130 / 130
河東英
5
しおりを挟む
「なあ、引退試合のメンバーどうする?」
「ん? どうったって、レギュラー固定で残りは半分ずつで出ればいいだろ」
部活仲間のそんな話題に、あとひと月もすれば、夏前には引退が恒例だったなと思い出す。それ以降も部活に来る先輩はいたが、毎日ではないし試合への参加はないしで、どうしてもそこはかとない部外者感が出る。
そうなんだけどさ、と言葉を濁す「友人」は、ちゃんとレギュラー選手だ。英は、補欠というわけではないが出たり出なかったりの助っ人だか遊軍だか。
そのくらいが丁度いいからと、あからさまにならないよう気をつけながら誘導して得た立ち位置だ。
同学年の部活仲間は英を入れて七人で、レギュラーは三人なので、残り四人が前半後半に分かれれば丁度の勘定だ。過去には三年生の人数が多くて二試合やったこともあるようだが、今年はその必要はないだろう。
「お前もレギュラーと言えばレギュラーだろ。プレイもなんて言うか…華があるしさ」
「あー…?」
「お前がフルで出た方が喜ぶんじゃないかって…」
「えーなんでー後輩ぼっこぼこに叩きのめして発破かけるための引退試合なんだからさ。がっちり勝ちに行かないと」
そもそも面倒臭いし、という本音はしっかりと覆い隠しての発言に、「友人」は顔を輝かせる。単純だなと、笑顔を崩さないまま思った。
この「友人」を、高校を卒業して付き合いもなくなればあっさりと記憶の片隅に押しやるだろなとも思う。
その時に付けるラベルは、「部活仲間」だろう。漠然とした「友人」という分類だけでは、誰だったかもわからなくなってしまう。
英にとっての友人付き合いはそこに益があってこそのもので、そういうものは時間と状況でいくらでも変化する。誰かを「友人」と呼ぶのに抵抗はないが、そこに何ら特別さはない。
「恋人」にしても同じで、別れた先輩は、もしかすると卒業式のあの日に離れても付き合っていこうと言いたかったのかも知れない。元からべたべたと四六時中一緒にいたりメッセージをやり取りするような付き合いではなかったので、それでも平気だと思っていておかしくはない。
だが英は、自分が振ったと悟られないよう言葉を選びながら、北海道の大学に行く彼女に、遠距離恋愛は無理だねと切り出させた。
どうせ向こうも心変わりするのだろうし、さほど手間のかからない言葉のやりとりだけとしても、キープするほどの価値も見いだせなかった。自然消滅という方法もあったから、はっきりと区切りをつけた分、優しい対応をしたと思うほどだ。
ただ、その優しさがあまり支持されるものではないということは分かっている。
人の心の動きは実感はできなくても、推測はできる。それだけの知識を、英はせっせと蓄えて来たしこの先も怠らないだろう。
そういった努力がいかに有用かを教えてくれた先生は、情に厚い割りに呑み込まれず理で割り切れる人だったので、そういったところが身内と上手く行かなかった所以だろう。
先生自身がどんな心積もりだったかはともかく、おかげで、英はこうやって普通のふりをしながら日々を送れている。
実のところ、普通だろうが異常だろうがどうでもいいが、それなりに楽しみのある生活ではあるので、それ以上があるならともかくむざむざと手放す気にはなれない。そのためには、先生の教えは実にありがたかった。
「あ。やべ、中原ごめん、教科書! ロッカー入ってるから持ってって!」
「わかった」
「ごめんなー」
すれ違いざまの会話に、英は取り繕う間もなく目を瞠っていた。
バスケ部レギュラーの「友人」と、雪季に付き合いはあったのだろうか。すぐに視線を切った「友人」は、英を見て、不思議そうなかおをした。
「どうした?」
「あ…いや…お前の友達にああいう地味なのっていたっけ、ってなんか意外で」
「友達っていうか。世界史の教科書借りに行ったらたまたま知ってるのが出払ってたり持ってなかったりで、別の教室行こうかと思ったらあいつが貸してくれて。次の時間とか言ってたんだよなー、すっかり忘れてた。…覚えてない? 一年の時同じクラスだっただろ」
「あー…だった?」
そもそもこの「友人」とは一年の時も同じクラスだっただろうか、と思いながら、英は誤魔化すような笑みを返す。
知ってはいるが、覚えてはいない。その時はまだ、英は雪季を認識していなかった。
むしろ、「友人」はよく覚えていたなと思う。地味で、背景のような存在だっただろうに。
「まあ、覚えてなくても仕方ないか。あいつも大分大人しくなったし」
「…ん?」
「ん? ああ。中学は違うけど、小学校一緒で。格闘技習ってるとかで結構運動好きな感じだったけど…」
濁した先を、英は知っている。
小学校の卒業を間近に控えた頃、雪季は両親を亡くしている。自殺ということで処理され、今は遠縁の男のところで暮らしているというくらいまでは調べられたが、額面通りに受け取るには怪しいと英は思っている。
ただの高校生が鮮やかに人を殺すには、何かが潜んでいるはずだ。
そういったことの情報源のあてにはならないだろう一端として、「部活仲間」の「友人」に付加価値がついたことを、本人は知らなかった。
