回りくどい帰結

来条恵夢

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友人

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 もしものときに、と教えられていた合鍵の場所をさぐり、ほとんど汚れがつかないことに顔をしかめる。
 これは、もしもどころが頻繁に使われているのではないか。そのうち泥棒が堂々と使いかねないと言っておこうと決める。
 狭すぎる靴脱ぎにはスニーカーが一足。廊下なのか部屋なのかもよく判らない床は、以前見た時と同様に壁際に本や雑誌が積み上がっていた。

真柴マシバー生きてるかー」
「死んでる…」
「大丈夫そうだな」

 途中のスーパーで買ってきたうちの、とりあえず生ものを勝手に冷蔵庫に仕舞しまい、部屋の寒さに気付いてかすかに顔をしかめる。突き当たりにある窓が全開になっている。
 揺れるカーテンのやや下に視線を移すと、黒い頭がせた赤色のどてらに埋まっていた。

「我慢大会か?」
「刺激ある方が何か思いつくかと思って…」
「思いついたか?」
「全然」
「だろうな」

 机の上に散らばったA4のコピー用紙には、子どもの落書きのようなのたくった文字が書かれては線で消されている。
 額を机に押し付けていた友人は、のろりと顔を上げ、乱れた髪をそのままに、疲れた顔つきながらほっとしたような笑顔を見せた。

「ひさしぶり、ユキちゃん」
「ああ。何か食べるか?」

 言うと、友人は顔をしかめた。そのまま、今度は両手を挙げて机に突っ伏す。

「食べる…朝から何も食べてなかったそう言えば…」
「リクエストは?」
「たまごスープ! チキンコンソメの! あとはお米食べたい…!」
「わかった」

 狭苦しい、今雪季が暮らしている場所のものと比べて格段に遣いにくい、しかし生活感にあふれた台所へと引き返す。
 生活空間の二間と寝室はそこそこ広いのだが、その割を食ったものか、台所とその横にくっついた風呂場が狭い。この規模で服脱ぎ場すらないユニットバスというのは、何故そうなったと問い質したいところだ。
 だが友人はそんなことは気にならないらしく、へんな間取りだからちょっと安いんだよねーと笑う。住人がかまわないならそれでもいいとは思うが、泊りがけも珍しくないアシスタントたちは気の毒だ。
 とりあえず、小鍋にたまねぎを薄く切って水とチキンコンソメのもとを放り込み、万能ねぎを刻んでたまごをほぐす。あとは、煮立ったら溶きたまごを入れて、最後にねぎを散らす。
 ただそれだけなのに、これが一番リクエストが多い気がする。自分では作らないのだろうか。

「ほら」
「ありがと」

 湯気に目を細める。雪季は、自身の顔もゆるんでいるのに気付いた。いつも幸せそうに食べるものだから、ついつられる。
 再び台所に戻り、多めに切っていた玉ねぎの横に細く切った人参とキャベツは少し厚めに刻む。人参からフライパンに入れて、豚肉ともやしを足して炒め、顆粒の中華スープの素と醤油で味を調えると、片栗粉でとろみをつけて炊飯器に残っていた白米をレンジで温めた上にかける。
 どんぶりを渡すころには、スープは飲み干されていた。

「…なんだ?」

 受け取ったどんぶりを抱え込むように箸を運び、米の一粒も残さず平らげて食後の緑茶を口にした友人は、くすくすと笑い声を立てた。

「ユキちゃんは、大体会うとご飯の心配するよね。お母さんみたい」
「心配せざるを得ない生活してるからだろ。食べることは生きることだ、って言ったのはどこの誰だ」
「あはは。それでいくと、私結構崖っぷちだね」
「他人事みたいに」

 軽く溜息をついて、雪季セッキ湯呑ゆのみかたむけた。
 そう頻繁に取り合っているわけではない連絡が途絶えたと思ったらこれだ。今回は、部屋の中で行き倒れていなかっただけましだろう。

「いつもありがとう」
「…ああ」
「ほんっと、ユキちゃんは私の命綱だねーごめんねーありがとうー。このご恩はいつかきっと…はたでもる?」
「いらねーよ」

 笑って湯呑を置く。こうやって友人付き合いができるだけでありがたい、というのは口にするには重すぎる。

「めちゃくちゃ豪華なの織るよー? 色々相談にも乗ってもらってるしさ、金銀緞子きんぎんどんすの花嫁衣裳でも織らないと恩返しできない気がするんだよね…」
「今のところ相手がいないから有難迷惑だ。気持ちだけもらっておく。食べるもの、適当に作っていくぞ」
「お願いしますユキちゃん大明神!」

 その声は背で聞いて、苦笑をこぼす。
 雪季が運び込んだ食材をまずは切り刻んでいると、後ろからそろりと忍び寄る気配があった。子どもじみたいたずらかと放っていると、予想外にそっと、シャツのすそをつかまれた。

「ユキちゃんユキちゃん」
「どうした?」
「なんか外に、残念イケメンがいる」
「は?」

 なんだそれは、と思ったのは一瞬で、また厄介なファンもどきかと顔をしかめる。どこでどうやって調べたものか、今までにもストーカーじみた人物が結愛ユアにまとわりついたことはあった。
 いくつかは雪季も直接かかわってお帰り願ったが、一度など部屋にまで押し入られ、この友人の怯えようは見ていられなかった。

「どんな様子だ」
「窓閉めようと思って。外見たら、電柱の影に男の人がいて、ちらちらこっち見てるみたいな感じで」
「お前の姿は見られてないか?」
「多分…」

 シャツを握りしめたまま、コアラの子どものようにくっついて来る友人をそのままに、雪季はそっと窓に近付いた。こちらの姿が見えないよう注意して、眼だけで覗いたところで――思わず額を押さえた。

「真柴…あの、残念な人間」
「…ん? うん?」
「俺の上司だ」
「…んんん? ユキちゃんまた転職した? この間ラーメン屋のバイトだったよね。今度は何、探偵?」
「いや…人材仲介会社?の…社長秘書…?」
「なんでそんなハテナ多いの。けど凄いね!」

 何故か喜んでくれたが、その表情がいぶかしげなものに変わるまで、長くはかからなかった。

「えーと…じゃああれ、社長さん? 私たちとあんまり歳変わらない感じだけど。そもそもなんであんなとこに隠れてるの? あ、ユキちゃん仕事さぼった?」 
「ちゃんと休みの許可は取った。それ以前にさぼったくらいでなんで隠れてつけてくる。何故あそこにいるのかは俺が知りたい。…覚えてないか、高校一緒だった河東カトウアキラ
「ええーっ!?」

 頓狂とんきょうな叫び声は昼間の住宅街に大きく響き渡り、眼下の英も、びくりとこちらを見上げた。
 結果、思わず立ち上がっていた友人としっかりと眼が合ってしまったようで、雪季も、諦めて立ち上がった。ひらりと、手を振ってみせる。
 英はやや置いて、少し笑って手を振り返した。
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