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事故
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話し込むのに適当な場所が思い浮かばず、結局、結愛の家に腰を落ち着けることになった。
「仕事、いいのか?」
「そればっかり。一応これでも考えて動いてますー。ネームはユキちゃんの病室で切ってたし、ペン入れもちょっとやってたし、大丈夫。冷静に考えると意識も戻らない友達の隣で漫画描いてるとかどれだけ人でなしかって感じなんだけど、逃避には丁度良かったんだよね。いつもより集中力凄かったよ」
結愛は笑うが、雪季は笑っていいものか迷う。逃避。それだけ、心配してくれていたという裏返しでもある。
曖昧に、結愛の淹れてくれたほうじ茶の湯呑に視線を逃がす。
「先に言っておくけど、私はただの素人で、漫画とか個人の興味のためにちょっと本読んだり人に話を聞いた程度でしかありません。そもそも、専門家の中でもはっきりとした判別できるかも微妙なところがある感じだしね。だから、これから私が話すのは全部私がそう捉えてるだけのことで、本当にそうかなんてわからないことです。…防御線張りたくなるのは、それだけ、不利益を与えるレッテル貼りにもなりかねないから。漫画や小説のキャラクターに対してならまあいいけど、実在の人に対しては簡単にやっちゃ駄目だと思うから」
「…そうだな」
「その上で、ユキちゃんの考えは変わらない?」
逸らした視線を結愛に向けざるを得ない。じっと見つめられ、雪季も、極力真摯に見返す。
「ああ。真柴も、多少は思ってたんだろ」
「…ちょっとね」
今度は結愛がそっと目を逸らし、菓子皿に盛ったクッキーの袋に見るともなく向ける。
「ユキちゃんは、サイコパスってどんなものだと思ってる?」
「恐怖を感じないとか人の気持ちがわからないとか、そういったことくらいしか」
「サイコパスの傾向のある人って、結構多いんだって。みんなが犯罪者ってわけじゃなくて、ごく普通に暮らしてる人もたくさん。特有の性質を上手く活かせられれば、高所得者の人に多いらしいよ。お医者さんとか、弁護士さんとか会社の経営者とか」
そういう意味でも、英にも当てはまる。雪季は、軽く肩をすくめた。
「あいつが快楽殺人だとか連続殺人をするとは思ってない」
船の上での、金魚屋のことを思い出す。結局どうしたのかを、雪季は訊いていない。だが、何も思わず海に放り込んだだろうとあの時は確信した。
殺すことを楽しむとは思えないが、何らかの問題解決に殺人が最適と考えた時には躊躇わないだろうとは思う。目的ではなく手段であれば、捕まらないだろう算段が見通せれば、あっさりと選ぶだろう。
結愛は、そんな雪季の心の内は知らず、いくらか強張っていた頬をゆるめた。ほっとしたように息をついて、クッキーに手をのばす。昼食を先ほど食べたばかりなのだが。
「読んだ本の受け売りだけど、ああいう傾向のある人が恐怖を感じないっていうのはちょっと違うんじゃないかって考えてる人もいるみたいだよ。集中力が極端に強くて、他に振る余裕がないんじゃないかって。視野狭窄っていうか。だから、怖い事を考えた時にも突き詰めて恐がるんじゃないかって。変な言い方だけど、全力で走ることしか知らない子どもみたいな感じなのかな」
「…なるほど」
「人の気持ちがわからないっていうのも、実感がないというか自分のことと結び付けられないだけで、理解する分には下手をすると優れてる人もいるんじゃないかって。サイコパスの人はサイコパスの人を見ただけで判るっていうし、実験で、犯罪被害者を見ただけで見分ける傾向が強いっていうのもあったみたい」
「そうか。…それで?」
クッキーを口に入れた結愛は、ちょっと待って、と押し止めるように手を前に突き出し、しっかりと噛んで呑み込んで、湯呑を傾けた。