「ん? どうったって、レギュラー固定で残りは半分ずつで出ればいいだろ」
部活仲間のそんな話題に、あとひと月もすれば、夏前には引退が恒例だったなと思い出す。それ以降も部活に来る先輩はいたが、毎日ではないし試合への参加はないしで、どうしてもそこはかとない部外者感が出る。
そうなんだけどさ、と言葉を濁す「友人」は、ちゃんとレギュラー選手だ。英は、補欠というわけではないが出たり出なかったりの助っ人だか遊軍だか。
そのくらいが丁度いいからと、あからさまにならないよう気をつけながら誘導して得た立ち位置だ。
同学年の部活仲間は英を入れて七人で、レギュラーは三人なので、残り四人が前半後半に分かれれば丁度の勘定だ。過去には三年生の人数が多くて二試合やったこともあるようだが、今年はその必要はないだろう。
「お前もレギュラーと言えばレギュラーだろ。プレイもなんて言うか…華があるしさ」
「あー…?」
「お前がフルで出た方が喜ぶんじゃないかって…」
「えーなんでー後輩ぼっこぼこに叩きのめして発破かけるための引退試合なんだからさ。がっちり勝ちに行かないと」
そもそも面倒臭いし、という本音はしっかりと覆い隠しての発言に、「友人」は顔を輝かせる。単純だなと、笑顔を崩さないまま思った。
この「友人」を、高校を卒業して付き合いもなくなればあっさりと記憶の片隅に押しやるだろなとも思う。
その時に付けるラベルは、「部活仲間」だろう。漠然とした「友人」という分類だけでは、誰だったかもわからなくなってしまう。
英にとっての友人付き合いはそこに益があってこそのもので、そういうものは時間と状況でいくらでも変化する。誰かを「友人」と呼ぶのに抵抗はないが、そこに何ら特別さはない。
「恋人」にしても同じで、別れた先輩は、もしかすると卒業式のあの日に離れても付き合っていこうと言いたかったのかも知れない。元からべたべたと四六時中一緒にいたりメッセージをやり取りするような付き合いではなかったので、それでも平気だと思っていておかしくはない。
だが英は、自分が振ったと悟られないよう言葉を選びながら、北海道の大学に行く彼女に、遠距離恋愛は無理だねと切り出させた。
どうせ向こうも心変わりするのだろうし、さほど手間のかからない言葉のやりとりだけとしても、キープするほどの価値も見いだせなかった。自然消滅という方法もあったから、はっきりと区切りをつけた分、優しい対応をしたと思うほどだ。
ただ、その優しさがあまり支持されるものではないということは分かっている。
人の心の動きは実感はできなくても、推測はできる。それだけの知識を、英はせっせと蓄えて来たしこの先も怠らないだろう。
そういった努力がいかに有用かを教えてくれた先生は、情に厚い割りに呑み込まれず理で割り切れる人だったので、そういったところが身内と上手く行かなかった所以だろう。
先生自身がどんな心積もりだったかはともかく、おかげで、英はこうやって普通のふりをしながら日々を送れている。
実のところ、普通だろうが異常だろうがどうでもいいが、それなりに楽しみのある生活ではあるので、それ以上があるならともかくむざむざと手放す気にはなれない。そのためには、先生の教えは実にありがたかった。
「あ。やべ、中原ごめん、教科書! ロッカー入ってるから持ってって!」
「わかった」
「ごめんなー」
すれ違いざまの会話に、英は取り繕う間もなく目を瞠っていた。
バスケ部レギュラーの「友人」と、雪季に付き合いはあったのだろうか。すぐに視線を切った「友人」は、英を見て、不思議そうなかおをした。
「どうした?」
「あ…いや…お前の友達にああいう地味なのっていたっけ、ってなんか意外で」
「友達っていうか。世界史の教科書借りに行ったらたまたま知ってるのが出払ってたり持ってなかったりで、別の教室行こうかと思ったらあいつが貸してくれて。次の時間とか言ってたんだよなー、すっかり忘れてた。…覚えてない? 一年の時同じクラスだっただろ」
「あー…だった?」
そもそもこの「友人」とは一年の時も同じクラスだっただろうか、と思いながら、英は誤魔化すような笑みを返す。
知ってはいるが、覚えてはいない。その時はまだ、英は雪季を認識していなかった。
むしろ、「友人」はよく覚えていたなと思う。地味で、背景のような存在だっただろうに。
「まあ、覚えてなくても仕方ないか。あいつも大分大人しくなったし」
「…ん?」
「ん? ああ。中学は違うけど、小学校一緒で。格闘技習ってるとかで結構運動好きな感じだったけど…」
濁した先を、英は知っている。
小学校の卒業を間近に控えた頃、雪季は両親を亡くしている。自殺ということで処理され、今は遠縁の男のところで暮らしているというくらいまでは調べられたが、額面通りに受け取るには怪しいと英は思っている。
ただの高校生が鮮やかに人を殺すには、何かが潜んでいるはずだ。
そういったことの情報源のあてにはならないだろう一端として、「部活仲間」の「友人」に付加価値がついたことを、本人は知らなかった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる