回りくどい帰結

来条恵夢

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花見

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 一本だけの八重桜を、何故こんなところに植えようと思ったのだろう。

 単に、屋上に置いた小さな稲荷社にいろどりを添えたかったのか。しかしそれなら、常緑樹にした方が手間はかからなかっただろうと思うが、そういうものではないのだろうか。
 とにかくその恩恵にあやかって、このビルの店子たなこたちはひっそりと屋上の花見を楽しめる。

「せっくん飲んでる~?」
「…葉月ハヅキさんは飲まないようにね」
「飲まへんって。一回飲んで地獄見たからお酒は要らん」
「飲んだんだ…」

 ぎりぎり未成年とはいえ、年齢制限を律儀に守る方が少ないだろう中で、これだけ飲む面子めんつがいる割に興味を示さないと思ったら、既に学習済みだったらしい。
 それもそうか、と、雪季セッキは密かに苦笑する。何かと好奇心の強い葉月が、そこだけ素通りすることもないだろう。

 ペットボトルのリンゴジュースを抱える葉月に求められて乾杯をして、雪季は改めて気侭に飲み食いをする面々を見遣った。
 半月ほど前に大人数を集めて行われた花見は、交流会を兼ねていたこともあって、社員たちはひたすらにもてなす側に回っていた。
 葉月は引きこもっていたがその分、ある意味命綱の招待客の情報検索はいつも以上にスムーズにこなしていたし、山本は隅でひっそりとしていた割には会話の端々から情報を拾っていた。雪季と笹倉は飲食物の配置に躍起になっていた。
 思い返しても、コンパニオンや仕出しを使えばいいのにと思うが、そもそもの始まりがホームパーティーのようなささやかなものだったとかでなかなか切り替えられないらしい。要は、雰囲気や印象の問題だとか。
 そして今日のこれは、身内のみ。雪季の勤める「ツナグ」の社員の他には、ビルの大家や他の階の店子たちがふらりと立ち寄る程度。料理も、それぞれ分担しての持ち寄りだ。

「せっくんって、休みの日とか何してるん?」
「…溜まってる洗濯もの片付けたり布団干したりおかずの作り置き…?」
「主婦か!」

 そう言われても、仕事のある日はこまごまとしか片付けられないことが多いので、どうしても時間のある休日に回してしまう。
 取り皿のからあげをつつきながら、それならと葉月を見る。こちらの取り皿には、カットフルーツが山盛りだった。もうそろそろ食べ終わるつもりなのか、小休止なのか。

「趣味とかないん?」
「オンラインゲームはやらない」

 手元にあれば漫画を含めて本は読むが、趣味というほどに熱心なものなのかはよくわからない。そういえば以前、アキラに料理が趣味だと言ったような気がする。だがそうは言っても、熱心に取り組むというほどでもない。
 葉月は、何か言いたげにしているが、言葉ごと呑み込むようにカットパインを口に入れた。

「…葉月さん?」

 ちらりと葉月の視線が横に流れたのは、他の人の様子をうかがったようだった。
 英と三浦は同年代の大家につかまって、そつなく酒の相手をしている。山本は笹倉の相手をしているのかさせられているのか。四十万シジマと中原は、六階の調査会社の社員と一階の喫茶店の店員と立ち話をしていた。座ればいいのに、と思うが、ちょっと話す程度のつもりだったのかも知れない。
 とりあえず、誰も桜の真下に座り込む雪季と葉月に注意を向けている様子はない。花見なのに肝心の花をそれほど見ないのは、「お花見」の定番だ。

「なあ。せっくん、ちゃんと人生楽しんでる? ちゃんと…生きてる?」

 心配されているな、と、雪季は苦笑いした。雪季が彼女の父親を殺した時に、まだ小学生だった女の子に。
 葉月は、雪季のことを調べていた。おそらくは、頼んでいた英よりも詳しく知っているだろう。直接会って話したのは雪季が英の下で働くようになった半年足らず前が初めてだが、一方的に、彼女は雪季の日々を知っていた。
 きっと、以前のことも含めてそう思われる何かがあるのだろうと、あるいはないのだろうと、雪季は他人事のように思う。

