことどっちかと言えば嫌いだろうし」 

 意外に思って思わず横顔を凝視する。英は、淡々と前を見ていた。

「あの人はなんだかんだで義理と人情の人だから。冷酷だったり汚いことやったりしても、泣いて叫んで笑って? そういう、仁侠話の主人公みたいなのを地で行く人で、俺みたいなのは理解できないと思う。別に俺も、理解してもらう必要もないけど」
「それだけ色々と自覚しているなら、とっとと辞退しろよ」
「でも今更そんなこと言ったところで、どうせ信用されないと思わないか?」
「…思う」

 せめて、事業が軌道に乗ったあたりでのものなら半信半疑くらいには受け取られただろうが、何度も妨害を回避して唐突に言ったところで、下手な偽装と思われるだけだろう。

「つまり、最低でもあと二年」
「それまでにじーさまがぽっくり行けば縮まるかもだけど」
「それを望むのはどうかと思う」
「だったら、これからもよろしく」

 信号待ちが重なって、しっかりと雪季を見て笑みを浮かべた。どことなく罠にかかったような腑に落ちない気分で、雪季は、英を見返した。
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