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結婚式
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特にやることがないなら、と、英がシャワーを浴びに行ってしまったので、雪季はベッドの端に腰かけて思案する。
無駄にピンクがかった照明が目に痛いが、暗めで色のついたそれが部屋の古さや汚れの目くらましになっているだろうことはまず間違いないだろうので、あまり部屋を事細かに見るのは避ける。一応毎回清掃はしているのだろうが、それでも、まじまじと見ると精神衛生上よろしくないような気がする。別段、潔癖症だとは思わないが、それでも。
英が見つけて来たホテルは、よくも都心近郊でやっていけるものだと驚くほどにくたびれていた。
うっかりとこのラブホテルのことを考え始めて、いや違う、と頭を振る。現実逃避したところで、状況は変わらない。
ポケットの携帯端末を引き抜いて、溜息を落とす。
どういう仕組みかわからないが、明音の送ってくれたメール本体は一度開いて閉じると消えてしまうが、添付ファイルは別に保存しておけばその限りではない。
現在のラッツのリーダのプロフィールは読み飛ばし、おまけでつけてくれた構成員の名簿に、もう一度目を通す。
飽くまで現時点で、漏れている者も抜けたり追い出されたり行方知れずになったりもあるだろうが、残っていればまず漏れることはないだろう、雪季の知人の名はなかった。
あの人が残っていれば、まだ話のしようもあったかもしれないのに。
溜息を落として、携帯端末の連絡先を開く。残っていないのであれば、何も知らない可能性の方が高い。連絡を取るだけ、足がつく真似をするようなことになるかも知れない。
「まあいいか」
逡巡は短く、雪季はあっさりと連絡先を選択した。耳元で、無機質なコール音が鳴る。
『はいはい?』
「…谷崎進士さん、で、合ってますか?」
電話回線の向こうで、押し殺したような笑い声が響く。どこか、反響するような場所にいるようだ。
『お前それ、違ってたらどうするつもりだ』
「間違い電話ですから、謝って切りますよ」
『はいはい、名乗らなかった俺が悪かった。で、どうした?』
以前連絡を取ったのは一年ほど前のはずだが、久しぶりとも言わず、つい昨日別れたかのように気安い声を出す。
進士とは、はじめにラッツと標的が被って以来の関わりだが、どこを気に入られたのか大分友好的に扱ってもらっている。競合相手のようなものなのだから裏切りにはならないのかと、雪季の方が心配になったほどだ。
「鈴木礼音がどういう人物かわかりますか」
『んー? お前またラッツと揉めたのか。今度は何だ、また標的被ったか? あと、俺ラッツ抜けたんだが』
「知ってます。ただ、ご存じなら色々と手間が省けるかと」
『情報屋扱いするなよ。金取るぞ』
「タダで提供してもらえるとは思ってませんよ。谷崎さん、今は何をしてるんですか?」
『古本屋。と、街金の社長』
雪季よりも丁度十歳上の男の意外な転職とそこそこ順当な転職とに、どう反応したものかを一瞬迷う。
「…本、好きでした?」
『じじいがくたばったから、継いでみた。そう言やお前はそこそこ読むだろ。夜しか開けてないけど、そのうち遊びに来いよ』
「後で住所教えてください。話を戻しますけど、俺も転職しまして」
『とうとうかー。ま、良かったんじゃねーか? …いや待てなんでそれでラッツと揉めてんだ?』
「今の雇用主が標的になったらしくて」
『そいつはまた』
どこか呆れたような口音に、雪季は一人、何かおかしなことを言っただろうかと首を捻る。
進士は、どちらかと言えば雪季の周りでは比較的まともな社会性を持っている大人だが、雪季はそんな彼に常識外れと評されることが多いので、たまにどうしたものかと悩んでしまう。
もっとも、一番の悩みどころは、進士がそんな位置にランクインしてしまう雪季の人間関係なのだろう。
『お前こそ、今何やってるんだ。おやっさんのところは離れたってことだろ?』
「小さな会社の、社長秘書のようなものです」
今度は、進士が言葉に詰まった。そこまで意外か、と思う半面、意外だろうな、とも思う。進士との初対面時にうっかり学生服のままだったこともあって、その時の印象も強いのかも知れない。いつまでも子どもではないのだが。
『もう一回転職した方が早いんじゃないか?』
「それも悪くはないんですけど。とりあえず、回避できるならあいつを死なせたくはないんです」
『…ふうん?』
既視感を覚えて、そういえば少し前に明音からも似たような言葉を返されたと思い出す。つい風呂に眼をやるが、幸い、英はまだ出てきていない。
『まあそれなら、俺が知る限りのことくらいは話してやるけど。もう少し…二時間くらい後でもいいか? 今ちょっと街金の方やってて』
「すみません、助かります」
『報酬は、一週間弁当届けるってことで。お前の手作りな』
「…は?」
『最近食生活貧困でなー。古本屋始めたら、おやっさんのとこに食べに行く暇もなくて。夜に食べるけど、持って来てもらうのは適当に時間合わせるから』
「…俺はいいですけど、それ、ちゃんと報酬になりますか?」
そもそも、進士であればご飯を作ってくれる相手くらいいくらでも見つかりそうなものだが。
『お前の飯なら、おやっさんの保証付きだろ』
「はあ…。まあ、谷崎さんがいいならいいですけど」
『よし。じゃあ、後でな』
あっさりと通話の切れた携帯端末を手に、雪季はもう一度首を捻った。
確かに、師の居酒屋を手伝うこともあったし色々と料理も覚えたが、同じほどではない。果たして情報料代わりになるほどのものだろうか。せめて、食材は奮発しようかと落としどころを考える。
「雪季ー? 誰かと話してた?」
湯気を立てて姿を見せた英に、ちゃんと服を着るだけの判断はできているのかと安堵する。
これで、バスローブ姿やパンツだけで出てきたらうっかり殴っているところだ。そもそも、いくら暇だからといって、シャワーを浴びているだけでも状況が判っているのかと言いたくなる。
端末を、ポケットに滑り込ませる。
「少し、知人と。…この後、どうしたい?」
「ん? 選べるんだ?」
バスタオルで髪を拭く手を止めて、英は座れる場所を探すように首をめぐらせ、雪季と同じようにベッドのへりに腰を落とした。
「向こうの出方次第だが…車は、最悪手放すことになるかも知れない」
「えー。まあそのくらい、必要経費ってことになるかも知れないけど。そんなに?」
「多分、発信機くらいはつけてるか、パンクさせられてるか。パンクならこの場で、発信機付きなら適当なところで襲われる可能性が。後で引き取りに来られればいいが、どうなるか」
「あー…。あれそうなると、逃走手段は?」
「臨機応変」
「行き当たりばったりか」
そうは言っても、都心のようにいくらでも交通手段が選べるような場所ではないので、ほぼ確実に、相手の車なりバイクなりを奪うことになるだろう。
そして、何人来るかで対応も変わってくる。
「最悪、相手を殺しても問題ないか?」
「俺は構わないけど。あー…雪季や俺が捕まるって言うならなしで」
「…お前は、なるべく手を出すな。逃げることを第一に動いてくれ」
正直、英にやらせると手加減がなさそうで怖い。素人の手加減のなさが、というのもあるが、英は加えてそこに、普通であれば躊躇うところをそんなものはなしに突き進んでしまいそうだ。
明音の「ブレーキがない」という表現は、言い得て妙だと思う。
無駄にピンクがかった照明が目に痛いが、暗めで色のついたそれが部屋の古さや汚れの目くらましになっているだろうことはまず間違いないだろうので、あまり部屋を事細かに見るのは避ける。一応毎回清掃はしているのだろうが、それでも、まじまじと見ると精神衛生上よろしくないような気がする。別段、潔癖症だとは思わないが、それでも。
英が見つけて来たホテルは、よくも都心近郊でやっていけるものだと驚くほどにくたびれていた。
うっかりとこのラブホテルのことを考え始めて、いや違う、と頭を振る。現実逃避したところで、状況は変わらない。
ポケットの携帯端末を引き抜いて、溜息を落とす。
どういう仕組みかわからないが、明音の送ってくれたメール本体は一度開いて閉じると消えてしまうが、添付ファイルは別に保存しておけばその限りではない。
現在のラッツのリーダのプロフィールは読み飛ばし、おまけでつけてくれた構成員の名簿に、もう一度目を通す。
飽くまで現時点で、漏れている者も抜けたり追い出されたり行方知れずになったりもあるだろうが、残っていればまず漏れることはないだろう、雪季の知人の名はなかった。
あの人が残っていれば、まだ話のしようもあったかもしれないのに。
溜息を落として、携帯端末の連絡先を開く。残っていないのであれば、何も知らない可能性の方が高い。連絡を取るだけ、足がつく真似をするようなことになるかも知れない。
「まあいいか」
逡巡は短く、雪季はあっさりと連絡先を選択した。耳元で、無機質なコール音が鳴る。
『はいはい?』
「…谷崎進士さん、で、合ってますか?」
電話回線の向こうで、押し殺したような笑い声が響く。どこか、反響するような場所にいるようだ。
『お前それ、違ってたらどうするつもりだ』
「間違い電話ですから、謝って切りますよ」
『はいはい、名乗らなかった俺が悪かった。で、どうした?』
以前連絡を取ったのは一年ほど前のはずだが、久しぶりとも言わず、つい昨日別れたかのように気安い声を出す。
進士とは、はじめにラッツと標的が被って以来の関わりだが、どこを気に入られたのか大分友好的に扱ってもらっている。競合相手のようなものなのだから裏切りにはならないのかと、雪季の方が心配になったほどだ。
「鈴木礼音がどういう人物かわかりますか」
『んー? お前またラッツと揉めたのか。今度は何だ、また標的被ったか? あと、俺ラッツ抜けたんだが』
「知ってます。ただ、ご存じなら色々と手間が省けるかと」
『情報屋扱いするなよ。金取るぞ』
「タダで提供してもらえるとは思ってませんよ。谷崎さん、今は何をしてるんですか?」
『古本屋。と、街金の社長』
雪季よりも丁度十歳上の男の意外な転職とそこそこ順当な転職とに、どう反応したものかを一瞬迷う。
「…本、好きでした?」
『じじいがくたばったから、継いでみた。そう言やお前はそこそこ読むだろ。夜しか開けてないけど、そのうち遊びに来いよ』
「後で住所教えてください。話を戻しますけど、俺も転職しまして」
『とうとうかー。ま、良かったんじゃねーか? …いや待てなんでそれでラッツと揉めてんだ?』
「今の雇用主が標的になったらしくて」
『そいつはまた』
どこか呆れたような口音に、雪季は一人、何かおかしなことを言っただろうかと首を捻る。
進士は、どちらかと言えば雪季の周りでは比較的まともな社会性を持っている大人だが、雪季はそんな彼に常識外れと評されることが多いので、たまにどうしたものかと悩んでしまう。
もっとも、一番の悩みどころは、進士がそんな位置にランクインしてしまう雪季の人間関係なのだろう。
『お前こそ、今何やってるんだ。おやっさんのところは離れたってことだろ?』
「小さな会社の、社長秘書のようなものです」
今度は、進士が言葉に詰まった。そこまで意外か、と思う半面、意外だろうな、とも思う。進士との初対面時にうっかり学生服のままだったこともあって、その時の印象も強いのかも知れない。いつまでも子どもではないのだが。
『もう一回転職した方が早いんじゃないか?』
「それも悪くはないんですけど。とりあえず、回避できるならあいつを死なせたくはないんです」
『…ふうん?』
既視感を覚えて、そういえば少し前に明音からも似たような言葉を返されたと思い出す。つい風呂に眼をやるが、幸い、英はまだ出てきていない。
『まあそれなら、俺が知る限りのことくらいは話してやるけど。もう少し…二時間くらい後でもいいか? 今ちょっと街金の方やってて』
「すみません、助かります」
『報酬は、一週間弁当届けるってことで。お前の手作りな』
「…は?」
『最近食生活貧困でなー。古本屋始めたら、おやっさんのとこに食べに行く暇もなくて。夜に食べるけど、持って来てもらうのは適当に時間合わせるから』
「…俺はいいですけど、それ、ちゃんと報酬になりますか?」
そもそも、進士であればご飯を作ってくれる相手くらいいくらでも見つかりそうなものだが。
『お前の飯なら、おやっさんの保証付きだろ』
「はあ…。まあ、谷崎さんがいいならいいですけど」
『よし。じゃあ、後でな』
あっさりと通話の切れた携帯端末を手に、雪季はもう一度首を捻った。
確かに、師の居酒屋を手伝うこともあったし色々と料理も覚えたが、同じほどではない。果たして情報料代わりになるほどのものだろうか。せめて、食材は奮発しようかと落としどころを考える。
「雪季ー? 誰かと話してた?」
湯気を立てて姿を見せた英に、ちゃんと服を着るだけの判断はできているのかと安堵する。
これで、バスローブ姿やパンツだけで出てきたらうっかり殴っているところだ。そもそも、いくら暇だからといって、シャワーを浴びているだけでも状況が判っているのかと言いたくなる。
端末を、ポケットに滑り込ませる。
「少し、知人と。…この後、どうしたい?」
「ん? 選べるんだ?」
バスタオルで髪を拭く手を止めて、英は座れる場所を探すように首をめぐらせ、雪季と同じようにベッドのへりに腰を落とした。
「向こうの出方次第だが…車は、最悪手放すことになるかも知れない」
「えー。まあそのくらい、必要経費ってことになるかも知れないけど。そんなに?」
「多分、発信機くらいはつけてるか、パンクさせられてるか。パンクならこの場で、発信機付きなら適当なところで襲われる可能性が。後で引き取りに来られればいいが、どうなるか」
「あー…。あれそうなると、逃走手段は?」
「臨機応変」
「行き当たりばったりか」
そうは言っても、都心のようにいくらでも交通手段が選べるような場所ではないので、ほぼ確実に、相手の車なりバイクなりを奪うことになるだろう。
そして、何人来るかで対応も変わってくる。
「最悪、相手を殺しても問題ないか?」
「俺は構わないけど。あー…雪季や俺が捕まるって言うならなしで」
「…お前は、なるべく手を出すな。逃げることを第一に動いてくれ」
正直、英にやらせると手加減がなさそうで怖い。素人の手加減のなさが、というのもあるが、英は加えてそこに、普通であれば躊躇うところをそんなものはなしに突き進んでしまいそうだ。
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