回りくどい帰結

来条恵夢

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花見

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「いい加減にしろよお前ルッキノ・ベッテルでりなかったのか」
「そういう問題じゃないし今回のは俺無罪っぽいし」
「無罪だと?」
「だって面識ないもん。付き合ってたとか思わせぶりな態度取ったとかじゃない」

 ストーカーの原因と言うべきか、理由として、過去に付き合いがあったり同僚やクラスメイトといった関わりがあることが大多数ではあるだろうが、たまたま街で見かけたから、有名人で一方的に知っていた、ということはあり得る。
 止むことなく激しく叩かれ回される音をBGMに、雪季セッキは額を押さえた。

「ほら、イケメン起業家とかいう馬鹿っぽい企画あっただろ。ネット記事の。あれ見てようやく俺を見つけた、とか言ってた」

 後輩に恩を売るために受けたインタヴューで、センスがないと散々腐していた。一応、社員揃って載せる前に記事に目を通しはしたが、いけ好かない感じしか伝わらないと散々な評判で、ほとんどネタ扱いだったはずだ。
 どこで何がつながるかわかったものではない。

「ようやくって…なかなか怖い言葉が出て来たな」
「だろ?」
「忘れてるだけで幼なじみとかの可能性は」
「小学校通い出すまでほとんど外に出なかったし、そこからはそこそこ顔も名前も覚えてる。向こうも、昔話ふって来る風でもなかったし」
「…待て。その会話を一体いつどこで」
「今日の夕方にこの近くのコンビに行ったときに話しかけられて、とりあえず振り切ったんだけどこれはまた来るかなーとは思ってた。花見の時に押しかけて来なくて良かった」
「わかってたなら相談しろよ…」

 ネット記事を読んで、どこに住んでいるのかは知らないが押しかけてくるような相手を、振り切っただけで済むはずがないのはアキラ自身わかっていたるだろうに。ストーカーの多くは警察に注意を受けただけでもつきまといをやめると聞くが、これは「多く」には属さない例のような気がする。
 この時間になっても六階の調査会社に人が残っていることは多いが、これだけ音を立てても誰も来ないのは、もう帰ったからか警戒して様子をうかがっているからか。雪季も、他人事ならまだ見守っているかもしれない。

「…対処の希望は?」
「追い払ってくれたら嬉しいかな?」
「…その言い方腹が立つ」
「あはははは。よろしく、ボディーガード」

 いっそ英を突き出して渡してやればいいのではないかとは思わないでもない。英の言う通りに言いがかりのような不運だったとして、それをひっかぶるのは本来雪季ではないはずで。
 どうしてあそこで頷いてしまったかなとため息をつきながら、雪季はとりあえず扉まで足を運んだ。何の案があるわけではないが、とりあえず、話ができるのかどうかだけでも知っておきたい。

「…ついて来るな」
「えー」
「…それじゃあ、少し離れたところで動画撮っててくれ」

 使うかどうかはわからないが、証拠映像とでも、話が通じるようなら本人に見せてその異常さを客観的に知ってもらうためでも、ないよりはあった方がいいだろう。
 そんな半ば建前で半ば実利の依頼を投げて、扉の前に立つ。

「叩かなくてもそこにいるのはわかりました、どちら様ですか」
「…アキラくん! いるんだろ?! なんで俺をけるんだよ!」

 男か、と、そういえば聞いていなかった性別を知る。
 多少手荒に扱っても罪悪感を持ちにくい点ではありがたいが、体格次第では少し面倒だなと思う。声は若そうで、もしかすると年下だろうか。

「失礼ですが、河東カトウとはどういった御関係で?」
「…誰だ、お前」
「河東の秘書をしております、中原と申します」
「…アキラくんは、僕を知ってるはずだ」
「申し訳ありませんが、河東が度忘れしているようなので教えていただけますか」
「いっ…今のこれは、仮の姿だ…ここでの名前を言ってもアキラくんは気付いてくれないかもしれないから…」

 今扉の向こうにあるのが仮であれば、本当の何かはどこかにあるというのか。その癖、英の名は呼ぶ。
 一応会話は成立しているようではあるが、これは、意思疎通ができていると言えるレベルだろうか。また変なものを引き寄せたな、と、英の責任ではないにしても白けた気分にはなる。

「だいたい、何だよお前! 俺とアキラくんの間に割って入るなっ、アキラくんを護るのは僕の役目なんだっ」
「…」

 つい英を見てしまったが、無言で首を振られる。それはそうだろう。たしかにこれは、英は「無罪」だ。
 雪季は一旦扉を離れ、英に近付いた。撮っている動画に声が入るのは気になるが、声を潜めて話しかける。