「申し訳ないと思うくらいには、それなりに楽しんでる」
「…ほんまに?」

 疑うのではなくやはり気遣うように、人馴れしない野兎めいた様子で葉月が覗き込んで来る。英であれば、ここで頭をでたりするだろうかとぼんやりと考える。雪季にはできそうにもない芸当だ。

「友人がいて、同僚にも恵まれていて、上司は難ありだけど最悪でもないし、そのうち天罰でも下るんじゃないかと思う」

 じぃっと見上げる眼はどこかまだ幼くて、迷子の子どものようだと思う。彼女を迎えに来てくれるはずの父親は雪季が殺し、母親は失踪した。ここにも、育ちきれない子どもがいる。
 そうしてしまったのは彼女の親たちなのか、雪季なのか。

「とりあえず、今ここでちゃんと花見を楽しんでるのは俺くらいじゃないかと」

 雪季が一人、桜の下に陣取っているのは見上げるのに丁度いい場所だからだ。わざわざライトアップしているわけではないが、六階建てのビルの屋上は、周囲のネオンで十分に明るい。

「…それは確かに」
「ご飯も堪能してるけど。からあげ、美味しいよ」

 今回、揚げ物は葉月の担当だ。会社の近所の自宅まで戻って、焼き物担当の笹倉やサラダ担当の山本と一緒に作って来たらしく、まだほんのりと温かい。

「…せっくん社長の友達やったな」
「…あいつと同類視されるのは物凄く不本意だ」

 互いに少しふくれたような顔を見合わせ、笑ってしまう。
 雪季が唐揚げをかじっていると、マンゴーを頬張った葉月が、桜の木を見上げてそのまま寝転ねころんでしまった。レジャーシートは敷いてあるが、ほとんどコンクリートの地面なので、寝心地は良くはないだろうに。

間柴マシバセンセーにも会いたかったなあ」

 先日の花見には、既に社員たちと面識の出来た結愛ユアも招いていたのだが、よりにもよってなんでその日、と嘆きつつの断りの返事をもらった。
 葉月は、漫画を知ったのが先か結愛が雪季の友人と知ったことが先なのかは知らないが、とにかく結愛の漫画のファンだという。

「俺が入院してた時には?」
「カナちゃん通して連絡先は交換したけど、会えてへんもん。大体、せっくんの意識戻らんでぴりぴりしてるとこに漫画の感想とか言えへんやん」
「…申し訳ない」

 大本は悪意をもって車で突っ込んできた犯人が悪いのであって、下手を踏んだとはいえ雪季に責任はないはずだが、なんとなく謝ってしまう。

「またそのうち会う機会もあるんじゃないか」
「会わせたる、とは言ってくれへんのやー。薄情者ー」
「正直、人見知り同士の仲介を俺がやれる自信がない」
「そーいえばみっちゃんが」

 露骨にらされた話の主人公の名前に首を傾げる。葉月と共通の知人で、「み」がつく人物。少なくとも、社員をそう呼ぶのは聞いたことがない。
 記憶をさらって出て来たのは、これも「子ども」だった。親を捨てることを勧めて、実際できたのかまでは知らない。そんな、中途半端な関わりの青年。

三津弥ミツヤ君?」
「うん。高認取って、今年は無理やけど来年くらいに大学行こうか考えてるって。夜間か全日かは未定で、農業系に行くか弁護士とかそっちにするか迷ってるって。あと、塾に行けへん子に勉強教えるボランティアやってて、そこで知り合って彼女ゲットとか」
「…情報が多い」

 ぼそりと零れ落ちた雪季の感想に、葉月がけらけらと笑う。
 三津弥こそ、葉月は直接は会っていないのではなかったか。それなのになんだかんだで仲良くなっているようなのは、既に世代が違うのだろうかと、どちらかといえば自身の年代よりも師や更にその先輩たちの年代になじみのある雪季は思ってしまう。
 その身軽さで結愛とも連絡を取ればいいのに、とは思わないでもないが、漫画家とファンでは勝手が違うのかも知れない。

「…桜、きれい」
「うん」

 下から見上げると、ソメイヨシノよりもやや濃いピンクの花びらが空に浮かんで咲いているように見える。ビル風は少し強いが、上着を羽織はおればちょうどいいくらいの気候で過ごしやすい。
 こういうのもたまにはいいなと、雪季も葉月にならって寝転んだ。
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