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事故
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あれ、と思った時には空しか見えなかった。しくじったなと思った時には闇の中で、もしかするとそれは意識が戻った刹那に思ったことだったのかもしれない。
速度を落とすことなく走ってきた車の進路から英を蹴飛ばして外したまでは良かったが、反動で雪季も反対方向に跳ぶつもりが、前日の雨のせいで足元が滑って体勢を崩したのは予定外だった。それでも、車のボンネットに乗り上げたのは上出来だった。そこまでは、ほぼダメージはなかった。
これも雨のせいか何か塗ってあったのか、ボンネットからも滑り、頭からアスファルトの道路に落ちて――暗転した。
「ユキちゃん! ユキちゃん、起きた!? 目が覚めた!? 意識戻った?!」
真柴、と言ったつもりが声にならず、咽喉が干からびていることに気付く。それでも、一度開いた目は動かせた。
「…ユキちゃん…!」
結愛は怪我人相手とは思えないような勢いで抱き付いてきたが、ほぼ同時にナースコールのスイッチも押していたようだった。自分で呼んでおいて引きはがされる羽目になっていた。
「真柴…なんで…?」
「なんでって、なんでってユキちゃんの馬鹿!」
医者も呼ばれて一通りの確認も終え、水も飲んでようやく話せるようになって、いきなり面罵された。
雪季としても、いくらか言葉の選択を誤ったような気もしないでもない。しかし、こうなる直前のことをしっかりと思い出しているだけに、何故結愛がここにいるのかと不思議に思うのも本当だ。
結愛は、叫んだものの泣きそうな顔をして、しかし、泣きはしなかった。
「ユキちゃんが轢かれて、とりあえず会社の人が色々と手続してくれて、河東君が私に連絡しろって言ってくれたらしくって。…三日も目を覚まさなかったんだよ? すぐ起きるかもしれないけどずっとこのままかもって言われて…」
「ごめん」
轢かれてはいないのだが、どちらかと言えばかなり間抜けな結末なので訂正はしないことにした。打ち所が悪かったせいでこんなことになっているが、無傷でだってやり過ごせたはずの事故だ。
そう言えば、運転手とはしっかりと眼が合ってしまったのだが、彼は捕まったのだろうか。英の知人だから、どうにか誤魔化したかもしれない。
知りたいところだが、これからすぐに医師からの本格的な問診があるようなので、そうのんびりもできない。ましてや、こんな状態の結愛を前にしては。
「…ユキちゃんが謝ることじゃない。悪いのは、車で突っ込んできた人だもん。よかった。ちゃんと、ユキちゃんが生きてて。よかった…」
「…ごめん。ありがとう、真柴」
ついに涙をこぼしてしまった結愛に手をのばす。すんなりと動くことに安堵した。
念のため一通りの検査をするまでは勝手に動くなと言い渡されているので試していないが、まる三日寝たきりだったのであれば、自力で立つことにも多少苦労するだろう。
問題がなければすぐに戻る程度のものだろうが、それでも、筋肉はいくらか衰えているだろうしただ歩くだけでなく今までの動きに戻すまでを考えると気が滅入る。
「仕事、大丈夫なのか?」
「…ユキちゃん。あのね? そこ気にするところ? 意識戻って、まず気にするの、そこ? ありがたいけどね、何度だって言うけどユキちゃんはもっと自分の事大切にしなきゃ駄目だよ。今回だって河東君庇って自分がこんなことになるって、立派だけど、もう少しちゃんと自分のことを一番に考えよう? 漫画の中のヒーローじゃないんだからね?」
説教された。
しかしこれはちょっとしたミスで、と言い訳を口にしそうになったが、考えてみれば更に説教を重ねられそうな言葉は阻止された。医師が来て、問診が開始されたためだった。
「じゃあユキちゃん、私ちょっと席外すね。笹倉さんたちには連絡してるから。夕飯終わった頃にまた来るね」
「え」
いつの間に笹倉と面識を、今回の事故のせいか。しかし、夕飯後では面会時間は終わっているのでは。いやそもそも忙しいならもう大丈夫だろうと思うからこれ以上迷惑はかけたくはないのだが。