「実際のところどうかわからないけど、サイコパスの傾向が強いからって傷つかないとは限らないんじゃないかなって…ユキちゃんがそう思ってるかはわからないけど、フィクションで出てくるサイコパスって凄く人間離れしてる感じを強調したやつが多いから…私だってそう思っちゃったりもするから…ごめん、言っててよくわからなくなってきた。わざわざ私が言うまでもないっていうかむしろ私の方が偏見持ってそうなんだけど…ああ本当に何て言えばいいのかよくわからない」
呻くように頭を抱えて、ローテーブルに半ば突っ伏してしまった。
雪季は、それをぼんやりと眺めながら、ほうじ茶を啜った。思ったよりもぬるくなってしまっているが、それはそれで飲みやすい。
「真柴が、あいつを気遣ってやってるのは判る。正直、そこまで肩を持たなくてもとは思うが」
「…ユキちゃん、友達だからって思い遣りは必要だよ?」
だから友達じゃない、という言葉は呑み込む。言ったところでまたたしなめられるだけだろうし、どうあってもすべてをぶちまけるわけにはいかないのだから。
しばらく雪季の様子を窺っていた結愛は、ふわりと笑んだ。
「とにかく、お見舞いに来なかったからって冷たいって拗ねなくてもいいんじゃないかなって。ユキちゃんを見護るには、私がいれば十分だって思って連絡くれたのかもしれないし」
「…そもそも拗ねてない」
「そう?」
「…そろそろ帰る」
立ち上がった雪季につられるように、結愛も腰を上げた。見送りの必要はないと雪季が言う前に、すぐ近くまで距離を詰めて、見上げてくる。
「ユキちゃん。抱きしめていい?」
「…は?」
訊いておきながら返事も待たず、結愛は抱き付いてきた。服越しなのでそれほど感じられないはずなのに、ぬくもりを感じた気がした。
「真柴?」
「…ユキちゃんが、ちゃんと、こうやって生きててくれて。良かった。死んで化けて出て来たって、嬉しくないんだからね。幽霊なんてきっと、こうやって触ったりできないんだから。ヒーローになんてならなくていいから、自分のことを大切にして」
くぐもった声は、ほとんど服に埋もれていたからなのか、少しばかり湿っていた。一度は躊躇ったものの、雪季もそっと抱き締める。
「ごめん、心配かけて」
呟くように、言葉を落とした。
「仕事、いいのか?」
「そればっかり。一応これでも考えて動いてますー。ネームはユキちゃんの病室で切ってたし、ペン入れもちょっとやってたし、大丈夫。冷静に考えると意識も戻らない友達の隣で漫画描いてるとかどれだけ人でなしかって感じなんだけど、逃避には丁度良かったんだよね。いつもより集中力凄かったよ」
結愛は笑うが、雪季は笑っていいものか迷う。逃避。それだけ、心配してくれていたという裏返しでもある。
曖昧に、結愛の淹れてくれたほうじ茶の湯呑に視線を逃がす。
「先に言っておくけど、私はただの素人で、漫画とか個人の興味のためにちょっと本読んだり人に話を聞いた程度でしかありません。そもそも、専門家の中でもはっきりとした判別できるかも微妙なところがある感じだしね。だから、これから私が話すのは全部私がそう捉えてるだけのことで、本当にそうかなんてわからないことです。…防御線張りたくなるのは、それだけ、不利益を与えるレッテル貼りにもなりかねないから。漫画や小説のキャラクターに対してならまあいいけど、実在の人に対しては簡単にやっちゃ駄目だと思うから」
「…そうだな」
「その上で、ユキちゃんの考えは変わらない?」
逸らした視線を結愛に向けざるを得ない。じっと見つめられ、雪季も、極力真摯に見返す。
「ああ。真柴も、多少は思ってたんだろ」
「…ちょっとね」
今度は結愛がそっと目を逸らし、菓子皿に盛ったクッキーの袋に見るともなく向ける。
「ユキちゃんは、サイコパスってどんなものだと思ってる?」
「恐怖を感じないとか人の気持ちがわからないとか、そういったことくらいしか」
「サイコパスの傾向のある人って、結構多いんだって。みんなが犯罪者ってわけじゃなくて、ごく普通に暮らしてる人もたくさん。特有の性質を上手く活かせられれば、高所得者の人に多いらしいよ。お医者さんとか、弁護士さんとか会社の経営者とか」
