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友人
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真柴結愛は、高校生で少女漫画家としてデビューした。それから十年近く経った現在は、季刊の少女漫画誌と週刊の少年誌とに連載を持っている。
雪季の、小中高を通しての同級生でもある。
そんな彼女が英を見て大声を上げたのは、ある種、職業故の業だった。
『どうしようユキちゃん、私あの人モデルに読み切り描いたんだけど!? 主人公の恋人で実はシリアルキラー!』
『…見る目あるな』
言われてみれば読ませてもらったことのある話だった。
ちなみにヒーロー役は主人公のストーカーで、そちらのモデルは強いてあげれば当時の編集者だったらしい。雪季の記憶にある限りでは、結愛は編集者の方に謝った方がいいような気がする。
とりあえず、英は気付いていないだろうし気付いていたところで気にしないだろう、とは言っておいた。
雪季にしてみれば、当時の自分よりもよほど本質を見抜いていたと感心してしまうし、英にしても、せいぜいが面白がる程度だろう。
そもそも、当時自分がモデルになったとでも話題になっていなければ気付いていない可能性の方が高い。
高校生の時はよく知らないが、今の生活になってから、英が漫画を読んでいるところは見たことがない。図書部屋には置いてあるし読まないことはないのかもしれないが、熱心な読者ではないだろう。
ともあれ、結愛が身なりを整えるための三十分ほどを置いて、三人は結愛の仕事場で顔を突き合わせることになった。正確には、雪季は調理を続けているので英と結愛の二人が、丸テーブルを挟んでぎこちなく座っている。
「いやあすみません、お邪魔しちゃって」
そつなく、三十分の待ち時間で近所で調達したケーキと湯気の上る紅茶のカップを前に、英が軽く頭を下げる。
長い髪をゆるく編みこみ、服も着替えた結愛は、目を見つめてくる英からさりげないつもりで実ははっきりと目を逸らし、視線を泳がせた。
「漫画家さんなんですね。さっき雪季に聞いて。今連載されてる分、読んだことはないですけど面白そうですね」
「ありがとうございます。ユ…中原君、も、こっち来てケーキ食べなよー、食材置いといてくれたら後で自分でやるし」
「悪い、区切りがついたらそっちに行く」
「絶対だよ?!」
裏切者、と副音声で聞こえた気がするが、無視しておく。
そもそも、英を帰らせようとした雪季に反して、なんだか悪いしと部屋に招き入れたのは結愛だ。それほど社交的ではないのにそんなことを言い出したのは、『ユキちゃんにもちゃんと友達出来たんだねえ…』というしみじみとした感慨故の思い付きだったらしいのだが、それを聞いて雪季が愉快な気分になれるはずがない。
「それにしても、雪季ってよっぽど料理が好きなんですね。うちでもいろいろと作ってくれるけど、人の家に来てまでこんな風に作ってるなんて」
「一度、ご飯全然食べてなくて倒れたことがあって、心配してくれて。その、私たち幼なじみみたいなものだから、それで…」
「へえ。家が近所だったとか?」
「あ。…公立小学校だから、地区って子どもが歩いて行ける範囲ですし」
不器用な誤魔化し方だなと、聞き耳を立てるほどではないにしても聞いていた雪季は思った。結愛は、英が雪季の事情をどれだけ知っているかがわからないから困っているのだろう。
先ほどは、とりあえず英の身柄を確保しなければと駆け出してしまったので、結愛には英との関係はほぼ説明できていない。
またもや大人げないことをしたなと、雪季はため息を落としてガスコンロの火を止めた。
「真柴、今日仕事は?」
「まだネーム出しだから…ネーム…できてない…」
尖った先だけが削られたショートケーキを見る結愛の眼が虚ろになる。雪季はその隣に腰を下ろし、なだめるように背を叩く。