色々と言いたいことはあったが、こういうときばかりは素早く、結愛は姿を消してしまった。
速度を落とすことなく走ってきた車の進路から英を蹴飛ばして外したまでは良かったが、反動で雪季も反対方向に跳ぶつもりが、前日の雨のせいで足元が滑って体勢を崩したのは予定外だった。それでも、車のボンネットに乗り上げたのは上出来だった。そこまでは、ほぼダメージはなかった。
これも雨のせいか何か塗ってあったのか、ボンネットからも滑り、頭からアスファルトの道路に落ちて――暗転した。
「ユキちゃん! ユキちゃん、起きた!? 目が覚めた!? 意識戻った?!」
真柴、と言ったつもりが声にならず、咽喉が干からびていることに気付く。それでも、一度開いた目は動かせた。
「…ユキちゃん…!」
結愛は怪我人相手とは思えないような勢いで抱き付いてきたが、ほぼ同時にナースコールのスイッチも押していたようだった。自分で呼んでおいて引きはがされる羽目になっていた。
「真柴…なんで…?」
「なんでって、なんでってユキちゃんの馬鹿!」
医者も呼ばれて一通りの確認も終え、水も飲んでようやく話せるようになって、いきなり面罵された。
雪季としても、いくらか言葉の選択を誤ったような気もしないでもない。しかし、こうなる直前のことをしっかりと思い出しているだけに、何故結愛がここにいるのかと不思議に思うのも本当だ。
結愛は、叫んだものの泣きそうな顔をして、しかし、泣きはしなかった。
「ユキちゃんが轢かれて、とりあえず会社の人が色々と手続してくれて、河東君が私に連絡しろって言ってくれたらしくって。…三日も目を覚まさなかったんだよ? すぐ起きるかもしれないけどずっとこのままかもって言われて…」
「ごめん」
轢かれてはいないのだが、どちらかと言えばかなり間抜けな結末なので訂正はしないことにした。打ち所が悪かったせいでこんなことになっているが、無傷でだってやり過ごせたはずの事故だ。
そう言えば、運転手とはしっかりと眼が合ってしまったのだが、彼は捕まったのだろうか。英の知人だから、どうにか誤魔化したかもしれない。
知りたいところだが、これからすぐに医師からの本格的な問診があるようなので、そうのんびりもできない。ましてや、こんな状態の結愛を前にしては。
「…ユキちゃんが謝ることじゃない。悪いのは、車で突っ込んできた人だもん。よかった。ちゃんと、ユキちゃんが生きてて。よかった…」
「…ごめん。ありがとう、真柴」
ついに涙をこぼしてしまった結愛に手をのばす。すんなりと動くことに安堵した。
念のため一通りの検査をするまでは勝手に動くなと言い渡されているので試していないが、まる三日寝たきりだったのであれば、自力で立つことにも多少苦労するだろう。
問題がなければすぐに戻る程度のものだろうが、それでも、筋肉はいくらか衰えているだろうしただ歩くだけでなく今までの動きに戻すまでを考えると気が滅入る。
「仕事、大丈夫なのか?」
「…ユキちゃん。あのね? そこ気にするところ? 意識戻って、まず気にするの、そこ? ありがたいけどね、何度だって言うけどユキちゃんはもっと自分の事大切にしなきゃ駄目だよ。今回だって河東君庇って自分がこんなことになるって、立派だけど、もう少しちゃんと自分のことを一番に考えよう? 漫画の中のヒーローじゃないんだからね?」
説教された。
しかしこれはちょっとしたミスで、と言い訳を口にしそうになったが、考えてみれば更に説教を重ねられそうな言葉は阻止された。医師が来て、問診が開始されたためだった。
「じゃあユキちゃん、私ちょっと席外すね。笹倉さんたちには連絡してるから。夕飯終わった頃にまた来るね」
「え」
いつの間に笹倉と面識を、今回の事故のせいか。しかし、夕飯後では面会時間は終わっているのでは。いやそもそも忙しいならもう大丈夫だろうと思うからこれ以上迷惑はかけたくはないのだが。
色々と言いたいことはあったが、こういうときばかりは素早く、結愛は姿を消してしまった。
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