そういう意味でも、英にも当てはまる。雪季は、軽く肩をすくめた。
「あいつが快楽殺人だとか連続殺人をするとは思ってない」
船の上での、金魚屋のことを思い出す。結局どうしたのかを、雪季は訊いていない。だが、何も思わず海に放り込んだだろうとあの時は確信した。
殺すことを楽しむとは思えないが、何らかの問題解決に殺人が最適と考えた時には躊躇わないだろうとは思う。目的ではなく手段であれば、捕まらないだろう算段が見通せれば、あっさりと選ぶだろう。
結愛は、そんな雪季の心の内は知らず、いくらか強張っていた頬をゆるめた。ほっとしたように息をついて、クッキーに手をのばす。昼食を先ほど食べたばかりなのだが。
「読んだ本の受け売りだけど、ああいう傾向のある人が恐怖を感じないっていうのはちょっと違うんじゃないかって考えてる人もいるみたいだよ。集中力が極端に強くて、他に振る余裕がないんじゃないかって。視野狭窄っていうか。だから、怖い事を考えた時にも突き詰めて恐がるんじゃないかって。変な言い方だけど、全力で走ることしか知らない子どもみたいな感じなのかな」
「…なるほど」
「人の気持ちがわからないっていうのも、実感がないというか自分のことと結び付けられないだけで、理解する分には下手をすると優れてる人もいるんじゃないかって。サイコパスの人はサイコパスの人を見ただけで判るっていうし、実験で、犯罪被害者を見ただけで見分ける傾向が強いっていうのもあったみたい」
「そうか。…それで?」
クッキーを口に入れた結愛は、ちょっと待って、と押し止めるように手を前に突き出し、しっかりと噛んで呑み込んで、湯呑を傾けた。
「実際のところどうかわからないけど、サイコパスの傾向が強いからって傷つかないとは限らないんじゃないかなって…ユキちゃんがそう思ってるかはわからないけど、フィクションで出てくるサイコパスって凄く人間離れしてる感じを強調したやつが多いから…私だってそう思っちゃったりもするから…ごめん、言っててよくわからなくなってきた。わざわざ私が言うまでもないっていうかむしろ私の方が偏見持ってそうなんだけど…ああ本当に何て言えばいいのかよくわからない」
呻くように頭を抱えて、ローテーブルに半ば突っ伏してしまった。
雪季は、それをぼんやりと眺めながら、ほうじ茶を啜った。思ったよりもぬるくなってしまっているが、それはそれで飲みやすい。
「真柴が、あいつを気遣ってやってるのは判る。正直、そこまで肩を持たなくてもとは思うが」
「…ユキちゃん、友達だからって思い遣りは必要だよ?」
だから友達じゃない、という言葉は呑み込む。言ったところでまたたしなめられるだけだろうし、どうあってもすべてをぶちまけるわけにはいかないのだから。
しばらく雪季の様子を窺っていた結愛は、ふわりと笑んだ。
「とにかく、お見舞いに来なかったからって冷たいって拗ねなくてもいいんじゃないかなって。ユキちゃんを見護るには、私がいれば十分だって思って連絡くれたのかもしれないし」
「…そもそも拗ねてない」
「そう?」
「…そろそろ帰る」
立ち上がった雪季につられるように、結愛も腰を上げた。見送りの必要はないと雪季が言う前に、すぐ近くまで距離を詰めて、見上げてくる。
「ユキちゃん。抱きしめていい?」
「…は?」
訊いておきながら返事も待たず、結愛は抱き付いてきた。服越しなのでそれほど感じられないはずなのに、ぬくもりを感じた気がした。
「真柴?」
「…ユキちゃんが、ちゃんと、こうやって生きててくれて。良かった。死んで化けて出て来たって、嬉しくないんだからね。幽霊なんてきっと、こうやって触ったりできないんだから。ヒーローになんてならなくていいから、自分のことを大切にして」
くぐもった声は、ほとんど服に埋もれていたからなのか、少しばかり湿っていた。一度は躊躇ったものの、雪季もそっと抱き締める。
「ごめん、心配かけて」
呟くように、言葉を落とした。
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