「邪魔して悪かった。これ食べて、さっさと退散させる」
「…って、俺? 俺だけ? 雪季は?」
「料理が途中」
「ええー…」
渋皮煮が載ったモンブランにフォークをのばした状態で不満そうな顔をする英をひと睨み。
「そもそも、なんでお前がここにいるんだ。笹倉さんたちにも無断で。もう少し周りの迷惑を考えろ」
会社の携帯端末は笹倉に預けて来たので、私物の方で連絡を取るとやはり探していたようだった。雪季への確認を後に回していたのは、さすがにまさかと思っていたからだとのことで。
『…ねえ雪季君さすがにあたしちょっと引くんだけど…』
『奇遇ですね俺もドン引きです』
ちなみに、そんな溜息交じりの電話越しの会話は英の目の前で交わされた。ハンズフリーにしていたにもかかわらず、当人は全く気にした様子はなかったが。
「だって雪季が友達とか言い出すから」
「それと。会社放り出すのと。どう関係が?」
「いいだろ、別に俺がいなくたってそこそこどうにかなるし、今までだってそうだったし」
「…本気で言ってるんだな?」
気付けば英と雪季はにらみ合っていたが、不意に、さらさらと何かをこするような音がして、英が不思議そうに視線を移した。雪季もそれを追うが、見る前から推測はついていた。
結愛が、そのあたりにあったコピー用紙に鉛筆を走らせている。
英が物問いたげな視線を寄越したので、喋らないように促してから、そっと立ち上がって結愛の背後に回り込む。手招いて、英を呼んだ。同じように、そっと結愛の肩越しに紙を覗き込む。
走り描きで大分デフォルメはされているが、英と雪季に似た男二人が睨み合っている。少年漫画で言えば、敵同士が一触即発の状態で向かい合っている見開きの場面だろうか。
既に脳内のイメージで描いているようで、結愛は、目の前からモデルが消えていることにも気付いていない。
そっと元の場所に戻り、雪季は、びっくりしたのか無表情で絵を見下ろしている英に、近くにあったシュシュを投げつけて戻るよう促す。見合った二人は、最初よりもやや距離を詰めて座り、声を落とした。
雪季の、小中高を通しての同級生でもある。
そんな彼女が英を見て大声を上げたのは、ある種、職業故の業だった。
『どうしようユキちゃん、私あの人モデルに読み切り描いたんだけど!? 主人公の恋人で実はシリアルキラー!』
『…見る目あるな』
言われてみれば読ませてもらったことのある話だった。
ちなみにヒーロー役は主人公のストーカーで、そちらのモデルは強いてあげれば当時の編集者だったらしい。雪季の記憶にある限りでは、結愛は編集者の方に謝った方がいいような気がする。
とりあえず、英は気付いていないだろうし気付いていたところで気にしないだろう、とは言っておいた。
雪季にしてみれば、当時の自分よりもよほど本質を見抜いていたと感心してしまうし、英にしても、せいぜいが面白がる程度だろう。
そもそも、当時自分がモデルになったとでも話題になっていなければ気付いていない可能性の方が高い。
高校生の時はよく知らないが、今の生活になってから、英が漫画を読んでいるところは見たことがない。図書部屋には置いてあるし読まないことはないのかもしれないが、熱心な読者ではないだろう。
ともあれ、結愛が身なりを整えるための三十分ほどを置いて、三人は結愛の仕事場で顔を突き合わせることになった。正確には、雪季は調理を続けているので英と結愛の二人が、丸テーブルを挟んでぎこちなく座っている。
「いやあすみません、お邪魔しちゃって」
そつなく、三十分の待ち時間で近所で調達したケーキと湯気の上る紅茶のカップを前に、英が軽く頭を下げる。
長い髪をゆるく編みこみ、服も着替えた結愛は、目を見つめてくる英からさりげないつもりで実ははっきりと目を逸らし、視線を泳がせた。
「漫画家さんなんですね。さっき雪季に聞いて。今連載されてる分、読んだことはないですけど面白そうですね」
「ありがとうございます。ユ…中原君、も、こっち来てケーキ食べなよー、食材置いといてくれたら後で自分でやるし」
「悪い、区切りがついたらそっちに行く」
「絶対だよ?!」
裏切者、と副音声で聞こえた気がするが、無視しておく。
そもそも、英を帰らせようとした雪季に反して、なんだか悪いしと部屋に招き入れたのは結愛だ。それほど社交的ではないのにそんなことを言い出したのは、『ユキちゃんにもちゃんと友達出来たんだねえ…』というしみじみとした感慨故の思い付きだったらしいのだが、それを聞いて雪季が愉快な気分になれるはずがない。
「それにしても、雪季ってよっぽど料理が好きなんですね。うちでもいろいろと作ってくれるけど、人の家に来てまでこんな風に作ってるなんて」
「一度、ご飯全然食べてなくて倒れたことがあって、心配してくれて。その、私たち幼なじみみたいなものだから、それで…」
「へえ。家が近所だったとか?」
「あ。…公立小学校だから、地区って子どもが歩いて行ける範囲ですし」
不器用な誤魔化し方だなと、聞き耳を立てるほどではないにしても聞いていた雪季は思った。結愛は、英が雪季の事情をどれだけ知っているかがわからないから困っているのだろう。
先ほどは、とりあえず英の身柄を確保しなければと駆け出してしまったので、結愛には英との関係はほぼ説明できていない。
またもや大人げないことをしたなと、雪季はため息を落としてガスコンロの火を止めた。
「真柴、今日仕事は?」
「まだネーム出しだから…ネーム…できてない…」
尖った先だけが削られたショートケーキを見る結愛の眼が虚ろになる。雪季はその隣に腰を下ろし、なだめるように背を叩く。
「邪魔して悪かった。これ食べて、さっさと退散させる」
「…って、俺? 俺だけ? 雪季は?」
「料理が途中」
「ええー…」
渋皮煮が載ったモンブランにフォークをのばした状態で不満そうな顔をする英をひと睨み。
「そもそも、なんでお前がここにいるんだ。笹倉さんたちにも無断で。もう少し周りの迷惑を考えろ」
会社の携帯端末は笹倉に預けて来たので、私物の方で連絡を取るとやはり探していたようだった。雪季への確認を後に回していたのは、さすがにまさかと思っていたからだとのことで。
『…ねえ雪季君さすがにあたしちょっと引くんだけど…』
『奇遇ですね俺もドン引きです』
ちなみに、そんな溜息交じりの電話越しの会話は英の目の前で交わされた。ハンズフリーにしていたにもかかわらず、当人は全く気にした様子はなかったが。
「だって雪季が友達とか言い出すから」
「それと。会社放り出すのと。どう関係が?」
「いいだろ、別に俺がいなくたってそこそこどうにかなるし、今までだってそうだったし」
「…本気で言ってるんだな?」
気付けば英と雪季はにらみ合っていたが、不意に、さらさらと何かをこするような音がして、英が不思議そうに視線を移した。雪季もそれを追うが、見る前から推測はついていた。
結愛が、そのあたりにあったコピー用紙に鉛筆を走らせている。
英が物問いたげな視線を寄越したので、喋らないように促してから、そっと立ち上がって結愛の背後に回り込む。手招いて、英を呼んだ。同じように、そっと結愛の肩越しに紙を覗き込む。
走り描きで大分デフォルメはされているが、英と雪季に似た男二人が睨み合っている。少年漫画で言えば、敵同士が一触即発の状態で向かい合っている見開きの場面だろうか。
既に脳内のイメージで描いているようで、結愛は、目の前からモデルが消えていることにも気付いていない。
そっと元の場所に戻り、雪季は、びっくりしたのか無表情で絵を見下ろしている英に、近くにあったシュシュを投げつけて戻るよう促す。見合った二人は、最初よりもやや距離を詰めて座り、声を落とした。
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