「相手、どんな感じだった?」
「背丈は雪季よりちょっと高いくらい。全体的にほっそりとしてて、スリムマッチョとかいう感じもなかった。俺がちょっと走ってまけたくらいだから、あんまり運動もしてないかも。会社の場所わかってるんだから張ってればいいのに、俺追いかけて来ちゃったあたり素直?」
「ちなみに、さっきのあれは前回も言ってたのか?」
「あー…なんだったかなー…はっきりは言わなかったけど前世だか別世界だかでお互いに助け合うようなコンビだとかパートナーだとかって言ってたような」

 互いに、どこか疲れた視線をわす。
 雪季は溜息を区切りに、扉の前に戻った。相手は雪季が離れていたことに気付かず何か言い続けていたようだが、もはや、意味が取れなくても構わない呪文のようになってしまって内容がつかめない。
 犯罪の証拠になりそうで録画を止めてもらうか一瞬考えたが、まあいいかとそのまま鍵を開けた。
 せいぜいが二十歳くらいの、幼さの残る青年が立っていた。呆気に取られたように目をみはり、数瞬の後、入り口を塞ぐ形になる雪季を押しのけようとしたのか手をのばし――雪季はその手を、突き出そうとした力のままに引っ張った。
 有無を言わさず、真っ直ぐに柵を目指す。

「えっ、なっ、なんっ…」

 先ほどまで二人でもたれ掛かっていた柵に、半ば叩きつける。やや大げさに顔をしかめたのは、こういった荒々しさに慣れていないのも一因だろうと思われた。
 つかんだ腕は、長袖の服の上からでもはっきりと判るほどに細かった。

「この程度を振り払うこともできないようでは、他人どころか自分を護るのも不可能では?」
「っ!」

 嫌味ではなく単純に思っただけのことなのだが、まあそうは思えないだろうな、とはさすがに雪季でも思う。
 溜息は呑み込んで、雪季は、青年の肩をつかんで一旦引き寄せ、抱きかかえるようにして青年を柵に腰かけさせた。一瞬のことに唖然としているうちに、割合にしっかりとした素材の上着の首回りをつかみ、後方へと押し出した。重心が、しっかりと後ろに移る。
 今雪季が更に強く突いて手を離せば、青年はビルの六階分を落ちるだろうか、柵にしがみついた両手や柵の内側にある足でこらえることができるだろうか。

「――!」
「例えどこでどうあったとしても、今ここでこの場を切り抜けるくらいのことができなければ、知り合いづらで乗り込んで来られても迷惑です。有能であれば妄想上の知り合いでも歓迎するでしょうが、違うようで」
「あんまり上司を人でなしみたいに言ってくれるなよ」
「事実でしょう」

 録画中の携帯端末は構えたまま、のんびりと英の茶々が入る。そちらを見るように顔を向けて、横目で青年を確認する。近いので、光源が十分でなくてもそれなりに表情が見られた。
 英の出現に一瞬顔を輝かせ、助けてくれそうにない失望にか眼が虚ろになる。わずかに、柵をつかむ手からも力が抜けたように感じられた。

「まあ確かに、使えない人材なんてあるだけ邪魔かな。そもそも、ちゃんと名乗りもしないような自称友達は詐欺の常套手段だし」
「…アキラくんまで僕を否定するのか…っ!」
「認められたければ、相応の努力をされてはいかがですか。努力した上でこの状態であれば、残念ながら努力の方向性を見誤っているのではありませんか。あと、あれにこだわるのは時間の無駄と言うか…人生の汚点になりそうなので、すっぱり忘れ去った方が」
「…いくらなんでもひどくないそれ?」
「あれは人によってはブラックホールに近いので、充分な距離を取って迂回うかいするのが最善策です」
「ええー…」

 黙り込んでしまった青年はすっかり力が抜け落ちてしまって、雪季が手を離しただけでもそのまま落ちていきそうだ。ここまでだなと、浅く息を吐く。つかんでいた服を前に引き、柵の内側へと戻した。
 着地しそこねた青年は、そのまま、堅いコンクリートに座り込んでしまった。
 勝手に取り上げた財布には予備校の学生証が入っていて、未成年に手荒過ぎたかと多少は気まずくも思う。

「…荏原充生エバラミツキ君。そういうわけで、大人しく帰ってもらえますか」
「……すみませんでした」
「あ。最後に訊きたいことが」

 録画を続けたまま、座り込んだまま項垂うなだれる青年ににこりと笑いかける。記事に使われたのと同じ、嘘くさい完璧な笑み。
 ただ雪季には、ろくなことは言い出さない気がしてならず、せめて録画をやめるよう端末を取り上げるべきか悩む。悪用はしないだろうが、撮られているというだけでも気分のいいものではないだろう。何かあった時の保険は、撮り始めた冒頭だけで十分だ。
 顔も上げない青年を、待つのはやめたらしく回り込んで覗き込む。

「俺の相棒だったとか何だとか、あれ、信じてもないのになんで口にしたんだ?」
「…浪人して。友達はみんな大学に行ってるのに、僕だけ何もなくて。凄い知り合いでもできたらって…咄嗟とっさに、あんなのしか思いつかなくて…」
「あー…馬鹿なんだな」

 あまりにもしみじみとした口調だったものだから聞き流しかけたが、そして雪季もつい同意してしまうが、一応、英の頭をはたいておく。
 とりあえず、本当の妄想ではなく警察に注意されれば止んだだろうタイプのストーカーだったことに安堵すべきだろうかと、雪季は内心軽く首を傾げた。
 そもそもこれは、ストーカーと呼ぶほどのものだったのか。今夜をしのげば青年も我に返っていた気もしないではないが、コンビニで遭遇してからある程度の時間は経っていたので、そのあたりは定かではない。
 しかし、選んだ対象が何故英だったのかはともかく、出会い頭にインパクトを与えたくての妄言というのは。葉月ハヅキあたりなら、「中二病」と切り捨てるだろうか。

「今日の事は悪夢とでも思って忘れて、勉強を頑張るのがいいと思いますよ。立てますか?」
「…あの。僕…どうやったら、あなたみたいに強くなれますか」
「…ん?」

 真っ直ぐに見上げた顔は、緊張している様子だがしっかりと雪季をとらえている。隣で英が噴き出したので軽く足を踏んでおく。

「ぱっと見は僕とそんなに変わらない感じなのに、全然腕振り払えなかったし、本当に突き落とされるかと思ったけど、結構長い間つかんでたのに全然びくともしなくて! どうやったらそんな風になれますか!?」
「…とりあえず、スポーツでも武道でも、体を動かした方がいいんじゃないですか」
「連絡先教えてもらえませんか!」
「貸して、登録してやるから」

 唖然としているうちにさくさくと進めてしまう英に溜息を落とし、雪季は、確認も兼ねて青年の端末から送られてきたメッセージに額を押さえる。社用の携帯端末だが、良いのだろうか。
 最終的に、なんだか元気に帰って行く青年を見送り、何をどう思ったものかと中途半端な気持ちを持て余す。

「さて、帰るか。鍵は雪季持ってる?」
「ああ、閉める…って待て。有耶無耶うやむやになりかけたけど、結局あの手は何だ」
「あー…さあ?」
「さあって」
「だって知らないし。俺見てないし。もう面倒臭いから、雪季の中の眠れる人格が俺を突き落とそうとしたけど正気な方が止めようとして腕を見た気になってるってことでいいんじゃない?」
「…少女漫画まで読んでたのかお前」

 特殊な設定を持ち出してきたと思ったら、何やら覚えのあるものだった。それもそのはずで、まだ高校生だった頃に結愛ユアが描いた漫画そのままだ。

「少女漫画は心理描写細かいから、参考書にはもってこいで。ただ、外面そとづら考えると大っぴらに読みにくくて困ったけど。今みたいに電子書籍が普及してたらもっと楽だったんだけどな」
「…そうか」
「むしろ、雪季も読んでたんだって吃驚びっくりした方がいい? 知ってるってことは読んでたんだろ、同じの。…ん? あれもしかして、あの子の漫画?」
「…知ってて持ち出したわけじゃなかったのか」
「手あたり次第読んでたから、ほとんどはタイトルも作者名も登場人物の名前も覚えてない」

 どうも最近の話ではなく発表当時から読んでいたのではないか。結愛が知れば、いよいよ英を漫画のモデルにしたことを気にしそうなので、なるべくなら知らせずに済ませたいところだ。どうせ、読んでいたところで英は気付いていないだろう。
 そして、当たり前ではあるが英にどう訊いたところであの手の正体などわかるはずもなく、放置するしかないのかと雪季は肩を落とす。とりあえず生きている人と同じように近づけば気配はするようなので、それで対処していくしかなさそうだ。
 そもそも、異常な現象のようなあれをすんなりと受けれていいのかという気はするが、もうそこもいておこう。
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